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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
八章 炎龍帝と水の巫女
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第347話 野営地と竜の手甲

 

 エルマーの気功によって頭部に大ダメージを受け、無様に地面に叩きつけられながら転がる少女。


「灼炎の禍津星、蒼穹を焦がし尽くせ、『熾槍穹アグネ・アストラ』!」


 膨れ上がる蒼炎の熱気が大槍の形をとって放たれ、ジョーイの転がった地点に着弾、爆炎の渦が周囲を焼き尽くす。


 蒼炎の槍は立て続けに10発も叩き込まれ、炎が消えた時には焼け焦げてクレーターと化した地面に残り火が散乱していた。


「はぁ、はぁ……」


 炭化した地面の中央で、人影がむくりと起き上がる。


「――――ふ」

「?」

「――っざっけんじゃないわよぉ!! 波導封じるとか、反則でしょーがぁ?!」


 ジョーイが俺を睨みながら凄む。彼女の顔面は正視できないレベルでパンパンに腫れあがっており、左半身は蒼炎を防ぎきれなかったのか焼けただれている。


「俺っちの一撃で砕け散ってねぇとはよ。頑丈な女だ」


 エルマーが悔しそうに呟く。


 息が上がり、余裕のなさそうな表情を見せるジョーイに向かって、俺の斬撃を後方宙返りで躱した剣士メルが駆けつける。


 さらに空中を横切る影。術士ジェニーが自らの術で空を飛んで、いや飛ばされながら俺達に向かって波導を放つ。


千針飛鼠(エル・アリグナール)

「っ!!」


 緋色の翼をはためかせ、飛んできたフウカがそれを見て叫ぶ。


「みんな伏せてっ、『広域風防壁(エル・ミラウィオラス)』!」


 そこら中の地面が破裂したように弾け、無数の針のようなものが発射されたが、フウカが作り出す風の巨壁がそれを受け止め、あらぬ方向へと受け流す。


濃白霧(フォグマール)


 針の嵐が止むか止まないかの段階で、微かに聞こえた詠唱。

 気がづいた時には、周囲に霧が発生していた。


「――キャハハハハハハハハハッ! 絶対、ぜーったい、ぶっ殺してやるんだからッ!! アンタ達、一人残らず、全員ッ!!!」


「あの女、逃げる気です!!」

「逃がすかよっ! エレメントブリンガー『ドレッド――」


 ドサッ、と何かが倒れ込む音に目を向けると、クレイルが前のめりにぶっ倒れていた。


「待、て……! くっそッ……がぁ」

「クレイルさんっ?!」


 フウカが濃霧に突っ込んでいくのを見て、俺も後を追おうとする。


「――ッ?!」


 ドレッドストームは発動せず、リベリオンから力が抜けていく。集まりかけていた風の属性は霧散してしまった。

 膝から力が抜け、地面に片膝を突く。


「くっ!」

『マスター、煉気切れだ』

「畜生……」



 フウカはほどなくこちらに戻ってきて、翼を消して地面に降りて来た。俺に向かって首を振る。

 まんまと逃げられたか……。


 よろよろとフラつきながらクレイルの元へ歩く。


「……大丈夫か」

「ええ。ストーレス反応……、煉気が尽きただけのようで、軽く気を失っているみたいです」


 横たわったまま顔を歪めているクレイルの様子を見ながらマリアンヌがそう診断する。


「昨日の夜から、戦い通しだったからな……」


 言いながらどさりとその場に腰を下ろす。俺もクレイルほどじゃないが足に力が入らない。


 誰もかれもが明らかに疲弊した様子で、言葉少なにその場に佇んでいた。



「みんな、無事っ?!」


 退避していたリィロ、アルベール、ニムエの三人が駆け寄ってきた。


「ええ、なんとか……」


 マリアンヌによって泡の拘束を解かれたラクーン達は、既に正気を取り戻しているらしく戦意はもうないようだ。


「強かったね、あの子……」

「あの黒波導もすごく強力だけど、彼女が呼び出した女の人たちも相当な手練れ揃いだったね……」

「あんなのをいくらでも呼べるんだとすれば、厄介この上ないぞ」



「おう、おめーら」


 どすどすと足音を響かせて、ヴィルヘルムが俺たちの元へ歩いてくる。


「……まあ、なんだ。正直なところ助かった。おめぇらが来なけりゃほとんどくたばってたろうな」

「おっさんなら、一人でもあいつらとそこそこやれたろ」

「へっ、まぁな」


 エルマーの言葉にヴィルヘルムは渋い笑いを浮かべ、周囲を見回す。


「一先ず、深手を負った奴らをなんとかしてやらねぇとな」



 §



 ジョーイと交戦した場所から半刻ほど歩いた地点、起伏にとんだ岩場に囲まれた場所にセンチュリオンの野営地はあった。


 俺達はヴィルヘルムについて野営地に迎え入れられた。さすがは最大派閥のユニット。野営地の規模もそれなりのもので、多くのラクーンが俺達を出迎えた。


 ジョーイとの戦いで負傷したセンチュリオンのメンバーは多く、重傷者多数、数名だが死者もあった。フウカとマリアンヌは二人で治療に当たり、この野営地でも引き続き彼らの傷を癒していった。


