十三話 親友のままで居られなくなった夜
主な登場人物紹介
田中彩乃
二十四歳。主人公。庶務部。優しくてお人好し。過去のトラウマから恋愛には奥手。
鈴木颯太
二十四歳。彩乃の同期で営業部所属。仕事の出来るイケメン。彩乃の隣の部屋に住んでいる。彼女の浮気が原因で別れているところを彩乃に目撃される。
佐藤優真
二十四歳。綾乃の高校からの親友。なんでも話せて、頼りにしている存在。穏やかで誰に対しても優しい。職場は別。
山本莉子
二十ニ歳。イケメン好きな彩乃の後輩社員。庶務部。小柄で美人。
金曜日の夕方。
週の終わり特有の、少しだけ気の抜けた空気がオフィスに漂っている。
パソコンの画面を閉じながら、私は小さく息を吐いた。
今日は、優真くんとご飯に行く約束をしている日だ。
「じゃあ、……今度、俺の話、聞いてくれる?」
「うん!もちろん」
この前の同窓会の時にそう約束した。
ここのところの優真くんの様子がおかしいことが、ずっと気になってる。
今日は優真くんの話を真剣に聞いて、以前彼がしてくれた様に今度は私が、彼の心に寄り添うんだ。
そう思って、小さく気合いを入れたところで、スマホが、静かに震えた。
『仕事終わったよ。迎えに行っても大丈夫?』
優真くんからのメッセージ。
『うん、大丈夫だよ』
そう返すと、すぐに『迎えに行くね』と返事が来た。
もう近くまで来てたみたいで、少しすると会社の前に優真くんの車が停まり、車に乗り込んだ。
「お疲れさま」
「優真くんも、お疲れさま。ありがとね、迎えに来てくれて」
運転席の優真くんは、いつもと変わらない穏やかな表情だった。
「運転ありがとう。でも優真くん、金曜日なのに飲まないでいいの?」
次の日がおやすみの時に二人でご飯をする時は大抵飲むから、電車を使って移動することが多い。
だけど今日は、車なのが気になって聞いた言葉に、彼は視線を前に向けたまま答えた。
「うん。今日は酔うつもり無いから、いいんだ」
その声はいつもの穏やかな彼とはどこか違った、緊張感のある真剣なもので。
なぜか、胸がどくんと鳴った。
「そうなんだ」
私はそれ以上、何も聞けなかった。
*
車が止まった場所を見て、私は目を見開く。
「え、……ここ?」
着いた場所は、いつもの居酒屋じゃない。
落ち着いた照明のおしゃれなイタリアンだった。
「うん。たまには、こういうところもいいでしょ?」
照れたように笑う優真くんに、私もつられて笑った。
「うん。ちょっとびっくりしたけど、……凄く綺麗なお店だね。お料理も楽しみ」
「女の子に人気のお店なんだって」
「そうなんだ。選んでくれてありがとう」
席につき、運ばれてきた料理に、思わず声が漏れる。
色鮮やかな前菜。
湯気の立つパスタ。
とろりとしたソースが絡んだメインの肉料理。
フォークを入れると、香りがふわっと広がる。
「……美味しい」
自然と笑みがこぼれる私を、優真くんがじっと見ているのに気付く。
「ん……?優真くん、どうしたの?」
「いや。彩乃が美味しそうに食べるの、好きだなって」
「え……」
急にそんなことを言われて、頬が熱くなる。
「なにそれ……」
「本心だよ。可愛いなって、いつも思ってた」
熱を帯びた瞳で見つめられ、優しく甘い声でそう言われて、胸がざわついた。
「……もう。優真くんがそんな冗談言うの、珍しいね」
漂う甘い空気に戸惑ってしまったけれど、今は、私のことはどうだっていい。
「……私のことより、優真くんの話、聞かせてよ。今日はそれを聞きに来たんだよ?」
そう言うと、彼は一瞬固まって、それから意を決した様に表情を真剣なものに変えて、私と視線を合わせた。
「彩乃、聞いて欲しい事があるんだ」
「ん?……、ど、どうしたの?」
空気が変わったのが、はっきりと分かった。
「俺、彩乃のこと、ずっと恋愛感情で好きだった」
優真くんが、真剣な瞳で私の目を見つめて、はっきりとそう言った。
彼の言葉が、頭に落ちてくるまで、少し時間がかかった。
「……え?」
心臓が、大きく跳ねる。
「ごめん、突然。……彩乃が恋愛に臆病になってること分かってたから、俺の気持ちは言わないつもりだったんだ」
一度息を吐いて、続けた。
「だけど、……最近の彩乃見てたら、どうしても言いたくなった」
思いもよらなかった内容に、ただ驚いた。
何か言わなきゃ、と思うのに、言葉が出てこない。
ずっと「親友」だと思っていた関係が、音を立てて揺れる。
「返事が欲しいわけじゃないんだ。……いや、もし付き合えるのなら、返事、すぐにでも欲しいけど」
そこで一度言葉を区切って、優真くんは更に続ける。
「……多分彩乃は、俺と付き合うとか、そもそも俺がお前のことを好きかもしれないとすら、思ったこと、これまで一度も無いだろ?」
片眉を下げて、確認するように聞かれて、私は小さく頷いた。
「うん……ごめん」
「ううん、いいんだ。それはずっと分かってたから」
そう言うと優真くんは、いつもする様に優しく私の頭を撫でた。
だけどその手は、普段より緊張している様に思った。
「でも、これからは考えてみてくれないかな。……彩乃の答えが出るまで待つから」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「うん、……分かった。優真くん、告白してくれてありがとう。私、自分の気持ちに向き合って、ちゃんと考えてみるね」
そう言うと、彼は今まで見たことのない、少し頼りなさそうな笑顔で微笑んだ。
*
帰り道、優真くんの車に揺られながら、私は窓の外を見つめる。
鈴木さん。
優真くん。
それぞれがくれた、私には勿体無いくらいの、大切な気持ち。
どちらも待つと言ってくれた。
そんな風に、私の心を大切にしてくれる、優しい人たちに、誠実でありたいと心から思った。
逃げずに、自分の心と向き合おう。
そう、静かに決意を固めた。
本作を見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は毎週水曜と土曜日に一話ずつ投稿していきます。
次の投稿は、2月18日(水)7:00です。
引き続き、お読みいただけますと嬉しいです。
どうぞ応援のほどよろしくお願いいたします。
【宣伝】
今日はバレンタインなので、バレンタインにちなんだ高校生の恋愛短編小説(一話完結もの)『バレンタインには甘いキスを』も投稿しました。
甘くてキュンとなるバレンタインの話を目指しました。
ぜひそちらもお読みください。
陽ノ下 咲




