第48話:八咫鏡とノワールと妲己、『三人の未知』を奏でる
ノワールの演奏は、静かな旋律から始まった。
優しく、それでいて真っ直ぐな音色。
耳を澄ませると、このダンジョンで歩いてきた道が、一つずつ音になって浮かび上がってくる。
恐怖を乗り越え、自分のしたいことを選んだ勇気。
ありのままの感情を受け入れ、『変幻自在』へ辿り着いた変化。
そして、『誰かと一緒』だからこそ、『未知を選ぶ』未来へ踏み出した決意。
どの旋律も違う。
でも、全部が確かに、あたし達自身だった。
八咫鏡も、その全部を見届けてきた。
だからなのか。
その旋律の隙間には、驚きや期待、時には不安さえ混じっている。
きっとこれは――
あたし達が、自分達の本質を見つけた記憶なんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
静かな旋律が、少しずつ姿を変えていく。
最初は、どこか迷いを含んでいた音が、次第に力を増していった。
怖くても、それでも自分のしたいことを選ぶ。
ノワールは、そうやって一歩ずつ前へ進んできた。
やがて、その音から迷いが消えていく。
未知を恐れるのではなく、未知だからこそ選ぶ。
そんな意志が、まっすぐに響いていた。
そこへ、もう一つの旋律が重なった。
あたしが感じた、いくつもの感情。
守りたい。守ってほしい。
嬉しい。怖い。楽しい。
どれか一つを選ぶんじゃない。
全部を抱えたまま、変わっていく。
その音もまた、いつしか迷いを失っていた。
変わることを恐れるのではなく、変わることそのものを楽しむように。
二つの旋律が、少しずつ近づいていく。
ノワールの「未知を選ぶ」と、あたしの「変幻自在」。
別々だったはずの音が、重なっていく。
そして――
その二つが重なった瞬間、音が一段強くなった。
あたし達は、もう戻らない。
知らないものを見つけるために。
変わり続ける未来を楽しむために。
必ず見つける。
その言葉が、旋律になって響いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そこに、もう一つの音が重なった。
八咫鏡の音だった。
これまであたし達のそばで、ずっとあたし達を見ていた音。
でも今度は、ただ見ているだけじゃない。
あたし達と同じ旋律の中に入ってくる。
ノワールが選んできた「未知」。
あたしが受け入れてきた「変化」。
八咫鏡が追い続けてきた「恋愛の可能性」。
三つの音が、少しずつ重なっていく。
相手が変われば、未知の形も変わる。
一人増えれば、その未知はもっと大きく変わる。
そんなことを、あたし達はもう知っている。
だから、八咫鏡が加わった今、どんな未来になるのかなんて分からない。
ノワールにとっては、まだ見たことのない未知。
あたしにとっては、まだ知らない形へ変わっていく未来。
そして八咫鏡にとっては、自分自身の恋愛さえ観察したことがない。
誰も、その先を知らない。
だからこそ――
音が、一気に広がった。
重なった三つの旋律が、今まで聞いたことのない音へと変わっていく。
三つの音が一緒になっただけじゃない。
ノワールの未知も。
あたしの変化も。
八咫鏡の観察も。
全部が混ざって、それでも何一つ消えないまま、別の何かになっていく。
こんな音、今まで聞いたことがない。
どこへ向かうのかも分からない。
それなのに――
もっと聞きたかった。
もっと先まで行ってみたかった。
知らないからこそ、見てみたい。
変わるからこそ、進んでみたい。
観察したことのない可能性だからこそ、確かめてみたい。
そんな三人の気持ちが、一つの旋律になっていた。
◇◇◇◇◇
三つの旋律が重なったまま、音はさらに先へ伸びていく。
終わりに向かっているはずなのに、終わる気配がない。
むしろ、ここから先へ進もうとしているみたいだった。
その先に何があるのか、あたしには分からない。
ノワールにも分からない。
きっと、八咫鏡にも。
でも、それでいい。
分からないから、見つけにいける。
どんな形に変わるのか分からないから、楽しみにできる。
知らない可能性だから、観察してみたくなる。
三人の旋律は、重なったまま、まだ知らない場所へ伸びていく。
その先に何があるのか、今のあたし達には分からない。
でも――
きっと、それを見つけるために、あたし達はこれからも一緒に進んでいく。
ハープの音は終わらない。
まだ見えない未来へ向かって、どこまでも広がっていった。
最後の音が、静かに消えていった。
◇◇◇◇◇
その瞬間だった。
周囲の景色が、ゆっくりと揺らいだ。
壁が消える。
床が消える。
長い階層を形作っていた空間そのものが、光の粒になってほどけていく。
気が付けば、そこはひたすら広い境内だった。
伊勢神宮ダンジョンは消えてしまったみたいだ。
ということは、ここは元々ある伊勢神宮だろうか?
