第352話 女王の間
リッカの星骸素材に食いついたジモンが、彼女の装備作製を承諾した後、早速武具の詳細について詰めることとなった。
俺達はジモンの小ぶりな住処兼工房に招き入れられると、揃って敷物の上に腰を下ろした。
六人も入るとかなり手狭な印象の家だ。部屋は二つだけのようだし、家の中央で炉が口を開けて、ごうごうと火を吹いている有様。
この人は飯を食いながら武具を鍛えるのだろうか。
「作るにあたっていくつか条件があるんじゃ」
「条件ですか?」
「おう。ま、難しいことは何もねえんだがよ。こいつを守れねえならこの話はなかったことにしてくれや」
「聞かせてください」
リッカが前のめりで頼むと、ジモンは腕組みして片目をつぶりながら話し始めた。
「一つ、武具の性能はワシが決める
二つ、できた武具を扱えんでも文句は言うな
そして三つ、完成するまでここには来るな、じゃ」
かなり一方的な条件だ。星骸作製といえば、普通は制作者と使用者がどんなものにするかしっかり話し合うイメージだけど……。
それに三つ目の条件がよくわからない。作っているところを見られたくないってことなのか?
「リッカさん……」
アルベールも同じことを思ったのか、不安げな視線をリッカへ向ける。
リッカは少し考えると、ジモンに聞いた。
「ジモンさんは、この星骸素材の力を引き出す装備を作ることができますか?」
「あったりめえよ。このジモン様に扱えねえ星骸素材はねえからのう」
ものすごい自信だ。
「この素材は、『アルニラムの紫瞳』というものです」
「わかるぜ。黒曜蝶アルニラムの上位種だろう」
「ユルゲンさんに見せたところ、作製を断られてしまいました」
「だろうよ。こいつを加工できるのはこの大陸じゃワシくらいじゃろ」
「では、お願いします」
一瞬の間を置いて、リッカはジモンの条件を承諾した。
「リッカ、大丈夫かな」
「ジモンさん以外に無理なら、彼に頼むしかありませんからね」
星骸素材は非常に高価な代物だ。幻のアルニラム上位種の素材となれば、一財産築けるかもしれない。
一方的で変な条件で、どことなく胡散臭げなこの人物に任せていいものか。数日待たされて持ち逃げ、なんてことにならないといいのだが……。
「リッカがそう決めたなら、信じる」
「はい。私が責任を持ちますから」
「話はまとまったか? じゃ、素材を置いて出てってもらおうか」
「はい」
「完成には三日かかる。その間ウチには近寄んなよ」
俺達は追い出されるようにジモンの工房を出ると、彼は一言声を掛けて扉を閉めてしまった。
「おい、大丈夫なんかよ?」
「うん……、多分」
さすがにリッカも不安を隠せないようだ。何せどんな装備にしたいかすら話していない。
それに条件にもあったけど、ジモンは武具を扱えなくても文句は言うなとも言った。
「あの条件だと、失敗する可能性もあるってことっすよね」
「うーん……」
「変なの作りやがったら、俺っちがブン殴ってやるぜリッカ」
「いやエルマー、文句言わないって条件だったろうが」
とにかく俺たちは約束通り、彼の工房を離れ宿屋へ戻った。
水の聖域で休息をとること三日、ここは火口付近のはずだが、良質な水の属性で満たされた空間のためか疲れもすぐに回復した。
俺達はリッカの星骸装備の完成を待つ間、聖域を散策したり、エルマーがクルーガーに稽古をつけてもらうのを見物したり、炎龍帝の対策を考えて過ごした。
約束の日となったので、俺たちは揃ってジモンの工房に出向いた。
住居の中へ通されると、ジモンは居間兼工房に据えられた鋼鉄製の机の上に置いてあった巻き布をリッカの前へ差し出した。
「開けてみろ」
「はい」
細長い形状だからそうかなとは思ったが、やはり中身は杖だった。
「わぁ……きれいです」
「『黒曜杖ノクターニア』。こいつの銘じゃ」
光沢を放つ黒い中杖だ。螺旋を描くような持ち手に、先端にはアルニラムの紫瞳が怪しく輝く。
何か独特な雰囲気を感じる不思議な杖だな。
「フィルリウム鋼鉄に黒曜石を溶かしてある。黒波導の通りはいいだろうよ。だが問題は、オマエにこいつが扱えるかってことじゃ」
「使えなくても文句は言わない、っていう約束でしたね」
「今ここで使ってみな」
どんな力が宿っているのか教えてもくれないのか。
「やってみます」
それでもリッカは杖を目の前に両手で構え、目を閉じて集中を始めた。まるで杖と対話しているみたいだな。
「お……?」
突然異変が生じた。リッカの前に、まるで空間から滲みだすかのように黒い靄が発生し、ゆっくりと渦巻くようにして広がっていく。
それは縦横に薄く伸びて、浮かぶ楕円形の不定形な壁となった。
「お、おい。なんなんだぜこれ?」
「不思議……。濃密な黒属性が形になってるのはわかるけど」
リッカを囲んで見守っていると、彼女がようやく目を開いた。
「す……すごい!」
「なぁリッカ、これは?」
「ナトリくん、ちょっとこの”門”の中に入ってみてもらえます?」
「え?」
入る? このもやもやに突っ込めって言ってるのか。目の前に浮かぶそれは、なかなかに異質な光景で、触るのは正直かなり躊躇する。
