第十四話 ずっと隣にいる理由(佐藤優真視点)
※優真視点の話です。
主な登場人物紹介
田中彩乃
二十四歳。主人公。庶務部。優しくてお人好し。過去のトラウマから恋愛には奥手。
鈴木颯太
二十四歳。彩乃の同期で営業部所属。仕事の出来るイケメン。彩乃の隣の部屋に住んでいる。彼女の浮気が原因で別れているところを彩乃に目撃される。
佐藤優真
二十四歳。綾乃の高校からの親友。なんでも話せて、頼りにしている存在。穏やかで誰に対しても優しい。職場は別。
山本莉子
二十ニ歳。イケメン好きな彩乃の後輩社員。庶務部。小柄で美人。
彩乃と初めてちゃんとした会話をしたのは、高二の校外学習の時だった。
同じ班になって、隣を歩いて、何気ない会話をした。
彼女の隣は不思議と居心地がよくて、もっと一緒にはなしていたくて、帰りのバスではさも偶然かを装って、隣の席に座って帰った。
それが、始まりだった。
気づけば彩乃のことを目で追っていた。
彼女は、いつも自然体で、無理に誰かに合わせたりしない子だった。
何かしたいことがあれば、周りの目を過剰に気にすることなく、さらりと行動に移してしまう。
けれどそれは、別に他人を遠ざけているというわけではない。
一人でいることもあれば、穏やかで静かな感じの女子とも、逆にクラスの中心にいる様な明るい女子とも、分け隔てなく仲良く話している。
自分の軸をしっかり持っていて、誰とでも程よい距離で付き合ってる。そんなところが、とても印象的な子だった。
別にクラスの中で特別目立つわけでも、中心にいるわけでもない。
それなのに、俺はなぜか彼女のことが気になって、気がつけばいつも彼女のことを目で追ってしまっていた。
けれど、そんな彼女の魅力に気づいているのは、俺だけじゃなかった。
俺が彩乃に出会った時にはもう、既に彼氏がいた。
それが小林直樹だった。
小林は、一年の頃から彩乃と付き合っていた。
クラスでも目立つ方で、正直、彩乃とはちょっとタイプの違う奴だと思った。
だけど小林と話す彩乃が、いつもとても幸せそうだったから、最初は、「いい友達になれたらいいな」くらいに思っていた。
そのはずだったのに。
気づけば、彩乃の表情一つで一日が左右されるようになっていた。
少し元気がなさそうだと理由を探して、笑っていると、それだけで安心して。
ああ、俺、彩乃のことが好きなんだ。
そう気づくのにそこまで時間はかからなかった。
けれど、気づいたって、どうしようも無かった。
だって、言えるはずがない。
彩乃には彼氏がいて、俺は「親友」だったから。
それでも、隣にいられるならいい。
そうやって、自分に言い聞かせていた。
大学に進学しても、関係は変わらなかった。
登下校の時間が合えば一緒に駅まで歩いて、昼休みには学食でご飯を食べて。
彩乃は相変わらず優しくて、少し抜けていて、たまに無防備で。
ーーどうしようもなく、可愛いな。
そう思うたび、胸の奥がざわついた。
そして、あの日。
彩乃が大学に来なかった。
普段なら講義を無断欠席なんてする様な子じゃ無いのに、連絡しても返信すら返ってこない。
嫌な予感を振り払えず、俺は講義を終えると、そのまま彩乃の様子を見に、彼女の家に向かった。
玄関先に出てきた彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていて。
体調悪いのか聞くと、そうじゃ無いと首を横に降ったから、彩乃の様子を伺いつつ、「ちょっと歩かない?」と誘うと、小さな声で「うん」と頷いてくれて、そのことにほっとして、近くの静かな公園まで移動した。
公園のベンチに並んで腰掛けて、何があったのかを尋ねる。
けれど彼女は口を閉ざしたまま、答えをためらっていた。
それでも、彼女をこんなにまでさせる理由をどうしても知りたくて、もう一度問いかけた。すると、やがて彼女は力無く口を開いた。
小林の浮気現場を目撃してその場で別れたと、震える声で、ぽつぽつと話す、その姿に、小林への怒りよりも先に、胸がギュッと締めつけられた。
あんなに小林のことを大事に想ってたのに。
こんなにも優しい子なのに。
それから俺は、悲しみに暮れる彩乃の隣にできる限り、寄り添う様にした。
それが、俺にできる精一杯だった。
彩乃が泣きたい時は黙って一緒にいて、話したい時は、いくらでも話を聞いた。
その時間は、とても残酷で。
そして同時に、途方もなく幸せな時間でもあった。
