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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第354話 矜持

 

 オルア第二砦内にある、酒場にコルベットの連中は溜まっていた。

 顔見知りに挨拶しながら入っていくと、奥で一つのテーブルを囲んでいたローズ、アルココ、ベルトランが顔を上げてこちらを向く。



「よう、ジェネシスご一行じゃないか。あの事件以来だね」

「ああ、そこまで日数経ってないけどな。コルベットの人たちはその後どうだ?」

「あんときは世話になったな。アタイらのメンバーはもうほとんど復活したぜ」


 アルココが珍しく素直に謝意を示してくる。

 そりゃよかった、と頷いてみせる。


「アンタたちは頂上へ行ったんだったっけか。てことは」

「うん、炎龍帝は倒せなかった……」


 ローズは俺を見つめると、手にしていたコップで酒を喉奥へ流し込む。


「まあそうだろうね。さすがにこの人数じゃキツイだろうさ」

「コルベットやセンチュリオンが人数を集めてる理由、なんとなくわかったよ」

「で、撤退してきたと」


 さもありなんといった態度の三人。まあこの展開は予想していたのだろう。


「ま、こればっかりは地道に戦力をかき集めるなり、戦略を練るしかない」

「ローズ、今日は話があって来た」

「?」


 彼女は椅子にふんぞり返ったまま、顎でテーブルの空席を示す。そこに椅子を引いて座った。


「単刀直入に言うけど、炎龍帝討伐に力を貸してほしい」

「…………」


 ローズ達三人の動きが止まった。何を言ってるんだこいつはという視線が前方左右から刺さる。


「何を言い出すかと思えば……、そう来たか」


 彼女はカップの中身を一気に煽って空けると、カンと卓上に置く。


「悪いけど、その申し出は受けられない」

「そうか……」

「確かにアンタたちにゃ多くの借りがある。でもな、それだけは別なんだよ」

「別?」

「ああ。炎龍帝の討伐、それはアタシら全員の目標であり、生きがいだ。アンタらにはわかんないかもしれないけどね。アタシら自身の手でそれを為すことに意味がある。それがここで生きる狩人(ニムロド)の誉ってやつなのさ」


 ローズの言葉にアルココとベルトランも頷く。


 そうなのだ。彼女たちにとっての最高の栄誉、それはスターレベル5の最強と謳われる魔龍を実力で凌駕すること。

 他人の力を借り、討伐を為したところで彼らはそのことに意味を見出さない。真に満足し、感慨に浸ることは決してない……。


「アンタらにも事情があることは察せる。でも、こればかりは譲れないことなのさ」

「けどローズ、このままだといずれスカイフォール自体が……」

「……ナトリ。アンタらのことはここにいる連中みんなが認めている。プリヴェーラを襲ったらしい水の魔龍を打ち倒し、ルーナリアを厄災の脅威から救ったんだろ? まさに英雄だよ。でも、誰もが英雄になりたいわけじゃない。例え明日世界が滅ぶとしても、アタシらは後悔しないさ」


 彼女は、ウェーブがかった自慢の青く美しい髪をかき上げると、俺を見つめる。


「ここにいるのはどいつもこいつもどうしようもない戦狂いだ。でもやつらには奴らなりの矜持ってもんがある。真っすぐ戦って死ぬ。それでいいだろ? 人はだれしもいずれ死ぬ。それなら無駄に延命するより、自分で納得できる生き方を定めるべきだろうさ」


