第349話 絶対支配領域
炎龍帝アークトゥルスと戦い始めて半刻ほど。俺達は地道な攻撃により、着実に龍にダメージを蓄積させているが……、敵は今だ堪えた様子も見せない。
魔龍の、鞭のようにしなる首先にある頭部。そこが弱点なのは百も承知。
しかし、巨大な質量を伴って激しく動く頭部はそれ自体が凶器であり、鋭い牙が並ぶ口元に突撃するのは自殺行為でしかない。
こんな巨体、三大賢者の力でもなければ足止めなど到底不可能。ガルガンティアが水龍ラグナ・アケルナルを丸ごと凍てつかせたのは、本当に人外の為せる業であったのだとはっきり自覚する。
炎龍帝の大ぶりな攻撃の隙を縫い、なんとか両手の爪は全て落とすことができた。
だが、最初のアタックでそぎ落とした左手の指は、脈打つようにして溶岩と龍の体液が輝き、既に再生を始めているかのように見える。
尋常ならざる再生力。魔龍は当たり前のようにそれを持っている。
戦闘をだらだらと長引かせるのは悪手だろう。奴の再生力を上回る攻撃を与えなければ、先に体力が尽きるのは俺達だ。
「どうする……」
龍の攻撃を掻い潜り、有効打を模索する。その時、軽い膠着状態に陥った戦場にリィロの声が響いた。正確には頭に直接届いた声だ。
《みんな! 今すぐ飛んで!!》
「!!」
スカーレットウィングを瞬かせて一気に高度を上げるフウカ。他の皆もそれぞれのやり方で上空へと逃れる。
眼下でアークトゥルスが俄かに顔を俯けたと思ったら、その背中に走る溶岩の血管が赤熱し、巨大な顎が大きく開かれる。
「――――カアアアアッッッ!!!」
魔龍の足元に龍の息吹が叩きつけられたと思ったら、火口周辺一帯を覆いつくすかのように、ゴウと火焔が広範囲に拡散していく。
一帯は見渡す限りメラメラと燃え滾る灼熱地獄と化し、地表へ近づこうものなら肺まで灼けつきそうなほどの熱風が下から押し寄せてくる。
リィロやアルベールのいる位置までは距離があり、さすがに難を逃れてはいるだろうが……。
戦場を完全に制圧してきやがった。俺達は強制的に敵の土俵での戦いを強いられる。
炎の海の中、上空へ逃れた俺達を見下ろす魔龍の目が怪しく光る。
カアアアアッ!!
「……やばい!」
間髪入れずに二発目、拡散型ではなく、威力集中型の強烈なブレスが放たれる。泡石ノ剣に乗ることで広範囲ブレスを逃れたマリアンヌとエルマーが標的か。
空中という防御行動には不向きな場所で、最も的確なところを狙ってきやがった。
咄嗟にエルマーは腕をクロスさせてマリアンヌの前に移動し、マリアンヌは苦々しい表情を浮かべながら詠唱する。
「固く、結び付け。『泡沫水晶壁』」
マリアンヌの煌零杖ナプルクルが強く輝き、二人を守るように光を乱反射する宝石のような球体が展開された。直後二人は極大の熱線に飲み込まれる。
固唾を飲んで見守っていると、ブレスの切れ目、火口の縁付近にきらりと輝くものが見えた。超硬化のかかったマリアンヌの防性波導は、魔龍のブレスを凌ぎ切ったか。
龍の口から火焔が吐き出され切る前に、アークトゥルスは太い尻尾を鞭のようにしならせて今度は空中にいるクレイルを狙う。
「当たるかよォ! 燃えろ、『残火』」
杖に灯る蒼炎が弾け、クレイルが炎の残像を残して高速移動する。巨岩のような太さの尻尾を躱し、正面から魔龍への特攻を試みる。
クレイルの突撃に合わせ、俺とフウカも上空から急降下を開始した。
このままなんとなく戦い続けてもアークトゥルスに有効打を与えることなどできない。さすがは魔龍だ。数多の実力派ユニットの挑戦を退け、長年この火龍山脈の支配者として君臨し続けるだけのことはある。
かくなる上は、ある程度リスク覚悟で致命の一撃を狙うしかない。
「フウカ、ソード・オブ・リベリオンの射程距離まで接近して、首を斬るぞ」
「わかったよ……!」
フウカは俺の体を後ろから抱きしめるようにして腕を回し、密着することでより飛行しやすい体勢を取る。
