第355話 天秤
青い薔薇のたまり場となっていた酒場を離れた俺達は、彼らの回答を待つため砦内の宿へ戻り休んでいた。
ちなみにウォルトは何かやることがあるらしく、そそくさとどこかへ出かけていった。
陽も暮れかけた頃、コルベットの女性メンバーが俺達の宿へやって来た。
協力要請に対する答えを伝えるから、酒場に来てくれとのことだ。
仲間達を集め、もう一度例の酒場へ赴く。店内はほぼコルベットの貸し切り状態で、上層で活動する実力者を擁する班がほとんど揃っているようだった。
入店するとローズが立ち上がり俺達を迎えた。
「ん、ウォルトの野郎はいないのか?」
「ああ、何かすることがあるとか言ってた」
「そうか、まあいい。……で、さっきの提案に対する答えだけど」
俺達は真剣な眼差しでローズの答えを待つ。
「アタシらコルベットも一緒に戦おう」
「ほ……、本当か?!」
仲間たちもおぉっ! と歓声を上げる。
「各班班長と色々話し合ったよ。結局のところ、炎龍帝を倒したいのはアタシらも一緒さ。もちろんできることなら他の勢力に頼らず倒したい。でも直接対峙したアタシらにはわかってもいる。今のままじゃ到底無理だってね……。認めたかないけどさ」
ローズの言葉にコルベットの構成員たちも悔しそうに俯く。
実力者だからこそ、彼我の戦力差は身に染みて感じているのだろう。
ウォルトが口にしたコルベットの戦績……、彼が指摘していたように、ローズはこのところは炎龍帝相手に、死者数を抑えようとする消極的な戦い方に傾倒していたのではないか。
ウォルトにそこを突かれ、自分たちの矛盾を自覚したのだろうか。
炎龍帝は倒したい。だが、ローズは極力仲間を失いたくもない。かといって挑むのを止めるなどと言えば、コルベットの結束は瓦解してしまうだろう。
その二つを天秤にかけながら、煮え切らない戦いをしていたのは事実のようだ。
「ありがとうローズ。俺達の提案を受け入れてくれて嬉しいよ」
「ウォルトの言葉は癪に障るけど、痛いところを突かれたのも事実さ。狩人の誇りは大事だ。だが、それに拘り過ぎるあまり、遠回りするのは何か違うだろう? ……アタシは炎龍帝を倒し、アイツらに
"その先の風景"を見せてやりたいと思ってる」
俺は少し安心した。そして少しだけローズの考えを知ることができて嬉しくなった。
信念を持ってひたすら戦いに傾倒するのも一概に悪いとは言えないけど、ローズは仲間の身の上を案じ、気遣う心優しさもまた持っているようだ。
考えてみれば、コルベットは他のユニットと違い、メンバー間に家族のような強い仲間意識がある。それはきっとローズの優しさを中心に醸成されていったものなのかもしれない。
「ローズ達の選択は間違ってない。誰もかれもが死にたくて戦ってるわけじゃないんだろ。生きるために……、誇り、信念、仲間……いろんなものを守るために戦い、そして勝つんだ。俺達と同じだよ」
「ナトリの言う通りだよ。それにアタシらは、アンタらジェネシスだから一緒に戦うんだ。借りがあるってだけじゃない。アンタらはもう身内みたいなもんだしな」
やってやろうぜ! というヤジが周囲の狩人たちから上がる。
「ローズ達コルベットが一緒に戦ってくれるなんて、心強いね!」
「ああ、本当だよ。改めてよろしく頼む」
俺の出した右手を、ローズも口元に笑みを浮かべて強く握り返す。
店内はそれをきっかけに喧騒に包み込まれ、大騒ぎとなった。
俺達もそのドンチャン騒ぎに巻き込まれつつ、その晩は彼らと共に親睦を深めたのだった。
むさ苦しい野郎共を集めて腕相撲大会に興じるクレイルとエルマーを遠目に、俺はアルベールとマリアンヌに挟まれてカップを傾けていた。
狩人は感情を肉体で表現するような荒々しい奴ばかりで、コルベットの団員からもみくちゃにされつつ、酒を注ぎに注がれる歓迎を受けていたが、それも時間が経ってようやく落ち着いてきた感じだ。
「ねえナトリさん。結局あのこと……、言いませんでしたけど大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、アレか……」
もちろんセンチュリオンも加わる予定だという話だ。