 気を失ったクレイルは、マリアンヌの泡の精(ヴォジャノーイ)で野営地まで運び込んだ。

 しばらくするとクレイルは目覚めたが、またもジョーイを取り逃がしたことを相当悔しそうにしていた。

 無理もない……。



 時刻が昼を過ぎた頃、野営地にて食事の準備が整ったようで、そこかしこで食事を始めるラクーン達。

 フウカらの治療も一段落し、俺達もヴィルヘルム達に呼ばれてご相伴に預かることとなった。


「すまねぇな姉ちゃんら。死にかけも多かったからよ、恩に着る」

「フウカは治癒波導専門の王宮神官だ。あんたたちは運がいい」

「みてぇだな」


 ヴィルヘルムはキャンプの周囲、さっきまで死の淵で喘いでいたラクーン達が五体満足で飯を食っている様を、現実感のない目で眺めていた。

 彼自身もフウカの治癒術のおかげで外傷はほぼ癒えている。


「最近頭角を現し始めたっつう新参の噂は聞いてたけどよ、なかなかどうして只者じゃねえな、おめぇらは」

「俺達は炎龍帝に挑みに来たんだ」

「ほぉ……」

「センチュリオンも炎龍帝を倒しに来たんだよね?」

「そうよ。あのイカレ女と出くわしたのはその帰りってわけだ」


 俺達が洞窟の中を駆けずり回っている頃、ヴィルヘルムたちは炎龍帝と死闘を繰り広げていたらしい。

 お互いに消耗した状態でのエンゲルス戦……、最悪のタイミングだったな。


「あれだけの実力者が揃ってるセンチュリオンでも炎龍帝を倒せないのか」

「ところでヴィルヘルム、正気を失ってたラクーン達は大丈夫なの?」


 フウカが不安そうに、ジェニーのアイン・ソピアルを受けた者達の安否を尋ねる。


「今は落ち着いてるぜ。けどな、どうにもあのジェニーとかいう女術士。奴のことが頭から消えないらしいな。次また現れたらどうなるかわかったもんじゃねえ」

「アイン・ソピアルは非常に強力な波導ですから……」


 ヴィルヘルムは太い腕を持ち上げ顔を覆う髭を扱きながら黙考する。


「『魅惑のジェニス』はこの南部じゃそこそこ有名人だ。アイン・ソピアルを会得するほどの類まれな波導の才を持ち、王国に忠誠を誓う"アララウナ王国十傑"の一人。加えてあの通りの美女ときた。だがここ数年は姿を晦まし消息不明だっっつう話なんだがな」

