第348話 炎龍帝
「ようやくここまで来たな」
「結構大変だったね」
俺達は火龍山脈山頂のカルデラ地帯、その火口を囲む尾根の前に立っていた。
尾根を越えれば、火口を住処とする炎龍帝と対面することになる。目標の迷宮エンシェントカーネルに立ち塞がる最後の壁。
「…………」
「ナトリくん、不安ですか?」
「ああ、怖いよ」
一度魔龍と対峙すれば誰でもそう思うはずだ。俺たちはしっかりと装備を揃え、武器や力の強化も図ってきた。水龍ラグナ・アケルナルと戦った時と比べれば何倍も強くなれた。
でもやっぱ、怖いもんは怖い。相手は魔龍だが、一人として犠牲は出したくない。撤退の命令を下すのは俺だ。決して戦況を見誤るな。
「みんなのこと、みんなの強さ、信じてるからな」
「カッ、今回はお前とフウカちゃんだけに頼ったりはせんぜ」
「そうですよ。私だって戦います!」
クレイルとマリアンヌ。二人とは嫉妬の厄災レヴィアタンと対面した時からの仲だ。嬉しいことを言ってくれる。
「ふふっ、二人だけじゃないです」
「ぶっ叩いてやろーぜ! 火の魔龍をよっ!」
リッカにエルマー。威勢が良くて心強い。
「こ、ここここまで来たら、もうは、腹括るわきょ」
「リィロさん、戦う前に舌噛んで怪我しないでほしいっす」
「ご主人様も、リィロ様も、ニムエがお守りしますのでご安心ください」
「キュイー!」
「リィロさんとアルベールも無理だけはするなよ。それにフラーも。みんなのこと頼んだぞ、ニムエ」
頷くニムエを確かめて前に向き直る。
「行こ、ナトリ!」
「うん。じゃあ、行くか!」
俺達は尾根を乗り越え、炎龍帝の領域へと足を踏み入れた。
火口は遠くの景色が歪む程の熱気で満たされているようだ。尾根からすり鉢状の地形が緩く下るように広がり、下方には灼熱の溶岩が煮え滾っているのが見てとれる。
そして――――、その溶岩溜まりの中、黒く巨大な塊が身じろぎをするのが遠目にも確認できた。
どうやら己の巣への侵入者に気づいたらしい。豪快に溶岩をまき散らしながら鎌首を擡げたそれは、赤々と燃える双眸をこちらへまっすぐに向けてきた。
「あ、れが……、”炎龍帝アークトゥルス”」
「でっけえ……!」
リィロがその威容に息を飲み、アルベールが驚愕の声を上げる。
でかさでいえば、この火龍は水龍には及ばない。あいつは蛇型の龍だった。
しかしその分アークトゥルスはがっしりとした二足で溶岩の中に佇み、胴体から突き出した長い首を巡らせながら、口から灼熱の吐息を漏らしている。
その肉体は赤黒い岩石のような頑健な甲殻に覆われ、生半可な攻撃では傷も付きそうに見えない。呆れるほどにタフであろうことは、一目見ればわかってしまう。
「リィロ、アル。配置に。サポート頼んだ」
「……うん。任せて」
二人は後方支援だ。リィロはこの広い戦闘域で、響波導を使ったサポートや全体を俯瞰した状況観察を担当してもらう。
アルベールはニムエの不調や仕様変更に備え待機。
後方支援とはいえ、この魔龍の領域に踏み入ることは変わらない。俺達と同じ危険を冒すことになるだろう。
――――オオオオオオオオオオオオォォォォ
「――ッ!!」
アークトゥルスが腹の底に響くような重たい咆哮を上げる。威嚇だ。俺達を敵と認識したのだ。
一瞬体が硬直するほどの威圧感と、強烈な殺気。
「ナトリ!」
「ああ!」
フウカが伸ばした手を取り、一緒に宙へと舞い上がる。クレイル、リッカ、マリアンヌ、エルマー、ニムエの五人も火の魔龍に向かう。
「『スカーレットウィング』 ――一気にいくよ!」
フウカは空中で緋色の翼を発現させ、みんなを抜き去り一直線に魔龍へと飛翔する。
「来るぞ!」
こちらに鋭い眼光を投げかけるアークトゥルスの巨大な顎が開く。魔龍の黒く堅牢な甲殻に、まるで血管のように輝きながら溶岩が脈打ち始める。
口腔の奥に紅蓮に燃え盛る火焔が灯り、急激に輝き始める。アークトゥルスのブレス攻撃が来る。
魔龍の赤い瞳は宙を舞う俺とフウカにしっかりとロックオンされており、攻撃対象になっていることは明らかだ。
「防いで見せる! 『黒・層隔壁』!」
フウカの両手の先に、属性置換術式によって黒属性の性質を備えた波導障壁が展開される。
カアァッ!!!
