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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第359話 火口に咲く

 

 火龍山脈の火口地帯に龍の咆哮が響き渡る。

 大気と鼓膜を震わせる、軽い衝撃すら伴う咆哮の直後には地表を灼熱のブレスが薙ぎ払う。


 両手首から先を欠損し、背中を刺し突かれ、怒りが頂点に達した炎龍帝。いまや巨大な翼を羽ばたかせ、火口を中心に円を描くように、大空を舞い地表を焼き尽くそうとしていた。


「くそ、やっぱり飛ばれると厄介だな……!」

「あの大きさと、速さですから。触れることすらままなりません……」


 大型の浮遊船に迫る巨体を誇るアークトゥルスが高速で飛び回っているのだ。下手に近づけば、衝突して空中に鮮血の花火を咲かせることになる。


 そんな状況でもセンチュリオンとコルベットは戦闘を中断したりはしない。

 センチュリオンの砲撃主を中心にした地上からの対空攻撃。さすがにヴィルヘルムが仲間を空中に放り投げて直接攻撃を加える、という離れ業には目を疑った。


 コルベットも対空攻撃中心に切り替え、分散してターゲットを散らしながら攻撃を継続している。


 だが……、炎龍帝が空を支配する限り、やはり明らかな有効打というものをどちらのユニットも打ち出せないようだ。これこそが、二つの集団が長年魔龍を倒しきれなかった理由。


「ナトリ、やっぱり直接取り付いて攻撃するか、地上に落とすしかなさそうだね」

「ああ、俺達の出番だな」


 今回の討伐戦にあたり、ローズ達と立てた作戦の中で、俺たちジェネシスは重要な役割を担うことになっている。


 その役割とは、魔龍にとりつきその翼を切断、奴を地上へ引きずり下ろすことだ。


 とはいえ近づくだけで死にかねない危険な相手に対し、こちらが打てる手は多くない。アークトゥルスの速度に追いつくことが可能であり、至近距離でもその反撃に耐えられる者は限られる。


 ジェネシス内で可能性があるのは、速さと頑丈さに自信のあるフウカとニムエだけだ。龍への特攻は二人に任せるしかない。

 だけど、その二人だけで龍の翼をへし折るのは難しい。そこでリッカの新しい能力の出番となる。


『女王の間』


 リッカの新星骸杖、"黒曜杖ノクターニア"が紫光を放つと、彼女の目の前に漆黒の窓が開く。


 《みんな、リッカちゃんの準備ができたわ。南西の大岩の影に集合》


 リィロが各々にリッカの位置を伝え、皆が集まってくる。


「みんな、中へどうぞ」

「おうよ!」

「お願いします!」


 皆が渦巻く漆黒の靄に吸い込まれたのを確認し、残った三人に声を掛ける。


「フウカ、ニムエ、それにリッカ。任せたよ」

「必ずみんなを炎龍帝の背中に連れていくよ!」

「ニムエにお任せを」

「フウカちゃん、ニムエさん、よろしくお願いします!」


 俺もみんなに続き”女王の間”に入る。



 ♢



 黒曜杖ノクターニアの星骸能力である"女王の間"は、黒曜蝶アルニラムが有する固有能力から生成された、現実空間から独立した亜空間である。


 現実空間と女王の間を繋ぐ扉を作り出すことで自在に往来が可能であり、扉は術者と杖さえあればどこにでも作り出すことができる。


「それじゃ二人とも、行くよ」

「はい」

「リッカ、しっかり掴まってて」

「うん、お願いねフウカちゃん」


 フウカはスカーレットウィングを煌かせて緋色の軌跡を描きながら、ニムエはブースターの青い光を曳きながら大岩の影を飛び出す。


 三人は上空から断続的に吹き付けられるブレスを回避しながら炎龍帝を追う。


「やっぱり速い……! ニムエ、いけそう?!」

「問題ありません。さらに速度を上げ、フウカ様に続きます」


 フウカは後ろに追随するニムエを振り返り頷くと、さらに飛行速度と高度を上げる。

 三人が炎龍帝の背後に迫ると、龍は飛行しながら首を巡らせ三人を睨みつけた。


 カアッ、と発光する口腔が開かれ、邪魔な追随者を焼き尽くす熱線が空を薙ぐ。


「うぐっ……!!」

「追加ブースター点火、出力100%」


 予備のブースターを機動させたニムエはフウカから離れ、引き付け役を買って出る。一時的にフウカをも超える飛行速度で、迫りくるブレスを掻い潜り変則的な軌道を描きながら、空中を縦横無人に駆け抜けた。


