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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第356話 前夜

 

 見晴らしの良い、荒れた土地を歩いていく。

 昨日俺達はセンチュリオンの野営地に戻り、ヴィルヘルムたちと交渉に臨んだ。それから一夜明け、今はコルベットと落ち合う予定のポイントへ向かう途中だ。


「意外でしたね。センチュリオンが話に乗ってくるなんて」

「そうね。まだちょっと信じられないけど……」


 当初、ヴィルヘルムとの交渉にはコルベット同様に俺が臨んだが、やはり彼もローズ同様意見を曲げることはなかった。


 理由もほとんどコルベットと同じだ。最大派閥としての矜持。

 だが、何故炎龍帝討伐に最も近いと言われたセンチュリオンが俺達との共闘を受け入れたのか。


 その理由は、年齢だった。


 ヴィルヘルムは見ての通り齢五十を超える大ベテランだ。

 俺達が生まれる前から、ここ火龍山脈の最前線を駆け、モンスターを蹴散らしてきた。


 度重なる炎龍帝との戦闘を経、戦い抜いた歴戦の将は、攻略への足掛かりと同時に己の限界も自覚し始めたそうだ。


 そして長いこと共に戦えば、周囲の者達にもそれは伝わる。


 交渉をウォルトにバトンタッチして、彼がヴィルヘルムの老いという切り口で説得を試みていくと、最終的に老将を合意に導いたのは、ヴィルヘルムの仲間達だった。


 あるラクーンの壮年狩人は語った。おやっさんが引退する前に花を持たせてやりてえ、と。


 その点において意地を張るメンバーはセンチュリオンにはおらず、多くの者が同意見であるようだった。


 ラクーンは情に厚い種族である、というのはよく聞くが、赤竜の尾(センチュリオン)とはヴィルヘルムに心酔し、彼の心意気の元に集った男達なのだ。メンバー全員が、ヴィルヘルムのことを深く思い遣っているように感じる。



「それにしてもさ、最後のあれ、なんだったの? ヴィルヘルムちょっと青ざめてなかった?」

「クククッ、人には他人にゃ言えねえ秘密の一つや二つ、あるもんさ」

「ウォルトさんて、どんだけ人の弱み握ってるのよ……」


 脅しにも似た場面があった気もするが、あれについてはきっと付随する理由の一つに過ぎないだろう。……たぶん。詳細については聞かない方がいい気がする。


「ともかくよ、これで俺の条件は達成だぜ?」

「うん、本当に助かったよ。俺達だけじゃ多分無理だった」

「だろうな。ま、本番ではよろしくたのむぜ。分配権のこともな」


 センチュリオン側とは既に戦いの打ち合わせを終えている。後はコルベットと合流して最後の作戦会議だ。



 §



 コルベットの野営地はほどなく見つかった。おおよそローズの言っていた位置に陣を張った彼らに合流し、俺達は早速招集されたコルベット隊長格達と共に炎龍帝対策会議を始めた。