閃光が瞬いた次の瞬間、俺の腕を取るフウカの姿以外全ての景色が轟火に包まれた。
「くううっ!」
なんて熱だ。水龍装備のアルカナコートを着用しているにも関わらず、油断すると喉奥まで焼け付きそうな高温。
それでも黒属性を宿したフウカの波導障壁は、大質量の灼熱光線を防ぎきってみせた。フウカの波導術も、魔龍のブレスを正面から受け止められる程に熟達したってことだよな。
ブレスは俺達から逸れた後も、地面を炭化させながら窪地を撫で、空を割る。
「さすがだなフウカ!」
「このくらい、平気!」
アークトゥルスがブレスを吐き終わる頃には、俺たちは龍の浸かる溶岩煮えたぎる火口まで到達していた。全身から汗が噴き出し止まらない。これは耐火装備アリでも長時間の戦闘していたら干からびてしまう。
今の攻撃はかなりの脅威だ。おそらくあのブレスを凌ぐ手段をどれくらい持っているかで、炎龍帝攻略の難易度は大きく変わるだろう。
俺達の接近に合わせ、魔龍が腕を振り上げる。溶岩で赤熱した鋭い爪が炎を宿し俺達を襲う。
フウカは飛来する爪炎の隙間を潜り抜け、アークトゥルスに迫る。
「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』!」
グラアァ!!
龍の手先に伸長させたリベリオンを叩き下ろす。確かな手ごたえ、巨大な指を一本と、二本目を中ほどまで切り裂いた。
「まだ終わりじゃないぞ」
フウカが体を捻り、アークトゥルスの巨碗の周囲を旋回するようにして胴体の方へ飛翔。
固まった溶岩のようにゴツゴツとした甲殻にリベリオンを深く突き入れ、そのまま螺旋を描くように腕を抉りながら飛び、脇の下を通って背中側へ斬り抜ける。
……グルウウウウウウゥゥゥ!!!
浅いな……。思った以上に甲殻が固くて、リベリオンの刃の減衰率が半端じゃない。かなり気合を入れなきゃ深くまで刃が通らない。
振り返ると、血のような輝きを灯す瞳と目が合う。すぐさま再び口が開き、アークトゥルスはブレスの予備動作に入る。
「『黒・層隔壁』」
距離にもよるけど、ブレスを躱すって選択肢は考えない方がよさそうだ。攻撃範囲が広すぎて回避不可能だろう。そしておそらく受け止められる回数にも限度がある。
再び俺達を狙って放たれた灼熱ブレスを凌ぐと、アークトゥルスの元へたどり着いたみんなの姿が、背を向けた魔龍ごしに見えた。
「蒼炎解放。炎刀――、『鬼断』」
クレイルが龍の腕に蒼炎の斬撃を見舞う。爪の一本が落ちて溶岩に火柱を立て、魔龍の注意は俺とフウカから逸れる。
「さっきの爪の攻撃、封じます! 天翔ける王獅子の爪、『黄金の獅子』」
「ガルァァァ!!」
リッカの三日月型の衝撃波が魔龍の爪を捉え、残っていた爪を指ごと切り落とした。四本あった左手の爪はこれで全てなくなった。
「これでご自慢の爪攻撃も半減やな」
アークトゥルスは指の落ちた左手を振り回し、クレイルを払いのけようとするが、自らの巨体故足元を飛び回る小者達を捉えるのは相当難儀するようだ。
大ぶりな魔龍の動作をいいことに、みんなの攻撃が魔龍の甲殻を抉る。
魔龍が虫を払いのけるかのように右腕を薙ぎ払う。
「投げますよ、エルマー様」
ブースターを噴かせて龍の薙ぎ払いを回避したニムエが体に捻りを加え、抱えていたエルマーを魔龍に向かって投擲する。
「喰らいやがれ! 『地衝裂玻』ァ!!」
フウカは魔龍の周囲を翻弄するように、くるくると華麗に飛び回り、スカーレットウィングから緋色の波導球を撃ちだし、装甲の薄そうな部分に撃ち込んでいく。
「どうだフウカ!?」
「だめ! 中途半端な攻撃は全然効いてない!」
「くそ、無駄撃ちするだけ煉気の無駄か」
アークトゥルスの背中を駆け登りながら鬼断による攻撃を加えるクレイルが叫ぶ。
「このデカブツ、関節までも分厚い甲殻で覆われてやがんぞ!」
「っ?! あぶない、クレイルさん!」
マリアンヌの叫びに反応したクレイルが魔龍の背から離脱するのと、灼熱の噴煙が龍の背中から一気に噴き出すのはほぼ同時だった。
「ッぶねェな! 助かったぞちびすけ! ――ッと!」
危機を離脱したと思えば、近距離からの情け容赦ないブレス。フウカがクレイルの前に駆け付け、波導障壁を張ることでどうにか事なきを得る。
炎龍帝アークトゥルスのボディは、全身分厚く溶岩に塗り固められた甲殻と波導耐性のある龍鱗で覆われているようだ。取り付いて甲殻を剝がそうにも、巨大な肉体そのものの破壊力もさることながら、すべてを灰燼に帰すが如く灼熱光線を無制限に放つ厄介さだ。
センチュリオンやコルベットが躍起になっても長年倒すことができないわけだな。こいつは、モンスターの頂点に君臨する、魔龍に相応しい圧倒的な強さとタフネスを持つ化け物だ。
「でもな、お前を倒さなきゃ俺達は先に進めない……! 必ず突破口を見つけてやる」