これについて、実はウォルトから今はまだ言うなと釘を刺されている。こういう展開になってしまうと、ローズが俺達の意図を知った時がちょっと怖い。やっぱりやめた、とか普通に言われそう。
「これもきっとおっちゃんなりの作戦なんすよね。ほんとやり手だなぁ……」
「そうだな。多分俺達だけじゃ、協力を取り付けることはできなかったよ」
§
ジェネシス―コルベットの共闘体制が決まってからの動きは早かった。
コルベットはこのオルア第二砦に部屋を間借りして、ちょっとした拠点を持っている。もちろん炎龍帝と戦う準備を整えるための設備だ。
彼らは二日後にはもう態勢を整え、精鋭部隊で火口へ進発するそうだ。
翌日、俺達は戦闘準備に走り回るコルベットの皆を傍目に、火口へ舞い戻るためローズ達に一旦の別れを告げる。
「んじゃまたな、ローズよ。頃合いを見計らって野営地に向かうわ。作戦会議はそんときに。あの条件、わかってるよな?」
「はいはいわかってるよ」
ウォルトは俺達に出した条件と同じものをコルベットにも飲ませている。俺からローズに約束させた形だ。
「アンタ達はもう出発かい?」
「おう。俺らは先んじて仕込みがあるんでな」
「フン、まだ何か良からぬことでも企んでるんだろ」
「ククッ、あのコルベットが、ヨソのユニットと共同戦線張るんだぜ? こんな機会滅多にねえ。ここは万全を期して、もっと戦力を充実させとかねえとな」
「ここらで管巻いてる連中を引き込もうってわけかい」
「不服かい?」
「いいや。そのへんの拘りはもうないよ。アンタらとの共闘は決まってるんだ。ここまで来たら一緒さ。それなら確実に倒したい」
「そいつは殊勝な心掛けで」
ローズはウォルトを睨むと視線を逸らす。彼はニヤッと笑って背を向け、ひらひらと手を振った。
「また今度ね、ローズ。先に行ってるよ」
「よろしく頼むよ」
「ああ。ちょいと待っててもらえるかい。アタシらもすぐに向かう」
ローズ達コルベットと別れ、俺達はウォルトと共に砦を出発する。帰ってすぐに出戻りとはしんどいが、うかうかしていると火口付近で野営しているセンチュリオンが引き上げてしまうかもしれない。
俺達は以前と同じように火口への道を進み、洞窟へ入る。
「お前ら、ここは初めてだったんだろ? どうだった」
「死にかけたわよ……」
「今思い返しても、相当危なかったですよね」
「ナハハ、やっぱりかよ」
歩きながらウォルトにここで起きた逃走劇の様相を話して聞かせる。
「そりゃまた強引に突破したもんだなぁ。力押しでどうにかできちまうお前らは、さすがとしか言いようがねえが……」
彼によるとこの火口地帯へ続く洞窟。かなりの危険地帯らしく初めて挑んだユニットの半分は壊滅状態になるとのこと。この場所の悪夢が頭から離れず、廃業した狩人も多いとか。
あの地を這って移動する白い竜……、ウィロ・ドラグニカは縄張り意識の強いモンスターだそうで、迂闊に領域を冒さなければやり過ごすことも可能だとウォルトは語る。
事実、彼の先導で進んだルートでは白竜の群れが襲い掛かってくるようなことはなく、行く手を塞ぐトリケラムを数十頭打ち倒すことでなんなく別の出口から火口地帯へたどり着くことができた。
「ほぇ~、なんか拍子抜けなんだぜ」
「アイツ、今回は全然出てこなかったすね……」
「ちゃんとしたルートを進めば、こんなに楽に迂回できるんですね」
「穴ってのはどこにでもあるもんよ。俺にかかればこんなもんだな」
「ウォルトのおっさんよ。こんな楽な経路を俺らにタダで教えるつもりなんぞないんやろ?」
クレイルの訝し気な言葉にウォルトはカラカラと笑って見せる。
「ハハハ、普通なら見返りを求めて然るべきなんだろうが……、別にいいぜ」
「本当に~?」
「と、いいたいところだが、お前らには”恩”を売っておこうって腹よ」
「恩ですか」
「それは、高く買われている……ってことでいいのかしら?」
「ま、そういうこった。どーせお前らにとっちゃ金銭なんぞ大した価値はないんだろ? 英雄サマご一行に貸しを作っとくのは悪かない」
「正直本当に助かってるよ。ウォルトさん」
「ま……、互いの利益のためにひとまず今は足並み揃えようや」
洞窟を抜け、視界の開けた荒れた地面の広がる、山頂火口地帯へ踏み出す。
俺達はそのまま、さらなる交渉のためにセンチュリオンが野営する場所へ歩みを進めていった。