 コルベットの持つ、炎龍帝攻略に関する情報の開示を受け、ユニット毎の作戦や役割、個々の動きについて議論がされる。


「増援が来るって話だったが、そいつらは戦力になるんだろうね?」

「おお、総勢三十人からの実力者集団だぜ」


 ウォルトがニヤつきながら不敵な笑みを浮かべる。

 事情を知る俺達はローズたちを騙しているともいえるわけで、ウォルトの隣で愛想笑いをしながら誤魔化すことくらいしかできない。


 一通り方針が決まり、会議がお開きとなったのはちょうど日も暮れて晩飯時というタイミングだった。



「ふぃー、ごっそさん。悪ィな、飯まで厄介になっちまってよ」

「気にすんな。明日は背中預けて戦う仲なんだ。少しでもお前らのこと知っとく必要があんだよ」

「へぇ、アルココって意外にそういうこと考える人なんだ」

「意外に、とは失礼な。アタイはこう見えて繊細なんだぞ」

「慣れていないだけだ」

「いらんこというんじゃねぇよベルトラン」

「あはっ」


 コルベットの連中と火を囲みながらモンスターの肉を齧る。

 ふと見回すとローズがいない。別の場所で食事しているのだろうか。と、張られたテントの合間に、キャンプの外へ一人歩いていく彼女の後姿が薄闇の中に見えた。


 立ち上がり、ローズの後を追う。


 コルベットが野営に選んだのは、火口地帯の荒れ地が終わり、火口へ向かう上り坂との間にある障害物の多い岩石地帯だ。


 キャンプを抜けたローズは火口方面へ向かい、キャンプを見渡せる少し小高い場所に腰を下ろしていた。俺が上がっていくと、ローズは青い髪を夜風に靡かせて俺を仰ぎ見た。


「決戦前にはいい夜だね」

「そうだな」


 今月は12の月か。見える範囲だけでも、夜空には大小7つもの月が浮かんでいる。12月の夜はとても明るくて好きだ。


「座りなよ」


 隣を指し示すローズに従い腰を下ろす。


「もしかして、緊張してるのか?」

「おっと、そんな風に見えるかい? まぁ、間違っちゃいない」

「こんな場所で一人物思いに耽るなんて、なんかローズらしくないな、とは思う」

「ははは、ヤツとの戦いの前はいつもこうなんだよ。どうにも震えが止まらない」


 ローズの気持ちはよくわかった。厄災マモンの時も、ついこの前炎龍帝に挑んだ時も、恐ろしかった。


「ユニットを率いるって、重いよな」

「そうさね。けど、アタシは恵まれてもいる」


 ローズは小刻みに震える手を持ち上げ、そこにじっと視線を落とす。


「これは、アタシが背負うべき恐怖なんだよ。自分の居場所を守るために」

「コルベットのみんなのことか」

「そう。今のアタシにとって、あの子らは何よりも大切なんだ……」


 炎龍帝の討伐よりも。


「大丈夫だよ」

「え?」


 明かりの灯ったキャンプを見下ろす。遠くからでもガヤガヤと賑やかな声が響いてくる。


「一度負けてる俺達が言えることじゃないかもしれないけど……、もう負けない。そのために色々と用意してきた」

「ははっ、言ってくれるねぇ。でも、アンタ達には本気で期待してるんだ。なんたって既に魔龍殺しを成し遂げている英雄サマだからね」


 今度こそ、炎龍帝アークトゥルスにリベリオンの刃を届かせてみせる。


「ローズには改めて感謝してる。協力してくれてさ」

「アンタらはもう身内みたいなもんだ。それにこれはアタシらの悲願でもあるしね」

「聞いてみたかったんだけど、ローズはどうしてコルベットのリーダーなんてやってるんだ?」

「そんなの、戦うのが好きだからに決まってるだろ」

「本当に?」

「何が言いたいんだい?」


 ローズの、一般的エアルとは少し色合いの異なる青い瞳が俺を見据える。


「うまく言えないんだけどさ……、以前戦ったとき、ローズから本気の殺意みたいなものが感じられなかったから」

「…………」


 俺もそれなりに戦場を駆け抜けて、色々な奴と戦ってきたからわかる。

 ゲーティアーや厄災、魔龍にエンゲルスの殺し屋連中……、奴らは俺達を本気で殺しにかかってくる。そこには一切の躊躇いもなく、迷いも感じられない。


 純粋な殺意や異常な精神性、快楽優先の戦闘狂。

 ローズ・エスメラルダという人間の戦い方は、それらとは少し違う。そう感じた。


「そういやアンタらは結構な修羅場を潜って来たんだったね。ふぅ、さすがにわかっちまうか」


 ローズは手を持ち上げ顔を覆うように一振りする。すると不思議なことに、彼女の瞳の色が変化した。

 その色は、血のような赤。


「その瞳、……え? まさか」

「ご想像の通りさ。アタシはエアル種じゃない。ユリクセスだ。こう見えて五十近いババアなのさ。がっかりしたか?」


 ユリクセスは見た目が若い長寿種族。外見だけじゃ年齢を判別できない。

 さすがに驚きはしたが、ローズにはなんとなく老成した雰囲気を感じていただけに納得できる部分もある。まさかヴィルヘルム並みに年配だったとは。


「実はうちにも総年齢六十歳越えの女の子がいる」

「え? 嘘でしょ」


 リッカの前では口にしないようにしている。


「ローズは魅力的な女性だと思う」

「ふん、お世辞でも嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 彼女は夜空を見上げると、ぽつぽつと語り始める。


「アタシは北の帝国出身なのさ。皇帝の命を受け、アララウナ王国へ密偵として入り込んでいた」

「密偵か……」


 エイヴス王国にも隠密があるって話だし、やっぱり各国それぞれにスパイを放っているものなんだな。


「もう十年以上前になるけどね……。正体が割れちまって、アタシは"アララウナ王国十傑"に追われた」


 そしてローズは当時懇意にしていた南部関係者の伝手で、どうにかアララウナ大陸から逃げ出し、正体を隠した上で別人になりすまし、グランディス大陸へやって来て狩人となったそうだ。


