第357話 集結
クレイルが打ち上げた波導花火が上空で炸裂し、乾いた音が響いた。
それを合図に俺達は火口の尾根を越え、再び炎龍帝の領域へと踏み入る。
「ケッ、あれだけボコしてやったっつうのに、すっかり治っとるやないか」
七日程前に俺達が炎龍帝に付けた傷の数々は既に癒えている。驚きの再生力だな。
「戻って来たぞアークトゥルス。今度は負けないからな」
オオオオオオオオオオオォォォォォ……!!!!
早速縄張りを踏み荒らす俺達に気付き、煮えたぎる火口から魔龍が起き上がった。
♢
「さぁて合図だ、行こうかね野郎共。派手にブチかますよ!」
「「「「「ウオオォォォッ!!!!」」」」」
ジェネシス側の合図を聞き届けたローズ達コルベットも尾根を越え、火口への侵入を開始する。
彼女らコルベットにとっては、こうして魔龍へと挑むのももう何度目となるか。
だが、今回いつもとは明確に状況が異なる。毎回そのつもりだが、今回こそは確実に炎龍帝を倒すと、相当な気合が入っていた。
ローズは遠く、火口に同時に姿を現したジェネシスの一団を認めた。そして目を反対側の尾根へと移す。
そこには、彼らの言っていた「実力者」の姿が――――。
「なっ?! あ、あれって」
「ちょ、待ってよ姐さん! あれ、センチュリオンの奴らじゃ――」
「おい、どういうことだよッ?」
火口に現れた者達。その多くが赤い装備に身を包み、群れを成すラクーン達の一団は間違いなく、火龍山脈最大派閥とも言われる狩人集団、赤竜の尾であった。
彼らの姿を睨みながらローズは唇を噛む。
「ナトリ……、いや、このやり口、ウォルトの方か。全く、やってくれるな……」
センチュリオンが現れたことで、コルベットの狩人達の間に騒ぎが広がる。聞いてねえぞ、と。
しかし、既に臨戦態勢であるこの状況。
今さら奴らと共闘など言語道断、などと戦線を崩壊させるわけにもいかない。
ローズは、騒ぎを収めるべくユニットメンバー達に喝を入れる。
「聞けッ!! お前ら、奴らが現れたからといって背中を見せて逃げ出すのかい?! むしろ上等じゃないかっ! 奴らの目の前で炎龍帝を仕留め、今こそどっちが『上』かわからせてやろうじゃないかッ!!」
「た、確かに……。奴らの手前で尻尾撒いて逃げるわけにもな」
「疑いようもなくアタシらのが上だッ!」
「今さら引き下がるとか、それこそ恥だよッ!」
これが策の一つであるというのであれば、全く食えない男だとローズはウォルトに対して憎々しい感情を抱く。ここまで来た以上、お互い引き下がることはできないのをわかってやっている。
一時隊列に乱れを見せたコルベットであったが、ローズの激によってむしろ気迫を増したようであった。
彼女らは各々武器を手に構えを取り、ローズを先頭に気炎を上げながら、火口への斜面を駆け降りる。
♢
「オイオイオイ……、こりゃどういうこっちゃ?」
反対側の尾根に姿を現した青い薔薇の狩人達に、ヴィルヘルムの右腕たる、実質センチュリオンのナンバーツー、バルテロは流石に面食らっていた。
「ガッハッハッ!! ウォルトの野郎、やりやがったなァ」
「笑いごっちゃねぇぞ、ヴィルヘルムよ」
対して総長ヴィルヘルムは巨体をゆすりながらの大笑いである。
「見ろよ、若ぇの共目が血走ってやがるじゃねえか」
「あの野郎が絵図描いてる時点で、なんかやらかすってのァわかんだろが」
そういわれては何も言えず、バルテロは項垂れるしかない。
彼はため息を一つつくと、気持ちを切り替え団員達へと声を掛ける。
「コルベットの青ビョウタン共がいようがいまいが関係ねぇっ! あの龍の頭を今度こそカチ割る。俺達ァがやるのはそんだけだァ!!」
「そうだそうだ!!」
「ぶん殴る! 叩き割る!! ぶっころす!!!」
「「「ウオオオォォォー!!!」」」
