第十一話 高校の同窓会
主な登場人物紹介
田中彩乃
二十四歳。主人公。庶務部。優しくてお人好し。過去のトラウマから恋愛には奥手。
鈴木颯太
二十四歳。彩乃の同期で営業部所属。仕事の出来るイケメン。彩乃の隣の部屋に住んでいる。彼女の浮気が原因で別れているところを彩乃に目撃される。
佐藤優真
二十四歳。綾乃の高校からの親友。なんでも話せて、頼りにしている存在。穏やかで誰に対しても優しい。職場は別。
山本莉子
二十ニ歳。イケメン好きな彩乃の後輩社員。庶務部。小柄で美人。
鈴木さんとのお出かけを控えたある日、高校の同窓会の連絡があった。
優真くんから『同窓会、参加する?』とメッセージが届いて、どうしようかなと思いつつ、とりあえず参加者のグループチャットを確認した。
すると、参加者の中に、元カレの名前があるのを見つけて、一瞬、戸惑った。
だけど、懐かしい名前が並ぶグループメッセージを見ているうちに、逃げる必要はもうないんだと思えて、やっぱり参加しようという気持ちが湧いた。
優真くんに『うん、参加するよ』と送ると、『じゃあ俺も参加しよ』と返ってきた。
優真くんも居るんだと思うと、不思議と安心する自分が居た。
そして同窓会当日。
会場に入ると、懐かしい顔がいくつも目に入る。
「彩乃だ!久しぶり〜」
「元気してた?」
「わっ!みんな久しぶりー!」
仲の良かった子達に声を掛けられて、自然と笑顔になる。
……あ。
少し遅れて、視界に入った人影に目が止まった。
小林直樹。浮気現場を目撃して、その場で終わった元カレの姿。
彼を見ても、もう何も感じ無かった。
ーーああ、本当に、もう何とも思ってないんだ。
自分の気持ちを、はっきり確認できて、心からほっとした。
席に着いて、みんなで乾杯をする。
仕事の話、昔の失敗談、どうでもいいことで笑い合う。
直樹とは席が違うから特に話さすこともなく、変に意識することも無かった。
それができる自分に、少し驚いたし、嬉しくもあった。
同じ席に座っている当時仲の良かった子が、少しそわそわとした雰囲気で、私を見て言った。
「ねえ彩乃、なんか雰囲気変わったよね」
「あ、それ私も思ってた!前より綺麗になったよね」
「……もしかして、彼氏できた?」
突然の質問に、思わず苦笑する。
「えへへ、ありがと、嬉しい。だけど、彼氏はいないよ」
そう言った後、少しだけ迷ってから、他の人に聞かれるのは恥ずかしいから、机にいる仲の良い友達だけに聞こえる程度の、小さな声で続けた。
「でもね、最近……ちょっと気になってる人と、出かけることになって」
「え、なにそれ」
「聞きたい!」
私の言葉に、友達は同じように声をひそめつつも、楽しげな声を上げた。
その反応に、私は顔が熱くなってきてしまい、思わず両手で頬を押さえた。
「服装とか、どうしようか悩んでるの……」
私の言葉に、みんなが楽しそうに反応してくれて、余計に恥ずかしくなった。けれど同時に、嬉しくもあった。
*
しばらくして、トイレに立った。
化粧台で身だしなみを整えて、席に戻ろうと廊下に出た、その時だった。
そこに、小林直樹の姿があった。
まるで待っていたかのように、私を見るなり声を掛けてくる。
「彩乃、ちょっと話したいんだけど。時間くれない?」
胸の奥が、ひやりと冷える。
「ごめん、無理。私には話すことなんてないから。話したいなら、席でみんな一緒に話そう」
そう言って、その場を離れようとする。
けれど、直樹が、道を塞ぐように一歩前に出た。
「頼むって。ちょっとだけだから」
次の瞬間、強く腕を掴まれた。
「……っ!?」
背後の壁に背中を押しつけられ、両手で逃げ道を塞がれた。
突然の出来事に、声も出ず、身体が強張る。
怖くて逃げ出したいのに、動くことが出来ない。
眼前の直樹は、強張った私の表情を間近で見て、なぜか、少しだけ頬を染めた。
視線を逸らし、気まずそうに一度息を吐いてから、言う。
「なあ、彩乃。お前さ……ちょっと見ないうちに、すげぇ綺麗になったよな」
「……え?」
あまりにも唐突な言葉に、唖然としてしまった。
「な、何……突然……」
声がわずかに震える。
「突然じゃねぇよ。付き合ってた頃から、ずっと思ってた」
その言葉に、耳を疑った。
「……お前のこと、綺麗だって」
胸の奥で、何かがぶつりと切れた。
怖さの奥から、怒りがじわじわと湧き上がる。
「……浮気したくせに、何言ってるの?」
自分でも驚くほど、声が低くなる。
「まあ……もう、完全に吹っ切れてるけど」
そう言うと、直樹は悔しそうに顔を歪めた。
「……あの時は、ほんとにどうかしてた。悪かったって思ってる。でも今日、もう一回お前見て……やっぱ、好きだなって思った」
真剣な目で、そう告げられた。
けれど、彼は、私の恐怖も拒絶も、まるで気が付いてはいない。
「なあ、俺たち……もう一回、やり直せないか?」
答えは、考えるまでもなかった。
「……それは、絶対に無理」
私は、はっきりとそう言い切った。
それでも、直樹は引かなかった。
「なんでだよ。さっきお前が話してたの、ちょっと聞こえてたけどさ。まだ誰とも付き合ってないんだろ?だったら良いじゃん」
腕を掴む力が、さらに強くなる。
「……良い訳ないでしょ!やめて。離して……っ」
直樹の顔が、近づいてくる。
全身を駆け巡る、強烈な嫌悪感。
あの時の光景が、頭の中でフラッシュバックした。
知らない女。
絡み合う身体。
裏切られた、あの日。
嫌だ……。
嫌だ、嫌だ……!
