第360話 黒矢の枷
火口の上空で大爆発が巻き起こった。
俺の体は空中にあり、爆発の衝撃によって吹き飛ばされそうになるのを、ドレッドストームの気流操作で受け流す。
上空に濛々と煙る爆煙を割るようにして、ぬっと赤黒い巨体が現れた。
炎龍帝はさすがにその巨体を片翼で支える事は出来なかったと見え、急速に火口へ向かって落下し、赤熱した溶岩溜まりに巨大な火柱を立てながら沈み込んだ。
その衝撃によって火口が弾け、周囲に雨のように溶岩が降り注ぐ。
地響きが起こり、炎龍帝の重みに耐えきれなかった噴火口そのものが陥没し、崩壊によって火口の底まで続く大きな穴が形成された。
炎龍帝の巨躯はその穴を転げ落ちる。
「あれは」
火口の底、本来ならずっと溶岩に沈んでいた深い部分に、何か黒い物体が見える。
赤く輝く溶岩に照らされた人工物。いや、建造物の一部か。
『マスター、おそらくあれが“迷宮エンシェントカーネル”だよ』
「ようやく……見つけた」
俺達の目的地。飛竜山脈火口に沈むとされる伝承の迷宮。
「ナトリ!」
「ナトリくん!」
地面に軟着陸すると、フウカと彼女に抱えられたリッカが側に降りてきた。
「上手くいったな!」
「アルベールの爆弾、とんでもない威力だよね」
「万が一巻き込まれてたらと思うと……恐ろしいですね」
強化したって言ってたけど、爆裂エアリアの比じゃないな。アイツ、そのうちとんでもないものを作るんじゃ……。
ともかくアルベールのおかげで無事アークトゥルスを厄介な空から引き摺り下ろせたわけだ。
火口の底へ転げ落ちた炎龍帝を追うため、火口に向かう。と、強烈な熱気が火口から押し寄せて来た。
「きゃっ!」
「熱っ……!」
二人が着用しているアルカナコートを貫通するほどの熱気。それは視認できるほどまでに空間を支配し、俺達を圧倒した。
空気がヒリつき、赤いオーラのようなものが穴の底から膨れ上がってくる。
「なんだこれは……?!」
――オオオオオオオオオオォォォォォォォォ…………!!!!
火口から炎龍帝の長い首、そして上半身が現れる。だが、先ほどまでとはその様子が一変している。
赤熱した渦巻くオーラを纏い、全身の岩盤装甲に赤い溶岩の亀裂が走る。全身から発散する高熱は、その体内に溜め込んだエネルギーの発露か。
「あいつ、随分お冠みたいだな」
『きっとアークトゥルスの最終形態だ』
リベルの言う通り、翼をもがれ、地に落とされ、奴も追い詰められていることを自覚している。だからこその本気。
「『爆砕』!」
「『青華螺旋穿』!」
火口から這い上がろうとする魔龍に向かって、ヴィルヘルムとローズが攻撃を仕掛ける。
落下したのを好機と見たか、センチュリオンとコルベットのメンバーが飛来する溶岩弾を避けながら二人に続いて総攻撃を仕掛けた。
「ウォラァァ!! 砕だけぇろォ!!」
「今日こそアタイらが息の根止めてやる!」
突如、ぐうぅっと空気が収縮するかのような妙な感覚を味わう。そして次の瞬間、アークトゥルスの全身が光った。
「ぐううっ……?!」
炎龍帝の全身に走る溶岩の亀裂から、高熱の衝撃波が周囲に向かって放たれたのだ。
至近距離で魔龍に攻撃を加えていたセンチュリオンとコルベットの奴らがぶっ飛ばされていく。
センチュリオンの重戦士たちは武器を盾にして踏みとどまった者も多かったが、軽装備のコルベットのメンバーは衝撃をもろに受けて大多数が宙を舞った。
少し離れた場所にローズが吹き飛ばされ、衝撃と共に地面に激突するのが見えた。
「!」
彼女の落下位置に向かう軌道で、溶岩を含むかなり大きな岩塊が落ちてくる。
『ドレッドストーム』
火属性を混ぜて爆発力を加え一気に加速し、一瞬で落ちたローズの前に駆け付ける。
「ナトリ……」
上空から飛来する岩塊が視界一杯に広がる。