「火龍山脈はアタシにとって、追っ手から逃れるには都合のいい魔境だった。最初は青い薔薇(コルベット)を隠れ蓑としながら戦力を拡充し、追っ手の襲撃に備えていたのさ」


 そんな事情があったとは。


「それで、ウォルトの言ってた……」

「ああ。アタシの本当の名は、クリサ・ベルベットっていうのさ」


 それにしてもウォルトはどこでローズの本名を掴んだんだろう。

 ウォルトはあの交渉の場で、ローズが同盟をどうしても受け入れない場合の切り札として、彼女の本名を使って脅しをかけるというカードを切ったわけだ。


 それはローズにとってそれは致命的ともいえる言葉だ。彼女がここ、火龍山脈で築き上げた全てが瓦解しかねないのだから。


「全く恐ろしい男だよ。どこでアタシの素性を掴んだんだか……。高い金払って目と髪の色も変えたってのに。けど、別人になったからといって過去を清算できるわけじゃない。今回はそのことを思い知らされた」


 ローズはどこか諦めたようにも見える。


「最初は荒くれ共に紛れ込んで身を隠せれば、ってだけの理由だったんだけどねぇ……。リゼットを筆頭として、アタシに付きまとう奴らが増えていき……、いつのまにか、こんな大所帯になっちまった」

「そうだったのか。っていうかリゼットさんて元々コルベットにいたのか?」

「そうさ。昔はローズさん、ローズさんって、煩いくらいに後をついてきたもんさ」

「あの人が……、想像できない」


 無表情で極太の金棒を振り回すリゼットの姿が、一瞬脳裏によぎり身震いする。


「リゼットはおそらくアタシの抱えてるものを察してる。煮え切らない今のアタシのことが、見るに堪えないんだろうよ。だからコルベットを抜けた」

「…………」

「結局のところアタシは、いまだに過去から逃げ続けているだけなんだよ」


 ローズは自嘲気味にそう呟いた。


「炎龍帝を倒したら、ここを去るよ。そうだねぇ、アンタらの旅についていったらダメか?」

「いや……、それは駄目だ」


 目を背けたくなるような過去があったとしても、多分逃げ切れるということはないだろう。そいつはきっと、どこまでだって追いかけてくる。


「そうか……」

「逃げても戦いは終わらない。それなら受け止めるしかない。コルベットの連中はみんなあんたを慕ってる。連中にはローズが必要なんだ。だから、ローズの抱えてるものをきっと一緒に受け止めてくれる。その上で一緒にいることを選ぶ。そう思うけどな」


 騒々しいキャンプを二人で見下ろしながら暫しの沈黙を味わう。

 そっとローズに目をやると、彼女はなんとも言えない寂しさを漂わせているように思えた。そんな彼女を見て、俺は胸の痛みを覚える。


「それでもやっぱり無理そうなら……、俺達のとこに来なよ」


 立ち向かうのは勇気がいるし、辛いことだ。長く苦しんできた人間に、それを言うのは酷だと思う。足掻いてそれでもだめならば、逃げ道は絶つべきじゃない。


「ふふ、ありがとうナトリ。アンタは優しいな……。その言葉、私の胸にしまっておく」


 彼女は俺に飾り気のない素朴な笑顔を向けてそう言った。


「とりあえずは、明日の決戦に勝たないとね」

「だな。できることはすべてやった。きっと勝つさ」


 決戦前夜、どこか高揚した雰囲気の漂う野営地での夜は更けていく。



 §



「んじゃ、気張っていくぜアンタ達。……進軍だ!」

「「「「オウ!!」」」」


 夜明け前、空の白み始める頃、俺達はキャンプを出た。


「じゃあ、作戦通り頼むよ」

「任せときな」


 俺達はローズ達コルベットと別れると、火口の斜面を回り込みながら所定のポイントまで移動を始めた。


「いよいよだな、オイ」

「みんな、装備は万全か?」

「ちゃーんと整備してあるんだぜ」

「バッチリ!」

「躯体出力115%、良い状態です」


 仲間達から頼もしい声が返ってくる。


「今度こそ、ぶっ倒そうや」

「もちろんっすよ! 前回の反省を活かしてニムエもしっかり改良してきたし」

「今回はコルベットにセンチュリオン、ミコとクルーガーもいるしね!」

「攻略情報を元に立てた作戦通りなら盤石なはずです。ただ……」

「追い詰められた炎龍帝がどういう行動を取るか、ね」


 唯一の不安要素は、瀕死となった炎龍帝だ。センチュリオンもコルベットも、第二形態である飛行形態の魔龍とは交戦経験がある。

 それでも追い詰めるまでには至っていない。そこから先は情報がない。


 ついに火口前、所定のポイントへとたどり着く。さぁ、リベンジマッチといこう。




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