第49話:信康、信じる言葉を自分の頭で確かめる
私達は宙を飛んでいた。
暴走を経て、秀頼殿達に救われ、無事に超次元となった私であったが、こうして空を飛ぶのは初めてだ。
しかも自分の意思ではない。謎の力で引き寄せられている。
そう思っていると自然に高度が下がり始めた。
目的地が近づいたのだろうか? 秀頼殿達は恐らく、あのままめかりダンジョンとやらに挑戦したのであろう。
ノワール殿と妲己殿がどこへ飛ばされたかは分からぬが……。
ともかく、私とルナ殿がこうして同じ場所へ向かって飛ばされている。
そこで私達が降りるであろう場所を見て驚愕した。
旗、旗だ。菊の紋が描かれた錦の御旗だ。
「わあ!おっきー旗だ!」
そうだ。大きい。大きすぎる。山さえ覆うほどの巨大な旗が、私達が着地する辺りで待ち構えている。
「錦の御旗……ここは京都なのか?京都の……朝廷の、天皇のいるという内裏なのか?」
そう思っていると、どんどん高度が落ちていく。
得体の知れぬ巨大な旗に危機感を覚えたが、地面の方に強く引っ張られて逃れることができない。
ぼすんっ!!
私たちは旗に受け止められ、着地した。
私達はどうにか旗から降り、地上に立った。
ここが『ダンジョン』とやらなのだろうか?
私は注意深く周囲を見渡した。
「なんにもないねえ?」
ルナ殿の言う通り、周囲は何もない真っ白な空間だ。
さっきまで存在感を放っていた大旗もどこかに消えてしまった。
ここがダンジョンの中だとして、どうすれば八尺瓊勾玉の元へ辿り着けるのだろうか?
そう思っていると周囲の空間がぐにゃぐにゃと歪み始めた。
何だこれは!?
「ははは、へんなの〜」
一大事だと思うのだが、ルナ殿は楽しそうにはしゃいでいる。
何が起こるか想像もつかない、危険な状態だと言うのに……。
そう思っていると周囲の景色が変わり始めた。
そこに現れたのは……畳、襖……ここは我が岡崎城の城内ではないか?
どうしてここに戻ってきたのだ?
懐かしい。
だが、同時に妙な違和感がある。
私は先ほどまで、ルナ殿と内裏のダンジョン……『内裏ダンジョン』にいたはずだ。
それなのに、目の前にはこれでもかというほど見慣れた岡崎城の自室がある。
「徳姫さん!」
声が聞こえた。
振り向く。
「母上……?」
我が母である築山殿がそこにいた。
ここが岡崎城なら母上がいても不思議ではないが……。
いや、内裏ダンジョンから城に来ていること自体が不思議なのだ。
突然、母上が現れることとて不自然極まりないだろう。
母上の向かいには、我が妻・徳姫がいる。
二人で何事か話しているようだ。
「徳姫さん!今日も遊んでばっかりでダメじゃないですか!」
ああ、懐かしい母と妻のやり取りだ。
そう言えば母は遊んでばかりいる徳姫をいつも叱っていた。
「だぁって、信康様が忙しくて遊んでくれないんですよぉ、1人で遊ぶっきゃないじゃないですか」
この頃の私は父から岡崎の城主を任され、仕事に走り回っていた。
この時点でもう徳姫には不満を持たれていたのか。
「貴方は信康様の正妻なのですから、学ぶばなければ、ならないことがいくらでもあるんです!遊んでいる場合ではないのですよ」
「ええー、お勉強なんてヤですよお」
ああ、何もかもあの頃のままだ。
それにしても、徳姫を叱る母、私に不満を持つ徳姫……そうか。
どうやら、これは過去……それも私が処刑される直前の出来事のようだ。
八尺瓊勾玉が過去を見せているというのか。
しかし、何故?
母上と徳姫の関係、私と徳姫の関係も悪化している。
このまま行けば、過去の通り、徳姫が父である信長様に私と母上が武田に内通していると密告するはずだ。
この空間が何なのかは分からぬ。
だが、このまま殺されるのはまずい。
私が殺されるのも困るが、八尺瓊勾玉の暴走によって世界が滅びるのはもっと困る。
何としても、処刑を防がねばならない。
だが、どうすればいい?
私は、未来から来た秀頼殿や父上に救っていただいた。
しかし、あの二人がいなければ、私はどうやってこの状況を切り抜ければよかったのだ?
父上や信長様の力を何とか借りられぬものだろうか?
いや、父上に頼ったところで、あの時は私を救えなかった。
信長様に訴えたところで、最後には私の処刑を命じている。
ならば、そもそも私が処刑される原因をなくさねばならぬ。
徳姫を何とかせねばなるまい。
徳姫の告発を防ぐのだ。
だが……徳姫はあの調子だからな。
私や母の言葉に耳を貸すとは思えぬ。
とはいえ、告発などと極端なことをする性格にも見えぬのだが……。
だから、きっかけがあったはずだ。私か母があまりにも気に障ることを言ったのか……?