血気盛んな若いラクーン戦士の、いたってシンプルな構造の頭に半ば呆れつつ、バルテロは両脇に二挺の巨大砲塔を担ぎ直す。
「そンでええ。とはいえオメェら、今日はいつもの戦争とは違ぇ。野郎を確実に仕留める。それまで引き下がるつもりはねぇから、そのつもりでいろ!」
「「オウよおッ!」」
「奴との逢瀬もこれが最後よ。老いぼれなりに、全身全霊でぶちのめさせてもらおうかァッ! わりぃなァ、おめぇら。こぉんなジジイについてきてくれてよォ。おめェらの煮えたぎる熱い想い、染みたぜぇ……!」
「「「「親゛方゛ァ゛ァ゛……」」」」
炎龍帝討伐を機に狩人引退を考えるヴィルヘルムに花を持たせるべく、息巻いていた若ラクーン達が、クリクリとした大きな目から大粒の涙を滝のようにこぼす。
「おおっと、戦う前に湿っぽくなっちまったァ! すまねぇすまねぇ――ともかくだッ! コルベットがいようがいまいが関係ねえ、奴らにも見せつけてやろうや! 俺ら赤竜の尾のラクーン根性が、あの燃え盛る炎龍帝より、はるかに熱いってぇことをよォ……!!」
ヴィルヘルムを中心に、熱狂の渦が巻き起こる。そしてそれは、純粋なる戦意へと昇華されていった。
研ぎ澄まされた戦意により、センチュリオンの団員達は一つの獰猛な獣の如く異様な気迫を高めていく。
その戦意の滾る視線が向かう先は、火口の底から姿を現した、火の魔龍ただ一体。
♢
炎龍帝が最初に姿を見せた俺達に向け、口を開く。
「早速来るか!」
「みんな、私の後ろにっ!」
フウカが前に飛び出し、両手を地面につけ詠唱する。
『鋼鉄壁』
無詠唱波導により、俺たちの前に一瞬で鋼鉄の城壁のような、遮蔽壁が地面より迫り上がる。
一瞬で防壁が完成した直後、龍のブレスが波導壁に衝突するが、頑丈な壁はその表面を削られる程度の損害で俺達を攻撃から守り切る。
「はっ、バラけるよかフーカに守ってもらいながら戦った方がよかねぇかよ?」
「幾つか同じ壁を作って回る?」
「いや、攻略会議で言われた通り、一箇所に留まるのはやめとこう」
「ナトリさんの言う通りです。フウカさんの煉気だって無限じゃないですからね」
アークトゥルスの攻撃はとにかく高威力だ。ひとところに留まって守っていたら、こちらの身が持たない。
基本的な戦術として、俺達は三方向から勢力単位で攻めることでターゲットを分散させ、被弾率を抑える作戦を取ることに決めている。
普段の挑戦であれば、それを一つのユニットで分散して担当する必要があったので、今回はより盤石な展開が期待できる。
轟音が鳴り渡り、炎龍帝の背中が爆ぜた。どうやらセンチュリオン側から砲撃を受けたようだ。
立て続けに大砲のようなものが連射され、爆炎が魔龍の体表を削る。
「大砲か? すごい連射だな」
「多分向こうの砲撃主なんだぜ」
「え……、大砲を担いで戦ってるの? さすがセンチュリオン、豪快だね」
センチュリオンが炎龍帝に接近し、集中砲火を浴びせ始めたようだ。魔龍は煩わしげにこちらから視線を外すと、背後のセンチュリオン側に振り向き、鋭い爪を備えた腕を振り上げ接近戦に移る。
「よし、俺達も近づくぞ!」
「おうよ」
各々がフウカの鋼鉄壁から飛び出し、魔龍へ向かっていく。フウカも俺へと手を差し出した。
「フウカ。昨日言ってたこと、やってみようと思う」
「そうだった。ナトリなら、きっと大丈夫だね」
彼女の目を見て頷き返す。フウカは地面を蹴って壁を超え、魔龍へ向かって飛んでいった。
俺とフウカは昨日、今日は個別で戦ってみようと話し合っていた。
飛力に劣る俺をフウカが逐一運んでくれるのはありがたいが、それはフウカの役割が制限されることにもなると、常々考えていた。
