第十二話 初デート
主な登場人物紹介
田中彩乃
二十四歳。主人公。庶務部。優しくてお人好し。過去のトラウマから恋愛には奥手。
鈴木颯太
二十四歳。彩乃の同期で営業部所属。仕事の出来るイケメン。彩乃の隣の部屋に住んでいる。彼女の浮気が原因で別れているところを彩乃に目撃される。
佐藤優真
二十四歳。綾乃の高校からの親友。なんでも話せて、頼りにしている存在。穏やかで誰に対しても優しい。職場は別。
山本莉子
二十ニ歳。イケメン好きな彩乃の後輩社員。庶務部。小柄で美人。
鈴木さんと出かける当日。
その日は、朝からずっと落ち着かなかった。
同窓会で久しぶりに会った高校時代の友人たちに相談して服の方向性を決めたはいいものの、実際選ぶとほんとにこれで大丈夫かなと心配になってしまい、クローゼットの前でじっと立ち尽くす。
こっちだと派手すぎるし、こっちだと逆にちょっと地味すぎる気がするし……。
考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくる。
昨日の夜。
出かける時間を確認しに来てくれた鈴木さんが、これまで聞いたことの無い様な甘い声でこう言った。
「明日は、10時にマンションのエントランスで待ち合わせしましょうか。……田中さんとのデート、楽しみにしてますね」
この前、優真くんからデートと言われた時にも意識してドキドキしたけれど、鈴木さんの口からはっきりと『デート』という単語が出てきて、改めて意識してしまった。
「……私、鈴木さんと、デートするんだ」
胸の奥に、じんわりと熱が広がって、ソワソワして、凄く落ち着かなかった。
*
約束の時間にエントランスに降りると、すでに鈴木さんが待っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。……田中さん、その服、すごく似合ってますね。可愛いです」
出会ってすぐに、さらっとそんな事を言われて、心臓が跳ねる。
「ありがとうございます……」
照れを隠せなくて、視線が下がる。
鈴木さんはふっと微笑むと、私の手をそっと握った。
「え……」
驚いて顔を上げると、少し照れたような微笑みを浮かべた鈴木さんと視線がぶつかる。
「……今日はデートだから。……嫌?」
そう言われて、胸がぎゅっとなった。
「嫌じゃ、無いです……」
なんとかそう言うと、ふっと嬉しそうに笑った。
「やった」
そう言って握る手を少し強める。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って、歩き出した。
電車に乗って繁華街まで出て、二人で街をぶらぶらと歩く。
可愛いお店がずらっと並ぶ通りに、とてもワクワクしてくる。気になる雑貨屋に一緒に入り、うきうきと雑貨を眺めていると、ふと、優しい表情で私を見つめてくれている鈴木さんと目が合って、一気に顔が熱くなった。
そのあと、路地裏にひっそりと佇むカフェに入って、向かい合って座った。
「ここ、穴場のカフェなんですよ。雰囲気良くて、この駅に来た時は良く寄るんです」
鈴木さんが連れて来てくれたカフェは、通りの喧騒が嘘みたいに遠くて、静かな音楽と、コーヒーの香りがゆっくりと漂っていた。
穏やかな空気が心地よくて、自然と肩の力が抜けた。
「雰囲気良いカフェですね。私も凄く気に入りました」
「だったら良かった。食べ物も飲み物もどれも美味しいから、ゆっくり選んで」
そう言って笑う鈴木さんに、また胸がキュンとなった。
メニューを開くと、丁寧に並んだ食事と甘味の写真が目に入る。どれも美味しそうで、なかなか決められず、ページを行き来してしまう。
「どれで悩んでるの?」
と鈴木さんが聞いてくれて、ちょっと恥ずかしくなりながら本日の日替わりパスタとサンドイッチを指す。
「じゃあどっちも頼んで、分けあって食べちゃおっか?」
ちょっと茶目っけのある言い方でそう言ってくれる彼に、くすくす笑いながら頷いた。
鈴木さんが店員さんを呼んでくれて、今日のおすすめパスタとサンドイッチと、鈴木さんはコーヒー、私は紅茶を頼んでくれた。
待ってる間、何故だか沈黙が怖くて、仕事の話や最近見たテレビの話を、思いつくままにペラペラと喋る。
少しして、コーヒーと紅茶が運ばれてくる。
紅茶のカップを持って飲もうとしたら、緊張で手が少し震えてしまって、気付かれるのが嫌で、そっとテーブルに戻した。
そんなふうに、終始テンションが高くて、そんな自分に恥ずかしくなりながら、呆れられていないか不安になって、そっと鈴木さんを見る。