正直、今のこの傷ついた彩乃に付け入って告白すれば、自分の方を向いてくれるかもしれないという気持ちも過った。
けれど、小林を一途に想って泣く彼女を前に、今告げれば困らせるだけだと分かっていた。
「ごめん、今はそんなこと考えられない」ーーその言葉がはっきり浮かび、告白する勇気は持てなかった。
このまま、ずっと一番近くにいられたらいい。
そんな卑怯な願いを抱えながら、俺は隣に居続けることを選んだ。
社会人になってからも、俺たちの関係は変わらなかった。
いや、正確には「俺だけ」が変われなかった。
彩乃は前に進もうとしていた。
恋愛に臆病になりながらも、ちゃんと前を向いて、働いて、笑って。
なのに俺は、「親友」という居心地のいい場所にしがみついたまま。
そんな時、彩乃から、彼女のマンションの隣部屋に、会社の同僚が住んでいたことを知ったという話を聞かされた。
彩乃の隣の部屋に住んでいて、同じ会社で、仕事ができて、優しくて、距離の取り方もうまくて……。
ああ、最悪だ。
内心ではそう思いながら、二人でラーメンを食べに行った話を、外面だけは必死に平静を装いながら聞いていた。
「……ふーん。そんなことあるんだね」
本心では、そいつへの嫉妬で、どうにかなりそうなのに。
彩乃が、他の男と並んで歩いて、笑って、同じものを食べている、それだけで、こんなにも胸が苦しくて仕方ないのに。
「彩乃、今度、俺ともそこのラーメン食べに行こうね」
そいつへの対抗意識から、気がつけばそう言っていた。
彼女の頭を撫でながら、いつもの距離を装って。
彩乃は普通にラーメンが気になってると思っている様で、「うん、もちろん」と可愛く頷いてくれた。
その無防備さが堪らなく愛しくて、そしてとても切なかった。
*
同窓会の日。
正直、嫌な予感はしていた。
小林が来ることも分かっていたし、彩乃が無防備なまま行くのも心配だった。
そして、それは案の定起こった。
外に出た彩乃を追って、声が荒くなるのを抑えながら割って入った。
「すごく不愉快だから、いい加減やめてくれない?」
その時言ったあの言葉は、小林に対しての言葉だけじゃ無かった。
彩乃を守りたい。
それも本心。でも本当は。
彩乃を誰にも奪われたくない。
彩乃を独り占めしてしまいたい。
この日、これまでずっと隠して続けてきた、彼女に向けたドロドロとした感情が、俺の身体中を一気に支配した。
聞きたくなんてなかった。
それなのに、彼女の声だけはどうしても耳が拾ってしまって。
聞こえてしまった、隣に住んでる同僚との、デートの話。
ーーすごく不愉快だから、いい加減やめてくれない?
自分の中に、こんなにもドロドロとした感情があることを、俺はこの時初めて知った。
けれど、気付いてしまえば、高校の時からずっと、俺はこの感情を引き摺り続けてきていた様にも思った。
怖かった。
自分が、こんなにも欲深いことが。このままこの感情を燻らせ続けることも。
だったらもう、いっそ吐き出してしまおうと、この時、やっと思うことが出来た。
*
そして、金曜日の夜。
彼女を迎えに行って、イタリアンに連れていった。
「今日は酔うつもり無いから、いいんだ」
酔った勢いで告白なんて、絶対死んでもごめんだから。
「俺、彩乃のこと、ずっと恋愛感情で好きだった」
そう彼女に伝えた時、声が震えなかったのは奇跡だったと思う。
やっと伝える決心がついた俺の気持ちに、彩乃はきちんと向き合おうとしてくれて、それだけで、心が救われた気がした。
だけど、同時に、それだけじゃ足りないとも思った。
「これから考えてみてくれないかな。彩乃の答えが出るまで、ちゃんと待つから」
待つ。待てる。
だって俺は、これまでもずっと、そうしてきた。
帰り道、彼女を送る車内で、窓の外を見つめる彩乃を目の端に捉えながら思う。
お前の同僚がどうであろうと。
お前の過去がどうであろうと。
きっと、お前のことを一番好きなのは俺だよ。
だからどうか、俺を選んで。
本作を見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は毎週水曜と土曜日に一話ずつ投稿していきます。
次の投稿は、2月21日(土)7:00です。
引き続き、お読みいただけますと嬉しいです。
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陽ノ下 咲