フウカの力は強大だ。自由に空を飛び回れるスカーレットウィングの機動力、幅広く強力な波導術。攻撃から防御、回復サポートまでこなせる万能アタッカー。本来ならフリーで戦場を駆けまわって遊撃するのが、最も彼女の力を発揮できる戦い方のはずだ。
「俺だって、今日までずっと鍛錬してきたんだ」
『今のマスターなら使いこなせるさ』
リベリオンを手に呼び出す。
「エレメントブリンガー――」
両手で握りしめた剣の光を放つ刀身が、カカカカカッとその色合いを青、赤、緑、白、黄、黒へと一瞬で変化させていく。
『いい調子だね』
エレメントブリンガーを自在に操ることができれば、俺の機動力を大幅に補助できる。一人でも戦場を駆けまわることができる。
煉気の消耗を抑えつつ、必要最低限の属性操作を行うのだ。
ふわり、と体が浮かび上がる。周囲に風を纏い、浮力を生み出す。エレメントブリンガーは別に一つしか属性を操作できないわけではない。イメージは複雑になるが、組成式を意識すれば制御することは可能だ。
「風と炎、相乗効果。炎の爆発力を加えることで、加速を得る……!」
ゴウ、と背後で熱風が渦巻き、体が斜め上空へと一瞬で打ち出される。初速からかなりの速さだ。駆けだしていたみんなに追いつく。
「フウカ、尻尾をやるぞ!」
「うん! 『スカーレットウィング』」
緋色の翼を顕現させたフウカと二人、赤い軌跡を描きながら炎龍帝との距離を詰める。
リベリオンで飛翔の軌道を制御しながら、フウカとクロスする軌道で剣を振り上げる。
「切り裂け、『黒・破嵐剣』!」
「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』!」
フウカが手にした、濃密な風が圧縮され、さらにエクセリアルによって黒属性の性質を得た、黒風の大剣が魔龍の尾の半ばを切り裂く。
龍の体表を覆う岩石が粉砕されて宙を舞い、頑強な装甲が大きく抉り取られた。
フウカが開いた傷口目掛けて、彼女とと擦れ違いざま刃を伸長させたリベリオンを叩き込む。
グギギガガアアァァア!!
大きな手ごたえ。振り抜いたリベリオンをエレメントブリンガーへ戻し、再度風で姿勢を制御しながら離脱する。
フウカとの連携斬撃を決めた長大な尻尾は、その半ばから断ち切られ、溶岩の上を転がって火口へと落ちていく。
「っし!!」
「やったねナトリ!」
あの長い尻尾を使った薙ぎ払いは動きが予測しにくい上、遠心力が乗るせいで威力も半端じゃない。初手で斬り落とせたのはかなりでかい。あれだけすっぱり切ってやれば、しばらくは再生もしないはずだ。
センチュリオンをあしらっていたアークトゥルスは、怒りに瞳をギラつかせながら滞空する俺達を睨み上げる。
「よそ見してんじゃあ……、ないよッ!!」
魔龍へ駆け寄り接近していたローズが、蛇腹剣ラヴィアンローズを振り下ろし、魔龍の手首を激しく斬りつける。
手首の辺りで青い攻撃の軌跡が閃いた。
「アルココ!」
「はいよぉッ!」
ローズに続くアルココが大鎌をブン回して回転させながら跳躍、同じ個所へ追撃を加える。
彼女の大鎌がローズの切り裂いた傷に深く突き刺さると、魔龍の太い手首に薄っすらと光る文様が浮かび上がる。
「アイツらにいいとこ持ってかれるんじゃないよォ! まずは手首からだッ!」
他のコルベット組員達も炎龍帝の攻撃を掻い潜りながら腕を一斉攻撃し始めた。
『さしずめ、あの紋章を付与した箇所にダメージを与えると威力が増加するって雰囲気の能力だね』
「さすがコルベット。星骸武具所有者が多いよな」
振り回される、半ばから断ち切れた尻尾を避けながら攻撃の隙を窺う。
「オォラアァ!!」
炎龍帝の足首に苛烈な攻撃を加えているエルマーが目に入る。
ヴィルヘルムからもらった竜裂甲を装備した両腕を存分に振り回し、斬撃波を連発して部厚い溶岩装甲を掘削するかのように切り刻んでいた。