 炎龍帝のブレスは、全集中力を使いブレスを回避するフウカとニムエの間を行ったり来たりとしながら、地表にも破壊の限りをつくしていく。


 しかし、三人は回避に手一杯となり思うように炎龍帝との距離を縮めることができずにいた。

 リッカは、コルベットとセンチュリオンがブレスに飲まれていないことを祈りながらフウカの腕を握る手に力を込める。


「アタシを忘れるんじゃあないよ!!」


 背後に注意を向けていた炎龍帝の首に、青い荊が絡みつく。


「ローズさん!」


 星骸装備"幻翼長靴(グリフォニアブーツ)"によって空を駆けたローズが、炎龍帝に不意打ちを食らわせる。

 龍の首に絡みつくラヴィアンローズが、ギャリギャリと首の岩石甲殻を削る。


 魔龍は煩わし気に首を大きく振り回し、巻き付いた首輪から逃れようともがく。

 ローズは遠心力で大きく振り回されるが、幻翼長靴(グリフォニアブーツ)の機動力で体勢を維持し、放たれるブレスを華麗に避けて見せた。


「ハハハハッ、炎龍帝を飼うってのも悪くないかもねぇ! 存分に喰らいな、『青荊の(ソーン・デス)磔刑(トラクション)』!!」


 グ、ギギッ――


 首に巻き付いたラヴィアンローズから突き出た光の棘が龍の首を刺し貫く。深く刺さった棘が気管に達したのか、絶え間なく放射されていた炎龍帝のブレスが途切れた。


「今だフウカ! さっさと取り付きな!!」

「ありがと、ローズ!!」


 炎龍帝が軌道を大きく変え、上空へ向かって加速する。体を激しく捩じり、首に纏わりつくローズを暴風によって削ぎ落そうと暴れ始めた。


「残念だが、アタシは本命じゃないんでね。この辺でおさらばさせてもらう」


 ローズは首に巻き付いていた剣を解くと、吹き荒れる暴風に身を任せ錐もみ回転しながら龍の巨体から離脱し、火口へと落ちていく。


 それはブレスの途切れた隙を突き、フウカとニムエが炎龍帝の背に到達した直後のことであった。


「守りはニムエにお任せを」

「お願いニムエさん! 開け、『女王の間』」


 アークトゥルスが背に纏わりつく虫たちを薙ぎ払おうと放ったブレスが、フウカとニムエが咄嗟に展開した波導障壁に激突し、三人の姿は灼けつく熱線の中に飲み込まれた。



 ♢



「フウカさんたち、大丈夫すかね……」


 不安げな顔をしたアルベールが部屋の天井を仰ぎ見ながら呟く。女王の間内部は外と隔絶されているため、物音一つしない。


「きっとうまくやるさ」


 アルベールには、炎龍帝との戦いが始まる前から女王の間の中で待機してもらっている。

 あるものを仕込むための準備があった。この異空間で作業を続けていたのだ。


「どや、アルベール。ブツの調整は」

「もちろんいけるっす。完璧に仕上がってると思う」


 ニッと笑ってアルベールが持ち上げたのは金属製の筒だ。


「爆裂エアリアを核に、ニムエのフィルリアクターの機構を参考にして、より高威力の爆発になるよう改良した……、名付けて『超・エアリア爆弾(改)』!」

「名前がださい……」


 アルベールは、ちゃんと名前を考える時間がなかったんだとぐちぐち言いながらネーミングに対するマリアンヌの辛辣な言葉に落ち込んだ。

 しかしその威力自体は相当なモノであると確信できる。アークトゥルスの翼をブチ折るため、彼が連日徹夜でコード:ラジエルを駆使し、刻印の連鎖反応を組み上げて拵えた秘密兵器だ。