考えてみても、何百年も殺生石に封印されていたあたしに分かる訳がない。
ともあれ――八咫鏡の暴走は、終わったのだろう。
あたし達の目的は果たされたんだ。
これからは、三人で新しい未知へ進んでいける。
「……終わったね。」
八咫鏡が、静かに呟いた。
「うん。もう、他の人をここへ呼ぶ必要はない。」
「ボクはこれまで、恋愛の可能性を持つ人をこの場所へ招いて、その可能性を観察してきた。」
「でも、今は違う。」
「君達二人と一緒なら、ボクがこれまで見たことのない恋愛の可能性を、これからずっと観察できる。」
「それに――」
鏡面が、楽しそうに明滅する。
「君達と一緒にいれば、恋愛だけじゃない。三人で、まだ誰も知らない未知を作っていける。」
「だから、もう誰かをここへ引き込んで観察する必要はないんだ。」
「さて、これからどうするべきかしら」
「そうだね、ボクを鎮めることはできたんだから、まだ暴走している神器を鎮めにいくべきじゃないかな?」
それはそうか。ここに来る前、あたし達がいた関門海峡のめかりダンジョンには草薙剣があるはずだ。
「八尺瓊勾玉がどこにあるか分かる?」
めかりダンジョンは遠い、あたしには転移系の能力はないから、八尺瓊勾玉の方が近ければそちらに行くべきよね。
「反応を見る限り、内裏だね。内裏そのものがダンジョンになっているみたいだ」
「え?じゃあ天皇陛下や貴族の皆さんも……」
「当然、巻き込まれているだろうね」
ことは、この日本にとって思った以上に重要な事態になっているみたいだ。
天皇や中央の貴族を助け出せなければ、三種の神器を鎮めても、後の日本が大揉めになるかも知れない。
「じゃあ、目的地は内裏ね」
「では、目的地は内裏ね。すぐに向かいましょう」
「でも、どうやって内裏まで行くんだい?」
「もちろん!内裏までジャンプするのよ!」
「ボクは鏡だから動けないし,君たちもそこまで身体能力が高いわけではないんだろう?」
「あたしのジャッジメント愛'sは、あらゆる真実を見抜く、あたしの変幻自在はあらゆる事象の名前から文字を奪い、HENGENJIZAIの文字を与えることで変化させる」
「それを使って内裏に行く案があるの?」
この伊勢神宮ダンジョンに来た時には飛ばされるスピードをsをhに変えることで減速させた。
けど変幻自在にはmやsがないからh(毎時)を毎分や毎秒には変えられない。単純に早く走ることは出来ないんだ。
そこであたしが考えたのは目的地をジャッジメント愛'sに認識させ、それを改変することだ。
HENGENJIZAIのうち、内裏と比べて足りないのはDとRだ。
つまりDとRがつくものに向かってジャンプする途中で、ジャンプ先をDAIRIに変えれば良い。
「ええ、DとRがつくものに向かってジャンプしている途中に、ジャンプ先を内裏に変えるのよ」
問題はDとRが付くものがすぐに見つかるかどうかだけど……。
「なら、神楽殿だね。伊勢神宮の中の施設までならジャンプできるだろう」
そうか、八咫鏡はここにずっと住んでたんだから伊勢神宮内の施設について詳しいんだ。
「分かった!体重のkをとって体を軽くした上で、神楽殿を目的地にジャンプする!」
「ボクは動けないからね。抱えていってもらうよ」
「ノワールもあたしにおぶさって。手を繋いだりだとジャンプの途中で落としちゃうかも知れない」
「うん、分かった!」
ノワールがあたしの背におぶさってくる。
あたしは八咫鏡を持ち上げて、『変幻自在』で体重のkを取る。
そして伊勢神宮の中に向けてジャンプした。
「ジャッジメント愛's!あたしがどこにジャンプしようとしているか教えて!」
神楽殿
「変幻自在!」
あたしがそう叫ぶとHENGENJIZAIの文字が出てくる。
そしてジャッジメント愛'sが映し出した『神楽殿』――KAGURADENの文字から、DとRの文字が飛んでくる。
同時にHENGENJIZAIからAIIの3文字が飛んでいき、DRとAIIが混ざり合い、DAIRIになった!
「よし!ジャンプ先が内裏になった!これで!」
あたしがそう叫んだ瞬間、DAIRIの文字がぐちゃぐちゃに混ざり合った。
残ったHENGENJZとKAGUAENの文字も勝手に飛んでいき、さらにぐちゃぐちゃに混ざる。
そしてジャッジメント愛'sの表示が『蜿ャ蝟壼」ォ』となった瞬間、あたしは目の前がまっくらになった。