炎龍帝の肩越しにクレイルとアイコンタクトを取り、意図を確かめ合う。
魔龍の真正面に躍り出たクレイルが波導を解き放つ。
「業なりし蒼き炎、尽く灼き祓え、『火之迦具土』」
クレイルを中心に渦巻く蒼炎が現れ、周囲一帯の空気を焼き尽くしながら魔龍へ激突する。
蒼炎波導の中でも最上級の威力と範囲を持つ術だ。
この火口には火の属性が満ち満ちている。火波導は普段の何倍もの威力と範囲を膨れ上がらせながら放たれる。炎龍帝アークトゥルスは火属性のモンスターだが、クレイルの蒼炎は火属性すらも灼く。
火之迦具土を受け止めたアークトゥルスは、蒼炎に纏わりつかれて咆哮を上げた。
蒼炎は頑健な甲殻ですら溶解する。
激昂した魔龍が血走った瞳でクレイルの姿を追うその背後で、俺とフウカは一気に加速する。
「『螺旋迅』!」
スカーレットウィングを解除したフウカが詠唱し、風を操り俺達の体を猛烈な突風によって弾き飛ばす。
憤怒に燃える魔龍の頭部はクレイルに向き、俺たちの背後からの突進に気づくのが一瞬だけ遅れる。
「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』……!」
空中をゆったりとしなる長い首に肉薄した瞬間、一気に煉気を解き放ってリベリオンの刃を巨大化させ、擦れ違い様に振り抜く。
「うおおおおおおおおッ!!!!」
交差の瞬間、クレイルに向いていた頭部の瞳がギラリと俺たちの姿を捉える。
「っ!!」
フウカが再びスカーレットウイングを発現し、弾かれたように進路を変える。
その瞬間アークトゥルスの首が大きく振られ、俺達の身体の僅か側を轟音を立てながら掠めていく。
一命をとりとめ、攻撃の成果を確認しようと振り向く。
魔龍の首は、落ちていなかった。半ばまで刃が通り、深い傷となり赤熱する溶岩のような血があふれ出してはいるが……、奴は生きていた。血走った燃える瞳で、俺とフウカを睨んでいた。
「なんつー生命力だ……!」
リベリオンの長さも足りないし、斬りつける瞬間に悟られたせいで思ったよりも浅い……!
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!
「――ッあ?!」
魔龍の頭が持ち上がり、直上を見上げる格好で地を揺るがすような巨大な咆哮を上げる。ビリビリと振動する空気に、僅かに頭の奥が痺れるようだ。
アークトゥルスの目から迸る溶岩のような輝きが強さを一層増す。
「ナトリ、なんかよくない感じがする……!」
「ああ……、ヤバそうだな」
体を覆う甲殻の隙間を、赤熱した輝きが走る。何事かと注視していると、その頑健な甲殻がバリバリと剥がれ落ちた。
「なんだ、あれ……。脱皮? っ! 違う――」
剥がれ落ちたかと思われた甲殻は、背中から大きく垂れ下がり、さらに持ち上がり、大きく広がる。
「まさか、翼……?!」
どうやら分厚い甲殻だと思っていた一部は、体に密着した翼だったようだ。体表から剥離した溶岩血走る翼が、大きく羽ばたき始め、荒れ狂う突風が吹きつける。
「飛ん……っ!」
「嘘だろ……、あの体でっ!」
炎龍帝の巨体が持ち上がり、空中で大きく身を翻す。方向転換したと思ったら、一直線に俺達へと向かってきた。
「――ヤバいっ!!」
ゾゾゾと背筋を這い登ってくる悪寒を感じる。
あんな巨大な質量の化け物が、空を高速で飛び回る? 冗談はよせ。奴の頑丈であり鈍重でもある点こそが、いままで唯一つけ入る隙だったってのによ……!
フウカがスカーレットウィングを発光させ、急加速する。一瞬にしてトップスピードに達するが、魔龍は俺達を追ってぴったりと後ろにつけてくる。
「これでようやく本気ってわけかよ……!」
「——振り切れない!」
あの巨体でこの機動力、反則にも程がある。背後に迫る、飛翔する悪魔のような溶岩の塊からは、濃厚な死の気配が漂う。
「フウカ、またブレスが来る!」
「隔てよ、『黒・層隔壁』!」
――カアァァッ!!