「そんなことよりアルベール、もう一度作戦の確認をお願いします」

「そんなこと……。うん、まあ今はいいや」


 一つ咳ばらいをするとアルベールは説明を始める。


「んじゃ最終確認っす。この"超・エアリア爆弾(改)"は」

「長いので爆弾でいいです」

「あっハイ……。この爆弾は、超強力っすけど、ただ爆発させるだけじゃ翼を破壊するのは難しいっす」

「あの分厚い岩盤装甲があるからな」

「はい。でも、アニキのリベリオンなら、その装甲にだって穴を開けられる」

「つまり、龍の体に穴を掘ってそのバクダンを放り込むってぇわけなんだな?」

「簡単に言えば」


 普通に爆発させても装甲に防がれる。だから、肉質の比較的柔らかい内部で爆弾を破裂させ、翼に大ダメージを与えようというわけだ。


「掘削ポイントはさっき打ち合わせた通りに。んで、作戦のキモっすけど――」

「ナトリが炎龍帝の肩に穴を開けとる間、俺らが奴の攻撃からこいつを守ればええんやな」

「そゆことっす。あと気を付けてほしいのは……。間違っても爆弾に引火させないでくださいよ。万が一誤爆すると、木っ端みじんになるのはオレらの方になるっすから」

「……わかりました」


 俺達は超至近距離で魔龍とやりあうことになる。しかも空中という不安定な場所。しかしこの作戦を成功させれば、奴の飛行を封じることができ、この戦いの決定打になりうる。


「……みんな、頼んだぜ」

「まかせとけや」

「ナトリさん、必ずお守りしますから!」

「オレは直接戦えないすけど……、アニキのこと、信じてるっす!」


 今か今かとその時を待ち構えていると、女王の間の中央、俺達の目の前の空間に黒い靄が浮かび上がり、穴の形を成していく。


「リッカが呼んでる。行くぞ!」

「はい!」


 マリアンヌが真っ先に扉に飛び込み、クレイル、俺、エルマーと続く。



「どわああぁぁ?!」


 穴を抜けた先は、目の灼けるような光の濁流の中だった。目の前にメイド服の裾をはためかせてブレスを押しとどめる、仁王立ちしたニムエの背中がある。


「――『泡石ノ剣(クトネシリカ)』、そして固まれ、『泡沫水晶壁(ピリカノチセ』」


 マリアンヌの煌零杖ナプルクルが光を放ち、『超硬化』能力と共に、光を反射して輝く五本の泡剣が実体化する。

 彼女は剣を操り、三方から剣の切っ先を合わせるようにして、ブレスを受け止めるニムエの前面に盾のようにして展開、彼女を補助する。


 傘のように広がった泡石ノ剣(クトネシリカ)が、その表面を滑らせるようにブレスを周囲へ拡散させる。マリアンヌはこの新しい星骸杖を手に入れてから、以前と比較にならないほど防御性能が強化された。


「ニムエ、一旦下がってくれ。アルが燃料補給したいって」

「了解しました。後をよろしく頼みます、皆様」


 交代にニムエが女王の間へと消える。


 さすがに超硬化した泡石ノ剣とはいえ、至近距離のブレスを凌ぐのは相当にきついようだ。

 熱線が途切れると、マリアンヌがしんどそうに表情を歪めた。


「マリアンヌ一人に任せはしないよっ。『幾鋼城壁』(エル・ヴィオロリース)


 フウカの煉気を媒介に、炎龍帝の体表に散在する大量の地属性のフィルが彼女の波導に共鳴する。

 炎龍帝の背中の装甲、その表層部分が分解され、再構成、強固で緻密な金属防壁が、まるで城壁のように龍の体表から突き出した。

 フウカの作り出した防壁はアークトゥルスの背中を伝い、翼の根本まで続いた。


「いってこいや、ナトリ!」

「ああ!」


 フウカが生成した、炎龍帝のブレスから身を守る壁に沿って背中を進む。強風吹き荒れる背中を、振り落とされまいと懸命に進む。


伊邪那火(イザナギ)

 グァァ……!


 首を伸ばし、防壁越しに顔をだした炎龍帝の横っ面に蒼炎の大火球がぶち当たり、龍の首が大きく弾かれた。


「うおっ!」

 頭上を灼熱の光線が駆け抜ける。フウカの波導防壁がなければ蒸発していた。

 エルマーと共に所定の場所にたどり着くと、すぐさまリベリオンを両手で逆手に持ち掲げる。


「エレメントブリンガー、『ソニックレイジ』」


 響属性の刃に、旋回する風属性を纏わせる。回転力を得た切っ先が、アークトゥルスの岩石装甲を激しく抉り取り始める。響と風属性の合わせ技だ。

 龍の装甲に穴を開ける最中、背後で激しく赤と青の炎が散り、激しい攻防が行われていることを感じる。……もう少し、すぐに終わるからな。


「邪魔するんじゃねぇぜ、トカゲ野郎! 喰らえ、『双竜翔』ォ!!」

 ――――グオグアァァァ!!!


 蒼炎を振り切り、竜の頭部が鞭のようにしなりながら迫ってくる。

 側に待機していたエルマーが、両手の竜裂甲から二つの衝撃波を放ちアークトゥルスの顎をカチ上げる。


「よし!」

 目の前には炎龍帝の肩甲骨の根本辺りにぽっかりと空いた穴。ちょうど右翼の付け根辺りまで届いたはずだ。


「エルマー、爆弾頼む!」

「おうよぉ!」


 超・エアリア爆弾(改)は守りの堅いエルマーに運搬を任せていた。エルマーは背負っていた弾頭を持ち上げ、信管を作動させて俺が空けた穴の中へと放り込んだ。


「みんな! 飛び降りろ!!」


 俺の呼びかけを合図に、それぞれがすぐさま炎龍帝からの離脱を図る。

 轟風を纏い、一瞬にして遠ざかったアークトゥルスの巨体が、盛大な爆破音を伴って火口の上空を埋め尽くすほどの巨大な爆炎の華を咲かせた。




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