「……大丈夫なのか?」
「はい、安心してください」
「よし」
渦の前に立ち、壁の中に足を踏み入れてみる。と、俺の足はもやの中へ突き抜けた。
「うおッ! アニキの足、消えてるッ!!」
「なかなかに異様な光景やな」
「ナトリ、足ちゃんとある?」
そんなこと言われると不安になるけど、足が千切れるような感覚はない。ちゃんと向こう側の地面に着いている。
思い切ってそのまま渦を越えて踏み込んでみる。黒い靄を抜けると、驚きの光景が広がっていた。
「部屋だ」
靄の向こうは、薄っすらと暗い部屋になっていた。不思議なことに、明かりはないのに部屋の中は見渡せる。
がらんとしていて何もない。どこかの石組みの建物の地下みたいなところだ。窓はない。
「うわぁー、なにこれぇ?」
後ろからフウカが入ってきた。彼女も黒い靄から出てきたようだ。
そのままみんなが次々と入ってくる。
「広めな部屋だけど、何もないわね」
「というか、どこすかここ?」
「これは『女王の間』じゃ」
「『女王の間』……?」
ジモンによれば、これこそが黒曜杖ノクターニアの星骸能力なのだという。
「ここはノクターニアが生み出した特殊な空間っつーわけじゃ」
「……いやいや、全然わかんないっすよ」
「え、この部屋幻ってことなの?」
「実在はしとるわ。ただ、スカイフォールからは隔絶された場所ってだけじゃ」
「すごい能力だな……。いつでもどこでもこの部屋が使えるわけか」
リッカがノクターニアで”門”を作れば、いつでもこの「女王の間」に来ることができる。
そして、この空間はノクターニアが存在する限り消えてなくなることはない。
俺たちは女王の間を出てリッカの元へ戻った。
「つまり、倉庫みたいな使い方ができるちゅうわけか」
「はい。今までは。『星空の乙女』の術で物を小さくして運んでましたけど、これからはここに置いておくだけでよくなるんです」
リッカも残りの煉気量を気にする必要がなくなるし、部屋の大きさを見る限り相当大きなものも持ち運べそうだ。
「リッカがいれば手ぶらで旅ができちゃうってことだよね。あ、もしかして中に入って休んだりとかも?」
「私は中に入れないけど、フウカちゃん達は中でくつろいだりもできるよ」
野営でモンスターを気にせず休んだりできたら……、と思ったが、リッカ自身は術者なので完全に中に入る事は出来ないらしい。
彼女一人残して、女王の間内で全員寝こけるわけにもいくまい。
「それよりもオレが気になってんのは……、ジモンさん、これどうやって作ったんすか?!」
「あん? そりゃあこう、ちょちょいと」
「ちょちょいのちょいでこんなもん作れるわけないだろっ!」
アルベールが激しく突っ込むのも仕方がない。いくら星骸杖だからって、一職人の仕事を越えているような気がするな。
「金づちで異次元空間作れるなんて聞いたことないっすよ!」
「……いいだろう、お前らには教えてやるよ。この星骸はな、ワシの能力で作った」
「能力?」
「『鍛光槌』。ワシのアイン・ソピアルじゃ」
「えぇーっ?!」
「じーさん、あんたアイン・ソピアル使いかよ」
ジモンの能力、鍛光槌は素材の力を最大限に引き出す武具を作成できる力を持つらしい。
究極の武具を目指して、長年ひたすら金槌を振るっていたら会得したのだとか。
「ワシの力、絶対に漏らすなよ」
「は、はい。もちろんです」
そんな力を持っていることが俗世に知られたら、平穏無事には暮らせないかもしれないからな。
「すげー! 武具作製に特化したアイン・ソピアルなんてのもあるんすねぇ。オレもそのうち何か会得できねーかな……」
アルベールが羨ましそうにジモンを見ている。ジモンは胸を張って得意げだ。
「山脈に籠って無心で武具を鍛えとったら、いつのまにかできるようになっとったんじゃ」
「アイン・ソピアルの能力なら、こんな意味不明な謎空間を生み出せるのも納得か……」
「ジモンさん、ありがとうございました。大事に使わせていただきますね」
「代金は受け取っとるし、ワシも久しぶりに高レベル素材を扱えて楽しかったわ。嬢ちゃんの波導力なら、コイツの力を限界まで引き出せるじゃろ」
「ジモンさん、本当に、ありがとうございました……!」
ジモンはリッカに満足げな笑みを浮かべる。俺たちは彼の工房を後にした。
「さてと、リッカの新しい杖も完成したし、第二中継地点に戻るか」
交渉の余地がなさそうなセンチュリオンは後回しに、先にローズたちコルベットから説得を試みる。
聖域の入り口、火口付近へと通じる道まで案内してもらい、そこでミコとクルーガーとは一旦別れることとなった。
「あなたたちゅが再び炎龍帝と戦う時、わたちたちゅも協力するでち」
「そんときはよろしく頼むんだぜ、ミコ」
「お前らの話……、実現させられるかは怪しいと思うが、それでもやるんだな?」
クルーガーの言葉に頷く。
「絶対に戻ってくるんで、その時は頼みます」
「承知した。俺たちはここで決戦の時を待っている」
「頑張ってくだしゃい~」
二人に見送られ、俺たちは水の聖域を後にした。