「ローズは……、本当にそう思ってるのか?」


 今度は逆に彼女の瞳を覗き込む。その言葉が真実なのか、知りたくて。


「アタシらは弱い」

「?!」


 ローズの言葉に、アルココが思わずガタンと椅子を鳴らして前のめりになる。

 火龍山脈一大派閥のリーダーが発するべき言葉ではなかった。


「だから目の前にいるものとだけ死力を尽くして戦う。世の中にゃ、どうにもならないことは、あるからね」


 強い意志の宿った、しかし湖面のように澄んだ瞳だ。思えばここの狩人達はよくこういう迷いのない目をしているような気がする。

 でも俺には見えたような気がした。澄んだ瞳の、一瞬の微かな揺らぎ……みたいなもの。


 その感情の正体が何なのかはわからない。俺は彼女のことを知らなさすぎるからだ。

 知り合って間もない。ローズが狩人をしている理由も知らないし、何故コルベットなんて大所帯のリーダーをやっているのかも。


 俺の前には静かな拒絶が横たわっていた。お前は何も知らない。踏み込むことはできないと――。



 が、ここにはそうじゃない奴もいた。


「ったく、これだから脳筋狩人共はよぉ。お前もそう思うだろナトリよ」


 へらへらと軽薄な態度で、俺の肩に手を置いたのはウォルトだった。

 物静かな大男、ベルトランが腕を組みながらギロリとウォルトに睨みを聞かせる。


「怖ぇ怖ぇ。どうだ、そろそろ交代すっか?」

「ウォルトさん」

「んだよおっさん。急にしゃしゃり出てきてさ。今アタイら大事な話してんだけど?」

「よしなアルココ。ナトリ達が連れて来たんだろう。アンタが出てくるなんて嫌な予感しかしないな」


 そういえばウォルトは異様に顔が広い。エグレッタで活動する狩人は、ほとんどウォルトの顔を知っているんじゃないかと思う。

 彼と共に街を歩けば、常に擦れ違う誰かから挨拶されるのを目にするからだ。


 当然コルベットのメンバー達にもしっかり認知されている。俺達が来る前のことはわからないが、それを少し不思議に感じたことはあった。


 とりわけ仲がいいとも思えないが誰とでも知り合いで、ローズもウォルトのことを邪険にすれど本気で嫌っている感じはしない。一体どういう関係性なのか……。



 ローズ達との話し合い、どうにも俺じゃ手詰まりだ。ここはウォルトに任せてみるしかないか……。俺は席を立つ。


「頼むよ、ウォルトさん」

「はいよ。任せときな」


 彼は代わりにどかっと椅子に掛けると、不敵な笑みを浮かべてローズの顔を眺める。


「なんだいニヤニヤと気持ち悪いな。交渉はアンタが代わるってことか?」

「そういうこった」


 ローズはちらりと俺を見るとぼそりと呟いた。


「こいつに借りを作ると後悔するよ……」

「?」


 ウォルトは明るい声音で話し始める。


「で、さっきの話の続きだがよ。俺はナトリ達の言う通りだと思うぜ。なんせ死ぬのは御免だからな。全くお前らみてぇな死にたがりの言うことはわからんねぇ」

「フン、でもアンタ自身は戦わないんだろう?」

「そんなことないぜ? 俺もジェネシスに協力してしっかりと戦うつもりよ」


 アルココがめちゃくちゃ胡散臭そうな視線をウォルトへと注ぐ。彼はそれを気に掛けることもなく続ける。


「にしても……ククク。あの”女帝”ローズ様の口から自分らは弱いなんて言葉が出るとはなぁ。こいつはいいもん聞かせてもらったぜ」


 ウォルトは両手を上げ、わざと声を大きくする。見ると周囲のメンバーも聞き耳を立てているようだ。


「お前さん、実は炎龍帝に勝てるなんて思ってないんじゃねえのか? ……いや、勝つつもりがない、か」

「その手の安い挑発にはのらないよ」


 しかし隣のアルココは憤怒の相を浮かべてウォルトを凝視している。今にも飛び掛かりそうだ。


「いや、俺ァ真実を言ったつもりなんだがなぁ……」

「何が言いたいんだ」

「お前らコルベットの戦績は把握してるぜ。炎龍帝との交戦回数に、人員構成なんかもな」


 何故そんなことを知っているんだと言われるが、ウォルトは噂で聞いただけよと流す。


「んで、このところ数年は人員を大幅に増強して、討伐間近って息巻いてたみたいだが……、どうにも妙なんだよなぁ」

「何が」

「死者数だよ」


 ウォルトはニヤリと笑いながらローズに視線を注ぐ。


「炎龍帝に挑むユニットは数知れねえ。当然激戦になるわけだ。大所帯のユニットでも一人や二人死人が出るのは当たり前。あのセンチュリオンですらそうだからな。魔龍討伐戦ってのは、それくらいの覚悟を持って挑むもんだろう」

「…………」


 たしかに、あの過酷な戦場に踏み込めば、誰だろうと生きて帰れる保証はどこにもないだろう。自分達で体験したからわかる。


「だが、どういうわけだかお宅のコルベットさんはある時期を境にほとんど死者が出ていなさらねえんだよなぁ。何か安全に戦える方法でも思いついたか、画期的な生存戦略でも考えなすったか、……もしくは――」