考えてみても仕方あるまい。
徳姫の気持ちは徳姫と話さねば分からぬ。
当時の私は城のことで忙しかったかも知れぬが、命がかかっているとなれば話は別だ。
そう考えていると会話が終わったらしく、母が徳姫から離れた。
それを見計らって私は徳姫に声をかけた。
方針など決まっておらぬが、話すこときっかけを掴むことが必要だ。
「徳姫」
「あ、信康様だー!お仕事終わったの?遊ぼ遊ぼ」
?改めて観察してみると、思ったより徳姫は私に懐いているようだ。
それもそうか、遊んでやれなくて不満を持たれたというなら、そもそもの好意はあるということだ。
呼び止めてはみたが何と言ったものか。
そう思っていると、徳姫が大きく元気な声で言った。
「あたしは、知りたいんですよ!武将同士の『関係性』を!」
関係性!?
「誰が誰をどう想っているのか?戦いの中でどんな友情が育まれているのか?それは恋愛感情に発展するのか・」
「好きなだけ聞かせてくれるって言ったじゃないですか!」
確かに私は結婚した当初に武将の『関係性』を伝えると言った。
最初は信長殿の命で徳川の内情を探っているのかと思ったが、そうではないらしい。
徳姫にとって私の『関係性・語り』は特別なのだ。
どうも武将同士の関係性、何を共に経験しどう想いあっているかという話を聞くと異常に興奮するらしいのだ。
だから、私にそれらを何度も何度も話させ、紙に書き留めて何度となく読み返しているのだ。
場合によっては、自ら架空の『関係性』を創作した本を作っているらしいが……。
そしてそれらを聞き、あるいは読むたびに毎度『ぎゅあーーーーん』という謎の奇声を上げ悶えているのだ。
「確かに最近は城主の仕事が忙しかった。だが、仕方あるまい。徳川家を守らなければ、皆の話をそなたに聞かせることもできなくなるのだからな」
「それはそうですけど~」
「でも!あんなにたくさん人がいるんですから、何もかも信康様がやることないじゃないですかぁ」
「私は私のやるべき事だけをやっているつもりだが……」
私がそう言った直後に、隣にいたルナ殿が不思議そうに声を上げた。
「パパは龍宮の王様だけど、いつもルナと遊んでくれたよ!」
安徳天皇は龍宮の王でありながら、娘と頻繁に遊ぶ余裕があった?
「龍宮というのは、この岡崎より広いのか?どのくらいの人間が働いているのだ?」
「うーん、よく分かんないけど、ここよりはうんと大きいと思うよ」
ここより大きいところの王が、娘と遊ぶ余裕が十分にあったのか。
しかし、何故そんなことが起こるのだ?
「やっぱ、そうだよね!信康様はもっと人に仕事を任せなきゃダメなんだよ!」
「お話を聞いている限り、信康様ほど忙しい人はいないよ。それに暇してる人も結構いるみたいじゃん」
「それは真か?」
徳姫ほど武将達の行動、関係性に詳しいものはおらぬ。
その徳姫が暇な人間がいるというのなら、本当にそうなのかも知れぬ。
破天荒すぎる性格ゆえに、人として信頼はできぬが話に理は通っている。
無視する訳にもいくまい。
では、私が働き過ぎていること、そのせいで『関係性』について話せずにいることで徳姫を喜ばすことができていないこと。
それらが徳姫が私を告発し、処刑しようとしている理由だということか?
徳姫にとって『関係性・語り』は他の何よりも重要なようだし、聞けぬ時間が募れば恨みに変わることもあるかも知れぬ。
だがそうなれば二度と『関係性・語り』が聞けなくなるのだ。それでも私を殺そうとするだろうか?
「徳姫よ。一つだけ聞かせて欲しい」
「もし私が『関係性』を二度と語らぬ、徳川家の機密事項だから妻にも話せぬと言ったら」
「そなたは私を殺すか?」
すうっと、徳姫の表情が曇っていく。
そして羅刹の如き顔になる。押しつぶされそうな威圧感を感じる。
私はたまらず、その場で尻もちをついた。
「『関係性』を語らなかったらですかぁ。もしそんなことになったら、地獄へご一緒していただくしかないですねぇ」
羅刹の顔が私をキツく睨む、これは本気だ。
私が『関係性』を語らねば、自分の命を賭けてでも殺しにくるのだろう。
「わ、分かった。心配するでない。私の命ある限り『関係性』は語る」
「だが、それには私の仕事を減らす必要がある。私の仕事を実際に見せるゆえ、どこが人に任せられるか二人に判断して欲しいのだ」
いつもやっている私では気づかないことでも、徳姫とルナ殿が見てくれれば気づくかも知れぬからな。
「そのようなもの達の言葉に耳を貸してはなりませぬ」
母上だ。
徳姫と話し終えてどこかへ行ったかと思っていたのだが、私達の声を聞いて戻ってきたのだろうか?