「アララウナ王国を裏切って、エンゲルスに所属したってことすか?」

「ジェニスはそもそも忠誠心の薄い女だったと聞く。『夏の夜の夢(クピド)』……か。あんなやばい力を持っていやがんだ。裏で何をしていたかはわかりゃしねえ」


 そこでヴィルヘルムは瞑目する。


「あのジェニーと呼ばれていた女は『魅惑のジェニス』本人で間違いねえだろう。だがよ、奴、いや奴らからは、およそ生気ってモンが感じられなかった」


 お前らもそう思ったんじゃねえのか? という目でヴィルヘルムは俺達を見る。


 口数が極端に少ないのもあるけど、思い返すと妙な挙動が多かった。人体にしては無理のある、という意味だ。まるで無理やり動かされているような……。


「それ私も思ったよ。なんだか人形と戦ってたような感じ」

「俺が思うに、アレは死体なんじゃねえか? 『魅惑のジェニス』はもう死んじまって、イカレ女はその肉体を無理やり操っているのかもしれねえ」

「まさか……、死体を操るアイン・ソピアル、とか」

「全く……、あいつら揃いもそろっておぞましい能力を使いやがる」


 やろうと思えば、ジョーイはさらに増援を呼び込むこともできたのかもしれない。数で押されたら、消耗していた俺たちはやばかった。


「次に現れたら、確実にブチのめす。俺らセンチュリオンをコケにしたツケ、きっちり支払わせねえとな」

「……そうだなヴィルヘルムよ。次はワシらの恐ろしさ、とくと味わわせようぞ」


 センチュリオンのメンバー達はジョーイに対して復讐心を燃やしている。

 結局アイツにはまた転移によって逃げられてしまった。クレイルの心中は如何なものだろう。


 それにしても消える前のアイツの顔。

 楽しそうに余裕ぶって戦っていた時とは違う、激しい怒りの滲んだ悪鬼のような顔と声とを思い出すと、身震いと共にきっとまた奴とは巡り合う、そんな予感がしてならない。


 エンゲルスの行動は気になるが……、今の俺達にはもっと重要な問題がある。


「ヴィルヘルムさん。あの尾根の向こう側に炎龍帝がいるのか?」

「オウ……。奴はこの頂上カルデラ地帯の中央に位置する、火口に巣食うバケモンだ。並みの戦力じゃ、あの尾根を越えて二度と帰っては来れねぇぞ」


 ヴィルヘルムの言葉を聞いて、リィロとアルベールはぶるぶると震え始めた。


「だがおめぇら行くんだよな?」

「もちろん。私たちはそのためにここまできたんだもの」

「なぁ。おっさんから見て、俺らは炎龍帝に勝てっと思うか?」


 エルマーの問いに、ヴィルヘルムは鋭い眼光で俺達を見回し、一言だけ呟いた。


「……無理、だろうな」


 周囲から聞こえる食事とガヤガヤした喧騒の中、俺たちの周囲だけが妙な静けさに包まれてしまう。

 ヴィルヘルムは俺達が戦う場面を一通り見ていた。その上でこの見解か。


「ま、今日のところは体を休めて英気を養ってくれや。治療の礼だ。ここでは好きなように振舞って構わねえ。野営地のテントを貸してやる。俺たちはまだここにいるからな。イカレ女に殺られた奴らを埋葬してやらなきゃならん」

「ありがとうございます」


 食事を終えてテントへ向かおうとした時、ヴィルヘルムがエルマーを引き留めた。


「おめぇ、なかなか腕っぷしの強ぇコゾーだな。見事な技だったじゃねぇか。あの一発、シビれたぜ」

「コゾーじゃねえ。俺っちはエルマーだ。おっさんもなかなか強ぇよな」

「フン、どうやら肝も据わってるようだな」


 二人は何か通じ合うものがあったのか、不敵に視線を交わしながら笑った。


「そのガントレット、随分とすり減ってんな」

「ん、これかァ? そろそろ買い替えてえとは思ってたんだぜ」


 ヴィルヘルムはエルマーの両腕をじっと眺めている。


「それだけじゃあねぇな。この武具はおめぇの技についていけてねぇのよ」

「どういうことなんだぜ?」

「ちょいと待ってろ」


 ヴィルヘルムはのそりとどこかへ消えるとほどなくして帰ってきた。その手には一組のガントレットが握られていた。


「こいつを持っていけ。エルダードラグニカの甲殻から切り出したしたガントレットよ。こいつならおめぇの技にもちゃんと応えるだろうよ」

「――!」


 そういえば、エルマーはよくガントレットを壊すと言っていた。使い方が悪いとか手入れを怠っているとかじゃなく、エルマーの気功が強力すぎて武器の方が耐えられなかったのだろうか?


「ありがとなヴィルヘルムのおっさん。使わせてもらうんだぜ」

「なに気にすんな。おめぇには借りを作っちまったからな。エルマーよ」


 ヴィルヘルムはガントレットを渡すと、仲間と共に去っていった。


「なんか、すごいのもらっちゃったな……」

「エルダードラグニカって……、たしかハイドラグニカの上位種、スターレベル4のモンスターですよ」

「えっ、じゃあこれ星骸(スターアーク)なの?」

「めちゃめちゃ高価な武具じゃないすか」


 エルマーはガントレットを両腕に装着すると、拳を握ったり開いたりと具合を確かめる。


「みんなは先に行っててくれよ。俺っちはその辺で、明日までにこいつを馴染ませてくるからよ」

「ほんなら俺も訓練に付き合うとすっか」

「ちょっとクレイル君、あなたさっきまで気絶してたのに……」

「じゃあ私も行こうっと」


 フウカまでもがやる気だった。煉気量の多い奴らは血の気も多いのだろうか。


「ちょっとみんな、ほんとに大丈夫なのぉ?」

「強敵を前に、今は少しでも体を動かしてたいんだよ、多分」


 それにしても、センチュリオンは狂暴な奴らが揃ってそうなイメージだったけど、案外仲間思いなんだな。

 実力的にはいかにも猛者って風貌の奴ばかりだけど、トップのヴィルヘルムを始め結構話のわかる人達だなと感じる。


 連中は強者が好きらしく、俺たちの戦いについてもあれこれと率直な質問を投げかけてきて、昼飯を食いながらの戦闘談義にも熱が入った。


 しかし、炎龍帝はこんな実力者集団でもいまだ倒せぬ圧倒的強者なのだ。プリヴェーラを襲った水龍ラグナ・アケルナルの威容を思い出し、武者震いが来た。


 今回は東部三大賢者のような、心強い味方がいるわけじゃない。

 おそらく俺達自身の力で倒さねばならないだろう。首を巡らせ、噴煙が空高く上がる火口方面の尾根を眺めた。





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