「ったァ?!」
「危険ですよ、エルマー様」
魔龍がエルマーを振り払おうと踵を振り抜くモーションを見逃さず、すかさずニムエがブースターを噴かしてエルマーをキャッチ、退避させる。
「踏みつぶされたら助からん、あんまし出すぎんなやエルマー」
「わぁってるよォ!」
マリアンヌは泡石ノ剣を飛ばし、竜の目を狙いながら魔龍の狙いを攪乱、リッカは遠距離からの攻撃に回っている。
決定打を与えるためにはやはり頭部を狙いたいが、長い首は自在に動くし、不用意に近づけば至近距離でブレスを浴びて蒸発しかねない。
今の段階では、とにかく敵の力を削いで奴の攻撃手段を減らす必要がある。
センチュリオン方面からは、さっきからかなり派手な音が鳴り響いてくる。
力自慢の多い彼らは、直接魔龍に取り付いて豪快に装甲を粉砕する戦い方をメインにしているようだ。
「どぉりゃあああああああああ!!!!」
飛び上がったラクーンの戦士が、身の丈を超える大きさの巨大斧を空中で振り被る。
そのまま全身をバネのようにしならせ、炎龍帝の手にその切っ先を叩きつける。バギャァ、という豪快な音と共に、手の甲のうろこ状の甲殻が割れ、ぶらりと垂れ下がった。
よし、俺もニムエやエルマーのいる足元を攻撃するか。うまくこけさせれば頭に攻撃するチャンスが生まれるかもしれない。
エレメントブリンガーで風を操作し、魔龍の太い足首の付近へと降りていく。モンスターの注意はセンチュリオン方面、今ならいける。
「エレメントブリンガー、『ソニックレイジ』」
こいつが分厚い装甲に包まれている限り、リベリオンでそのまま斬りつけても効果は薄い。なら、装甲を貫通して内部にダメージを通せるような技なら、効果があるはずだ。
響属性は地を伝い、その衝撃を貫通させる。
「いっけぇえ!」
足首に向かいながら、白く変化した刃に煉気を注ぐ。膨張させた刃に溜めた煉気を、衝撃波を放つようなイメージで、真っすぐリベリオンを岩盤のような甲殻に突き立てる。
ガクン、と痙攣するように魔龍の足が震える。分厚い表皮を貫く手ごたえ、かなり奥深くまで徹った。即座に風属性に戻し、離脱する。
「ニムエも微力ながらお手伝いさせていただきます。「トルネードパイルクロー」」
ニムエも属性を纏わせた両碗を構え、右、左と強烈な貫き手を突き込む。
今日のためにアルベールは、ニムエを響属性仕様にコード:ラジエルでチューニングしてきた。
ガアアアアアァァァァア!!!!
四方八方から蟻の群れに集られたようなアークトゥルスは、一瞬天を仰いだかと思うと苛立ち紛れの咆哮を上げる。
《範囲攻撃の兆候よ! みんな、回避準備!》
遠方に待機するリィロから直接耳に声が届く。
「鉄の守りよ、『鋼鉄壁』!」
「いかなるものより固く、『泡沫水晶壁』」
前もって動き出した俺達は、フウカとマリアンヌが作り出す防壁へとそれぞれ近い方へ退避する。
「ベルトラン!」
「御意!」
最前線にいたローズとアルココも、巨大な盾を地面に打ち付け固定したベルトランの背後へと回り、センチュリオンの方では何やら濛々と土煙が上がっているのが見えた。
間を置かず炎龍帝の口腔が光を放ち、超高熱のブレスが地面に叩きつけられた。
火焔は周囲を囲むように陣取る俺達を薙ぎ払うように円を描き、鋼鉄壁越しに膨大な熱源が過っていくのが気配で感じられた。
ブレスが過ぎ去った後、壁から顔を出してセンチュリオン方面を窺うと、何故か彼らの姿が見えない……、と思ったら、次々とラクーン達が地面から飛び出してくる。地面を掘削するなどしてやり過ごしたのか。
さすが、なんどもこいつに挑んでいるだけあって、双方共に広範囲攻撃の対策はしっかりとしてあるようだ。
「何が来るかわかってれば対処はできる。迷宮への道、今日こそ開いてもらうからな!」