「信康が最も優れているのですから、信康が多くの仕事をこなすのは当然です」
「他のものでは、かかる期間も出来も落ちてしまうのですから」
母上のお言葉にはやはり説得力がある。
自慢ではないが、確かに人より早く確実に仕事をこなす自信はある。
それが、皆のためになるのならば、私がこなせる限りをこなした方が効率が良いのは間違いないだろう。
「のう、徳姫。母上もああ言っておられる」
「関係性・語りについては無理にでも時間を作ってこなすゆえ、やはり私の仕事を減らすべきではなさそうだ」
そう言った私に対し、ルナ殿が横から叫んだ。
「そんなことしたら、信康が病気になっちゃうでしょ!」
これまでにない強い主張だ。
これまで、ルナ殿は私達の話にほとんど口を挟まなかったのに……。
「信康は良い子すぎ!病気になってもみんなのためになんてダメーっ! 」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、だからと言ってどうしろと言うのだ?」
「うーん……」
ルナ殿は頭を抱えて唸っている。
ルナ殿は私を心配してくれているだけなのだろうが、この話は聞き捨てならぬことだ。
私が1人でやり続けたとして、私が病に罹れば私の代わりをするものはおらぬ。
そして、働き過ぎれば病に罹りやすくもなるだろう。
しかし、だとすれば母上のお言葉が間違っているというのか?
優れたものに任せる、というのは間違いなく理が通っている。
第一、城主になるまでも、なってからも陰に日向に私を導いてくれた母上の言葉が間違っているなんてことが合って良いのか?
そう考えていると、徳姫が騒ぎ始めた。
「あたしは『関係性・語り』が聞きたいんですよぉ!信康様が仕事まみれなのも病気になるのも困るんです!」
「何とかお仕事減らしてくださいよぉ!」
そういう徳姫に対して、母上はため息をつきながら言った。
「そうは言っても、信康より上手くこなす者がこの三河国にいるとは思えませぬ」
「でもでも『関係性』はすごいんですよ!」
「例えば、この二人なんて、すっごく仲が良いんですよぉ」
「この二人を一緒にしたら、絶対面白いですよぉ!」
すごく面白い……か。確かに、仲の良い者同士が力を合わせれば、何でも出来そうな気はするが……。
いや、待てよ。 それほど仲の良い者たちなら、一緒に仕事をさせても上手くできるのでは無いか?
仲の良い者を組ませて仕事を任せれば……
そうだ!組を作り、それぞれに仕事を任せれば、私一人でやるよりも、早く正確にこなせるかも知れぬ。
誰と誰が仲が良いかは、徳姫が知っているのだ。
それを元に仲良しの組を作り仕事を任せれば……。
「待ちなさい!勝手なことを……。第一、そなた達、国内にどんな仕事があるか分かっているのですか?」
「そ、それは……」
私は自分の関与している仕事は分かるし、報告を受けているものは何となく分かるが……。
母上に言われるままにガムシャラに働いていたゆえ、何の仕事があり、誰がどの仕事が得意かまでは分からぬ。
仲の良さが分かっても、得意な者に得意な仕事を任せねば、仕事にならぬだろう。
ま、待てよ。1人だけ、何が得意か分かる者がいるぞ。
私に仕事を回していたのは他でもない母上だ。
ならば、母上は領内にどんな仕事があり、誰が何を得意か分かっているのだろう。
「母上ならば、それが分かるのではありませんか?」
「私ですか、なるほどそれは確かにそうです」
「ならば、私の部屋に来なさい。この三河の仕事を細かく分け、誰にでも分かるよう記した書があります」
「いわば完全業務報告書と言ったところですね」
「私も信康が倒れるかも知れないというのは懸念していたのです」
「だから、この書によって今の仕事をもっと、効率的にこなせるようになれば信康だけに任せても倒れないのではないかと思ったのです」
「あ、じゃあ、あたしの『愛と友情の関連性百科』も使ってくださ〜い。ただし原本は譲れないので書き写してからですよぉ」
なんと、関係性を記録していたあの本か。
私も読んだことがあるが、子供が見ても分かるほど、きちんと明確にまとめてあった。
2人の本があれば、私の仕事を最適な形で分担させることが出来るはずだ。
「素晴らしいことです。確かにこの二つの書を照らし合わせれば、信康1人に任せるより効率的に仕事を皆に分担できるでしょう」
「これも母上と徳姫のおかげですね」
それにしても、そうか。
破天荒過ぎて信頼できぬ徳姫の、『理の通った言葉』を信じること
ずっと信頼してきた母上の『理が通って見える』言葉を疑うこと
二人の言葉を比べ、自分自身の頭で理を確かめること。
それを『関係性』だけに囚われずに、やっていかなければならぬということだ。
心からそう感じた瞬間、ルナ殿の周囲を無数の泡が覆い、それらが一まとまりになって、杖になった。
ルナ殿は杖を大きく掲げ、先端から無数の泡を発射させながら叫んだ。
「さあ!ダンスの時間だよ!!」