俺達の背後から灼熱の光線が飛来し、視界すべてを焼き尽くす。
「っ!」
術の展開に集中力を割かれ、フウカの飛行速度が落ちる。そしてその間にも飛行するアークトゥルスとの距離は縮まり、ほとんどゼロ距離のブレスをまともに受ける。
波導障壁越しに伝わる強烈な熱と衝撃。その圧倒的な質量の前に、障壁はあまりにも頼りなく、”死”という言葉を視界いっぱいに幻視する。
「うううううっ!!!」
————ガシャアアアアン!
盛大な音を響かせ、黒・層隔壁が割れ砕け散る。
ブレスを伴う炎龍帝の突進、どうやっても防ぎきれない質量の暴力により、俺たちは弾き飛ばされた。フウカと一緒に空中でもみくちゃになりながら吹っ飛んでいく。
「あ、がっ……」
俺達は一度地面にバウンドした後叩きつけられた。墜落直前にフウカが起こした風で激突の衝撃は和らいでいたが、波導障壁で殺しきれなかった攻撃の暴威が全身を襲っていた。
「ナトリ……、大丈、夫……?!」
「ごほっ、なんとか、生きて、る……」
体を起こし、上空を見上げる。火口からかなり離れたところまで飛ばされた。フウカの障壁が強固だったお陰で、生きてはいる、が……。
空を泳ぐ魔龍の巨影は、俺達とは違う方へと向かっていた。
「ヤバい……! あっちには、リィロとアルが」
「行くよ、掴まって!」
フウカの手を取り、魔龍を追いかけ加速する。
全身を強烈に打撲しており、視界は定まらず頭はクラクラする。
炎龍帝は飛行しながら地上に向かってブレスを吐き散らし、地表を灼熱地獄へと変貌させながら暴れまくる。
炎龍帝は激怒し、今や手の付けられない暴走状態だった。今の奴に近づくのは、危険すぎる。
「あれは……」
地表すれすれを、ブースターから青いフィル光を吹かしながら飛行するニムエが見える。両腕にリィロとアルベールを抱えている。
しかし魔龍は目ざとくニムエに目を付け、標的を定めて一気に加速。そして彼らに追いつくと、並行飛行しながら至近距離で大きく口を開く。
地面に二人を放り出したニムエが、二人の前に立ち塞がり波導障壁を展開。
次の瞬間、ゴオッと彼らのいた場所を強烈なブレスが襲った。
「……っ!!」
ブレスが過ぎ去った時、三人は攻撃を受ける前の状態でそこにいた。
しかし、立って両腕を突き出していたニムエががくりと両膝を折り地面に崩れ落ちる。
今のブレスを凌ぐので、内部燃料を使い切ったんだ。
魔龍はゴォンと地響きを立てて三人の前に着地すると、再度口腔内部に光を宿らせる。
「ニムエ、アルベール、リィローーーー!!!!」
フウカの瞳が輝き、緋色の翼が僅かに振動を始める。最高速を越えて加速し、俺たちは追い詰められたニムエ達を目指す。
「叛逆の盾、『アブソリュート・イージス』ッ!!」
アブソリュート・イージスを全力で展開する。
ニムエ達の正面に飛び出したフウカは、コンマ数秒の差でブレスの前に割り込んだ。
「ぐぅぅっ、……おおおおおおおおっ!!!!」
青光の盾を掲げる手から、ガリガリと力が抜けていく。
フウカの奴、こんなに重たい攻撃を何度も防いでたの、かよ……。
「――は……、はぁ、はぁ」
「あ、アニキ……っ!」
二度目のブレスを防ぎ、俺の煉気も大幅に目減りする。
『蒼蓮雷火』
「ゴォガアァァッッ?!!」
右方から飛んできた白光がアークトゥルスの瞳に突き刺さる。狙い澄ました攻撃に、さすがの炎龍帝も驚愕の声を上げた。
「くそが。どんだけタフやねん……!」
「理の狭間、潜むこと勿れ。『黒障壁』。みなさん……!」
「クレイル、リッカ!」
クレイルとリッカが俺たちに追いつき、加勢に駆け付ける。
リィロとアルベールが狙われるとは……。正直かなりヤバい状況だった。
ニムエも龍の全力を真正面から受け止めたために最早ガス欠寸前。
「ナトリ君……」
リィロが震えながら俺を見る。
俺達を見下ろすアークトゥルスの上空が、きらきらと輝いて見える。
炎龍帝の巨体を見上げ、頬を冷や汗が伝う。次の攻撃を防ぎきれるか。みんなを、守り切れるか。
こいつから安全に逃げ切れるとは思えない。アークトゥルスは俺達を追いかけ、確実に殺しに来る。