『ソニックレイジ』
リベリオンを地属性に対し最も相性の良い響属性へ変更。煉気を流し込み、刃に纏う響属性のエネルギーを一気に増大させる。
剣に溜め込んだ力を開放、目前に迫った巨大溶岩弾に、響属性の超振動斬撃を飛ばす。
岩塊と斬撃が正面衝突し、岩が粉々に弾け飛んだ。咄嗟にアブソリュート・イージスを展開し、身を起こそうとしていたローズを盾の背後に庇う。細かくなった溶岩弾から二人で身を護る。
「大丈夫か?」
彼女に手を差し伸べ、立ち上がらせる。
「あ、ああ。助かったよ、ナトリ……。ありがとう」
何故かローズは少し目線を逸らしながら礼を言う。
「近寄り過ぎるのも危険のようだね」
「あの衝撃波には注意だな」
二人で再び戦線に復帰する。
カカカッ、と雷鳴と閃光が轟き、炎龍帝の首回りで雷が迸る。振り回される炎龍帝の首を神速の速さで躱しながら、クルーガーが頭部を狙い雷神を乱射していた。
「この程度の湯気じゃあ、俺を灼くのは無理だぜぇ。炎龍帝サンよぉ!」
魔龍の衝撃波を両手の盾で耐え切ったヴィルヘルムが、爆裂するラウンドシールドを炎龍帝の脇腹に叩き込む。
グギィ……!!
「無事か、アルココ、ベルトラン!」
「アタイは平気だよ姐さん。ベルトランのおかげでね」
「ローズさん、盾の消耗が早い……」
「ブレスの威力も更に上がってやがるな、こいつは」
最前線に戻ったローズがコルベットの者達を鼓舞する。
「アンタら、この程度で圧倒されるんじゃない! もう少し押し切れば勝てるぞ!」
アークトゥルスはもはや白色に近いブレスで周囲を無差別に薙ぎ払い始めている。その攻撃は地を抉り空を割り、溶岩さえも蒸発させていく。
「っ……ッ!」
跳びまわるクルーガーの雷撃により、炎龍帝の頭がブレたことでブレスの軌道が逸れ、ローズ達三人の元へ予期せぬ攻撃が降りかかる。
「清なる水の祝福を! でち」
ミコが結界を発動させ、白熱のブレスは彼女の結界に弾かれた。
「すまないねぇ、助かったよちっこいの!」
「気をつけるでち! あれはすっごく危ないでち!」
ミコは戦場を走り回り、各所で自慢の防御結界を使いブレスを弾く大活躍だ。付近に彼女がいると安心感が違う。
「ナトリくん!」
「なんだリッカ?」
空中から攻撃の隙を窺っていると、リッカが俺を呼ぶ。
「アレ、準備できました!」
「そうか。あいつの動きを僅かでも止めて、みんなの攻撃を集中させれば、やれるか……」
「首の動きくらいは、封じられるはずです」
リッカが確信を宿した瞳をこちらに向ける。炎龍帝が地に墜ちた今、仕留めきる絶好の機会。
「よし、合図頼むぞフウカ!」
「うん!」
フウカが波導弾を上空に打ち上げ、破裂させる。直後、リィロからジェネシス各員へ声が届く。
《リッカちゃんの準備が整ったわよ。クレイル君、エルマー君、マリアンヌちゃん、すぐに合流して!》
アークトゥルスに近づく最中、並走するようにクレイルが、後方からニムエに抱えられたエルマーと、泡石ノ剣に乗ったマリアンヌが追いついてくる。
「リッカの作る隙、存分に利用させてもらおうやないか」
「よーやく野郎をタコ殴りにできんだな?」
「これで終わりにしましょう……!」
「ああ、頼むぜみんな」
炎龍帝の周囲では激しい雷が轟き、爆炎と砲撃の嵐が絶え間なく巻き起こり、青い閃光と刻印の光が瞬いている。二大ユニットによる苛烈な削りだ。
リッカを抱えたフウカが先行し、アークトゥルスの燃え立つオーラ内に突入する。
「先駆けとなりて幾星霜。想い願うは瞬き天つ女……」
リッカの杖、黒曜杖ノクターニアには"女王の間"という固有能力があるが、ノクターニアの真価は持ち運び可能な倉庫だけじゃない。