すると、鈴木さんは先程と同じ様な、優しい笑顔でふわりと微笑んでくれた。その笑顔を見て、凄く安心する自分がいた。
改めてゆっくりと紅茶を飲む。
今度は指が震えることもなく、紅茶の味を楽しむことが出来た。
「すみません。私、なんか今日、緊張しちゃって。……なんかずっと、変でしたよね……」
そう言うと、鈴木さんはくすっと笑った。
「全然。むしろ、可愛いなって思ってたよ」
「……っ」
この人は、そういうことを、どうしてそんな自然に言えるんだろう。
顔が凄く熱い。多分、今、顔が真っ赤になっているんだろうな、とそう思った。
その後届いたお料理を分け合って食べた。どっちも凄く美味しくて感動した。
いつの間にか緊張もほぐれていて、最初の緊張が嘘の様に自然に話す事が出来て、凄く楽しい時間を過ごした。
食べながら、一緒に居るのが鈴木さんだからこんなに美味しく感じるのかも、なんて思った。
カフェを出た後、今度はどちらからともなく、自然に手を繋いだ。
繋いだ手を、ほんの少し強く握ってみる。すると、鈴木さんもちょっと握る強さを強くしてくれた。
それだけで、胸がいっぱいになった。
二人で話しながらいろんなところを歩いていると、時間があっという間に過ぎていく。
気がつけば、あたりはすっかり暗くなっていた。
「こんなに歩いたの久しぶりです」
「俺も。ちょっと疲れたよね。そろそろ、晩ご飯にしましょうか」
鈴木さんの言葉に、「はい」と頷いた。
「田中さん、何か食べたいもの、ありますか?」
そう聞かれて、少しだけ考え込む。
頭に浮かんだものを口にしていいのか迷ってから、意を決して言った。
「あの、もし良かったら、……ラーメンが、食べたいです」
「え、ラーメン?」
意外そうに目を瞬かせる鈴木さんに、私は小さく頷く。
「あの夜、私がラーメン食べたいって思って外に出たから、今、鈴木さんとこうして一緒に出かけてるんだって考えると……なんだか、感慨深くて」
言いながら、胸が熱くなっていくのを感じた。
恥ずかしくなってきて、照れ臭さを感じつつも、付け足す。
「だから……今日は、ラーメンが良いなって思って。ちょっと、デ、……デートには適さないかもしれないですけど……」
デートという言葉を使うのは少し恥ずかしくて、吃ってしまったけれど、なんとか伝える。
鈴木さんは一瞬驚いたように目を見開いたあと、柔らかな笑みを浮かべた。
「……ううん。俺にとって、あの日の一杯は凄く特別な物だから、もし田中さんにとっても、ただのラーメン以上の意味があるんだったら、……凄く嬉しいよ」
囁くようなその声に、胸の奥がじんわり温かくなった。
*
あの日に行ったラーメン屋さんで、並んで座ってラーメンを食べる。
頼んだメニューはもちろん、味玉チャーシューメン。
「ああ……凄く美味しいなぁ」
「はい。それにやっぱり、二人で食べるって、一人で食べるより、ずっと美味しいですね」
同じことを考えていたみたいで、二人で笑った。
帰り道、夜風が心地よかった。
自然と、歩幅が揃う。
今日が凄く楽しかったから、マンションが近づくにつれて、なんだか名残惜しくなってくる。
「……今日は、ありがとうございました」
「俺の方こそ。すごく楽しかったです」
少し、沈黙が流れた。
鈴木さんが、私をじっと見つめる。
「……田中さん」
名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴った。
一歩、距離が縮まる。
鈴木さんの手が、私の肩にそっと置かれた。
綺麗な顔が近づいて来て。
「……っ」
思わず、体がこわばった。
過去の記憶が一瞬だけ、胸をよぎってしまって。
それに気づいたのか、鈴木さんは一瞬、目を細めて、そして、ふっと力を抜くように微笑んだ。
「……今日は、ここまでにしますね」
肩に置かれていた手が、ゆっくりと離れる。
「無理やり進める気は、ないから」
その言葉と距離が、胸に染みた。
「はい。……ありがとうございます」
小さくそう言うと、鈴木さんは優しく頷いてくれた。
部屋に入り、ソファーに腰掛けて、ぼんやりと今日一日を思い返す。
それだけで胸がいっぱいで、もうそれ以上、何も考えられなくなってしまった。
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次の投稿は、2月14日(土)7:00です。
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陽ノ下 咲