「素早く機動力のある子らを多く入れたんでね。前衛の機動力を上げることで死亡率を抑える戦略を取れるようになったのさ」

「そりゃ随分と都合のいい話だな」


 ウォルトの言葉を遮るように、ローズがぴしゃりと言い放つ。そして二人は視線を交差させたまま暫し黙り込む。


「結構なことだ。さすがは"女帝"だぜ。けどな、もっと確実に奴を倒せる方法もあるってのにな」

「ハッタリはいい加減にしな」

「そんなんじゃねぇよ。いいか、こいつらジェネシスには強力な助っ人もいる。聞いて驚け、あの『遠雷』だ」


 もちろんそれだけではなく、センチュリオンも共に戦うことになるはずなのだが、彼はローズにそのことを話すつもりはないらしい。


 クルーガーの名前が出てさすがのローズも驚いたようだ。彼はリビア湖では孤高の守護者で通っており、狩人に手を貸すなどあり得ないと思われていただろう。


「ローズよ、ここは腹を割って話そうじゃねえか。実のところ、お前さんもアイツが消えればそれでいいと思ってんじゃねぇか?」

「そりゃあもちろん、魔龍を倒すのはアタシらの悲願だ」

「あー、俺の見立てじゃちょっと違うな。少なくともあんただけは……、炎龍帝が()()()くれた方が都合がいいはずだ、そうだろ」


 ウォルトというのはそれにしてもよく口の回る男だ。話は未だ平行線なのに、不思議とローズ達の方に余裕がなさそうに感じる。


「よく考えてもみろよ。あの龍一匹ごときの倒し方に何故そこまで拘る? 数百年放置された魔龍だ。敵わねえ相手にいじらしく挑み続けて放置するより、協力してささっと討ち取って功労者名簿に名を連ねた方がよくねえか?」


 ウォルトの雰囲気がそうさせるのだろうか。どうにも彼の話を聞いていると、それもそうかもしれないと思えてくるから不思議だ。話術、という奴なのか。


「おまけに今スカイフォールは厄災とかいう化け物によって壊滅しかかってるって話だぜ。でもってここにいる、こいつらジェネシスは、厄災を討ち取った英雄サマだ。迷宮への道のりを通せんぼしてる魔龍を倒すってこたァ、ともすりゃ英雄譚に名が刻まれるかもしれねぇな」


 キレかかっていたアルココも、いつのまにか大人しく着席してウォルトの話に聞き入っている。


 彼は耳障りのいい正論と大儀を持ち出すことで、俺達の行いを正当化、ローズ達をまるで非協力的な悪者であるかのように騙る。

 それ自体は陳腐なやり方だが、何故かウォルトが語ると正しいような気分になってくる。


「ウォルト……アンタは相も変わらずペラペラとよく喋る。でもアタシらコルベットの方針は変わらない。必ず自分らの手で炎龍帝を屠ってみせる」


 結局ローズの決心は変わらないようだ。さすがに多くの人員を抱える大型ユニットの長、その意志は固い。

 ウォルトはその言葉を聞いてひょいと椅子から立ち上がってしまう。


「ふむ……、アンタも俺と同じで、死にたくないタイプかと思ったんだがよ。アテが外れたか。――なぁ、クリサ・ベルベットさんよ」


 ローズはぎょっとしてウォルトを見上げ、一瞬その動作が停止した。

 そして、彼女の美しい瞳は底冷えするような冷たさを帯びていく。


 俺達を含めた、アルココとベルトランも?な反応となる。ウォルトは彼女のことをクリサ・ベルベットと呼んだ。確か彼女の本名は、ローズ・エスメラルダだと聞いたが……。


「貴様、何故その名前を……」

「ん? ああ、ちょっとした風の噂でな。でも交渉は決裂かぁ、こうなった以上は仕方がねえ。無理強いすんのも違ぇからな。俺らはそろそろ行くわ」

「……待て」


 ローズらしい余裕のない、ドスの聞いた低い声だった。


「いや? どこ行くも何も……。まあ、ついでに興味深い噂話を、ついうっかり誰かに話しちまう可能性はあるがな」

「……座りな」


 するとウォルトは気色の悪いニコニコ顔でもう一度どっかと席に着いた。


「おー、どうした。気分でも変わったか?」

「少し時間をもらえるか。アタシの一存で決められることじゃない」

「話を聞いてもらえて嬉しいねぇ。泣けちまうぜ」

「……とにかく。一度出て行ってもらえるかい。ナトリたちもだ」


 ローズの言葉は冷や水を浴びせるように冷たく感じられ、しかしどちらかといえばそれは、自身の動揺を隠そうとしているようにも映る。


「あ、ああ。わかったよ」


 異様な雰囲気のローズたちから離れ、俺達は酒場を出る。ウォルトと俺達が外へ出ると、その扉はバタンと固く閉じられてしまった。



「ククッ、検討するってよ。色よい返事が返ってくるといいんだがな」

「ウォルトさん……」


 俺達全員の、ウォルトに対する視線が限りなく胡散臭くなっていた。


「おっさん、あの姉ちゃんに何したんだよ……」


 あの普通じゃないローズの雰囲気を見れば、エルマーじゃなくとも言いたくはなる。


「俺は交渉しただけよ。まだ失敗扱いじゃねえだろ? 条件はまだ有効だな。ハハハ」

「ウォルトのおっさんよ。結局センチュリオンの件言わんかったが、あれでええんか」


 共同戦線を組んで戦う予定だという話は一切しなかった。正味そこがこの交渉での一番の難題になると思っていたのだが。


「そんなこと言って、奴らがこの話に乗ってくると思うか?」

「明らかに、無理ですよね」

「そうだ。だから言わねえ。ま、俺に任せときな」


 後々このことが発覚すれば、最悪決裂しかねない問題ではないのだろうか。

 釈然としないまま俺達は酒場を離れた。




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