星骸素材『アルニラムの紫瞳』に宿る能力を応用することで、リッカは女王の間に波導術を構築完了させた状態でストックできる。アークトゥルス戦が始まってから、リッカは隙を見て術を詠唱し続けていた。
フウカとリッカがついに雷鳴鳴り響く炎龍帝の頭部直上へ達し、リッカが女王の間を開放する。
「……を留めよ。とこしえなる時の彼方へ、『剛弓の彗矢』」
リッカの詠唱が完了すると、魔龍を巡る周囲の空間に次々と黒い穴が出現する。
”扉”によって接続された女王の間から、リッカの波導の矢、剛弓の彗矢が大量に放たれる。
こんな巨体、しかも分厚い岩石装甲を身にまとったアークトゥルス相手に、普通の馬上の射手の効き目は見込めない。
だからリッカの訓練の賜物であり、その上位術である剛弓の彗矢を、それも大量にストックし、一気に放つ。
炎龍帝といえど、これだけの黒波導の巨大矢の雨に晒されれば、少しくらいはその動きを封じられるはず。リッカのかなりの煉気を使った大技だ。
ギ……、ググッ――――
アークトゥルスを取り囲み、四方八方から降り注ぎ続ける黒矢。
最初は抵抗しようと首を振っていた炎龍帝の動きが、徐々にぎこちなくなっていく。危機感を感じ取ったか、足を持ち上げ、その場から逃れようと一歩を踏み出す。だが、二の足は出なかった。
『浸食する藍棘』
ゴキャ、という何かが砕ける重い音と共にアークトゥルスの移動が止まる。龍の足元にはローズとアルココの姿。彼女達が魔龍の歩行を阻止する。
『撃霆』
さらにもう片方の足に対し、クルーガーが神雷による物質化した雷槍を打ち込んだ。龍の脚部が閃光と共に帯電状態となり、動きが完全に止まる。
「今ですっ!!」
波導の矢を撃ち尽くし、炎龍帝の巨体が、その太い首全体が静止する。眼球だけが震えるように動き、風を操り接近する俺の姿を捉えていた。
いの一番に停止した炎龍帝の懐に飛び込んだクレイルが杖を振り上げ、体から強い蒼炎の輝きを放つ。
「業なりし蒼き炎、『火之迦具土』」
クレイルの体が燃え上がり、体に纏う蒼炎が膨れ上がる。出現した蒼炎の塊はクレイルの意志のもと、太い首に絡みつき、その周囲を灼熱で溶解し削り取っていく。
「穿て、『煌沫ノ俄雨』」
マリアンヌの周囲に透き通る泡石ノ剣が大量に浮かび上がり、さらに『超硬化』能力によって光を反射しキラキラと輝き始める。
彼女はクレイルが蒼炎で焼き尽くした部分に向かって超硬化させた泡剣を連続発射した。
煌沫ノ俄雨は溶けた首の部位に突き刺さると装甲を抉り、引き裂き、輝きをまき散らしながら粉々に割れ砕けていく。
「俺っちもいるんだぜぇ!!」
停止した炎龍帝の肩によじ登ったエルマーが、しこを踏むように両足を踏み鳴らす。硬気功により地面が隆起し、エルマーの体が僅かにオーラを纏う。
エルマーが静止した炎龍帝の首目掛けて飛び上がり、空中で両腕を構える。
「『地裂昇龍破』! ……からのぉ! 『双竜刃』!!」
エルマーが両腕に装備する竜裂甲を覆うようにして、二対の『竜爪』が浮かび上がる、彼が魔龍の肩より吸い上げた地の属性を帯び、竜爪はその威力を増す。
エルマーは体を空中で回転させながら竜爪を操り、炎龍帝の傷口に連撃を叩き込む。
「あとは私たちが!」
スカーレットウィングを羽ばたかせ、フウカが空中で俺に並ぶ。
『黒・破嵐剣』
『ソード・オブ・リベリオン』
フウカが黒属性を纏った嵐の黒大剣を、俺が巨大化させた青く輝くリベリオンを振り上げ、みんなが攻撃を加えた部位に向かって同時に振り下ろす。
炎龍帝の首を衝撃が駆け抜け、大気と閃光が弾ける。停止した首は俺達の同時攻撃を受け、弾かれたように吹き飛んだ。ちょうどリッカの黒波導の効果が切れたところだった。
グガアアアアアアァァァアアアア…………
爆炎に包まれ、雄叫びを上げながらアークトゥルスの体が火口の底へ崩れ落ちるように転落していった。