だったら、仕留めきるしかない。
そうすることでしか、この脅威から逃れる手立ては、ない……。
「やられて、たまるか……!」
『天と地を繋ぐ輝く光の柱』
——グッ、ガガァッ
魔龍の頭上からきらきらと輝く光の柱が無数に降り注ぎ、炎龍帝の背に突き刺さっていく。これはマリアンヌの術だ。
魔龍は降り注ぐ泡石の剣を振り払うかのように、両腕を振り回して暴れ始めた。
その剛腕は地面を抉り取りながら俺たちの方へも迫る。
「『金剛』!!」
目の前に迫ったアークトゥルスの手のひらの前にエルマーが飛び出す。
彼は強烈な踏み込みで地面を沈みこませながら、魔龍の剛腕に全身で抵抗する。衝突の際轟音と空気を震わす衝撃が俺達の方まで伝わってくる。
「――エルマー!」
「ぐ……、ぉぁ……。――ボサッとすんじゃねえっ!! 早く、こいつから離れろっ!」
全身から出血しながらエルマーが叫ぶ。
アルベールとリィロが急いでアークトゥルスの射程から離脱を図る。
「ぬ……、ぐおおぉぉっ!!! ――があっ!!」
魔龍の腕の勢いを殺しきれず、エルマーは打撃をもろに受けて吹き飛ばされ、地面に衝突した。
「エルマーっ!!」
愕然として跳ね飛ばされたエルマーを追おうとするフウカに叫ぶ。
「フウカ! やらなきゃ、やられる……っ!」
「!」
アークトゥルスに攻撃を仕掛けるクレイルとリッカに加わろうと、俺たちは再び踏み出す。
ヴオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!
咆哮と共に魔龍が片足を大きく持ち上げ、常識はずれな脚力で俺たちのすぐ前方の地面を踏み抜いた。
莫大な破壊力が加わった地面は爆裂したかのように弾け、周囲にその余波と破壊の嵐をまき散らす。
再び飛ぼうとフウカの手を取っていた俺は、地面が波打ったと思った次の瞬間には、爆ぜた地面から放たれた岩塊をまともに胴に食らい、激しく後方へと弾き飛ばされていた。
「――がっ、はっあ……あぁぁっ!!」
「ナトリ!!!」
地面をバウンドし、岩に衝突して体が停止する。
「ごほっ……っ!」
全身を襲う痛みに顔を歪める。口内に溢れた血を脇に吐き出しながら体を起こす。
「ハァ、ハァ……」
前方から影が脇を通り過ぎ、右方の岩に衝突して噴煙を上げる。クレイルが魔龍の尻尾を受け、吹き飛ばされてきた。
「大丈夫ですか、ナトリくん……っ!」
「ナトリさん!」
「……リッカ、マリア」
黒門で瞬時に目の前に現れたリッカと、背後から駆け付けたマリアンヌが、かがみ込んで不安げに俺の様子を確かめる。
杖を地面に突き、重たい足取りで立ち上がったクレイルが隣に立つ。珍しく息が荒い。クレイルも相当にきてるな。
――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!
眼前で、見上げるほどの巨体を誇る炎龍帝が両腕と翼を広げながら咆哮を上げる。
まるで勝利の雄叫びだ。
強、すぎる。
カアアアアッ……!!!
「「「「……!!!」」」」
魔龍の口腔の奥に光が宿る。今までのブレスとは桁違いの熱量を感じる。
絶望に顔を歪めながら、残る煉気を絞り出すように集める。
心臓の鼓動が、早鐘を打ち鳴らすようにうるさい。
やばい。……これはやばい。防ぎ、切れるか?
今まさに桁違いの質量を伴ったブレスが放たれようとした瞬間、唐突に目の前にピョコンと小さな影が飛び出した。
「我らをお守りくだちゃい。パーシヴァル様――」
一体どこから現れたのか。
小柄で、鮮やかな水色の毛並みを持つラクーン。
ラクーンが何事かを呟くと、その小さな体が青く輝き、光り輝く文字列がその周囲へと一気に広がっていく。その文様はドーム状に広がり、ラクーンと俺達とを取り囲む。
間を置かず、魔龍のブレスが吹き付ける。だが、俺たちは熱気すら感じることはなかった。
ブレスが過ぎ去った時、ラクーンはくるりとこちらを振り返り、そのくりくりとした黒目がちな瞳で俺を見て言った。
「早く、逃げるでちよっ!!」