そう思った、その瞬間。
「ねえ」
低く、冷えた声が割り込んだ。
「すごく不愉快なんだけど。
……いい加減、やめてくれない?」
怒りを押し殺した、けれど確かな圧のある声。
そちらを見ると、そこには優真くんが立っていた。
「……優真くん」
背中越しでも分かった。
今まで見たことがないくらい、怒っている。
「佐藤、おま……」
「小林、……俺が殴る前に、席に戻ってくれる?」
何か言いかけた直樹の声を遮るように、優真くんの静かな声が静かで、でも有無を言わせないような力強い声が響く。
その言葉に、直樹は、はっきりと怯んだ。
そして私と優真くんを交互に見て、眉を顰めて言った。
「……え、……何、……おまえら、もしかして……、そういうこと?」
優真くんが直樹を睨んで、舌打ちをする。
「わ、分かったって!もう行くよ」
そう言って、足早に店内へ戻っていった。
二人きりになって、優真くんが振り返った。
「彩乃、大丈夫だった?」
「……うん。ありがとう」
いつもの優しい優真くんの声に、心から、ほっとした。
「……私ね、ここ来るまでは直樹に会うの、ちょっと不安だったの。だけど、会ってはっきりした。私もう、完全に吹っ切れること出来てるみたい」
そう言うと、優真くんは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。良かった」
「優真くんのおかげだよ。……本当にありがとう」
心からの感謝の気持ちを込めてお礼を言った。
すると優真くんは、「ん……」と小さく頷いて、とても優しい顔で微笑んでくれた。
そして、いつもの様に私の頭を撫でようとして、はっとして手を止めた。
少し悲しそうに視線を逸らして目を伏せる。
「……さっき、席にいた時にさ、」
視線を逸らしたまま、続ける。
「俺、お前の声だけはどんな小さな声でも、耳に入ってくるんだ。……だから、聞こえちゃったんだけど、」
胸が、少しだけ跳ねる。
「彩乃、前言ってた同僚の人と、……デートするの?」
「っ……」
優真くんから出た“デート”という単語に、胸が跳ねた。
あの時、鈴木さんに「デート」という言葉を使われたわけではない。
それでも、優真くんに聞かれて、“デート”という言葉を意識して、恥ずかしさと嬉しさがじわじわと胸に広がった。
照れながらも、正直に答える。
「うん。誘ってもらえてね、……二人でお出かけするんだ」
改めて口にすると、恥ずかしくなる。
「……そっか」
優真くんは、静かに笑った。
「……彩乃、凄く楽しみにしてるんだね」
「うん」
少し間を置いて。
「えへへ……楽しみ、かな」
正直にそう答えると、優真くんはもう一度「そっか……」と言った。
その声に、違和感を覚えた。
「優真くん……?」
心配になって名前を呼ぶ。
「どうしたの?……ねえ、もしかして優真くん、最近、何かあった?」
そう聞くと、優真くんが少し驚いたようにこちらを見る。
「え?」
「優真くんが元気ないと……私、すごく心配だから。もし何かあったのなら教えて欲しい。優真くんの力になりたいの」
そう言うと、彼は少し切なげに笑った。
「彩乃、ありがとう」
そして、さっきは躊躇した手をもう一度上げて、今度は私の頭を優しくぽんぽんと撫でると、私を見た。
「じゃあ、……今度、俺の話、聞いてくれる?」
その瞳は、強い意思の様なものが宿っているように感じた。
「うん!もちろん」
力強く返すと、彼は少し照れ臭そうな顔で微笑んだ。
「俺たちも、そろそろ戻ろっか」
歩き出した彼の背中を追いながら、やっぱり、ここ最近の優真くんは、いつもと様子が違うとはっきり思った。
私が本当に辛かった時、ずっと隣で心を支えてくれた大切な親友。
彼がもし今、何か辛いことがあるのなら、今度は私が、彼の心を支えたいと、心からそう思っている。
今度はきっと、私が力になるからね、と思いながら、彼の背中を追いかけた。
本作を見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は毎週水曜と土曜日に一話ずつ投稿していきます。
次の投稿は、2月11日(水)7:00です。
引き続き、お読みいただけますと嬉しいです。
どうぞ応援のほどよろしくお願いいたします。
陽ノ下 咲




