第47話:八咫鏡とノワールと妲己、『恋は未知』へと歩み出す
「三階層は…3つあったよね」
三階層は『過去の映像』『現代の体験』『未来の選択』に分かれていた。
その結果として『必ず見つける』に辿り着いたけど、振り返るなら一つずつの方が良いかも知れない。
「過去は『まったり』でしょ?」
「「まったり!?」」
確かに序盤はノワールが『家族と一緒』の姿を見せられたのだからまったりと言えなくもないけど、『過去』の本質はそこじゃない。
「いや、そっちじゃないでしょ!」
そう叫んだあたしに対して、八咫鏡は弾んだ楽しそうな声で答えた。
「そうだね『ぼっち』の方が重要だもんね」
そう『独り』の時に幸せじゃなかったって言うのが重要なんだ。
ノワールの『したいこと』は『誰かと一緒』と『未知を選ぶ』なんだから。
「過去の映像で独りきりのノワールは、家族といた時と違って、幸せじゃなかった」
「でも、今は妲己がいる。離れ離れになっても……必ず見つける」
「そう。今はあたしがいる。『どんな状態になっても』必ず見つける。だから、ノワールの『誰かと一緒』は守られるわ」
「『どんな状態になっても』か。そうだね、可能性が広がるなあ!」
“……さっきの映像では、私は満たされていたんだと思う”
“でも、今見た映像の私は……満たされていなかった”
“……独りだったから、分からなくなっていたんだと思う”
三階層『過去』を思い出しながら、あたしとノワールは目配せをした。
お互い、言いたい『言葉』は一致しているみたいだ。
「「どんな未知でも必ず二人で斬り開いて見せる」」
その言葉を聞いた八咫鏡がわずかに呟いた。
「それって未知じゃないものは、体験できなくても良いってこと?」
その言葉にハッとした。
「……未知じゃないもの……?そんなの必要ない……」
「でも、未知を見るだけに特化したら『未知じゃない』ものが見えないってことでしょ?」
あたし達はなんでも見たいしなんでも知りたい。
だったら未知を選んだせいで普通が見えないのを放って置く訳にいかないはずだ。
「そう……だけど、でもっ!!」
まずい、ノワールにこんな悲しい表情をさせちゃいけない。
でも、どうしたいいの?どうしてあたしとノワールの気持ちに差が出来ているんだろう?
二人とも未知を求めているだけなのに、『普通』の解釈が正反対だなんて。
「なるほど。『変幻自在』か。妲己は何にでもなれるけど、ノワールは未知じゃないと嫌なんだね」
そうか。ノワールの『したいこと』は『誰かと一緒』『未知を選ぶ』だ。『普通』は未知じゃない。
あたしはたまらず叫んだ。
「ねえノワール!『未知』の可能性を感じるよ。あたしと貴方が折り合わない。これって『必ず見つける』の時と同じでしょ!」
そうだ。八咫鏡が言っていた『未知の進化』それが今まさに起きようとしている。
あたし達はたどり着けるはずだ。
「……そう、だけど。でも、どうすれば?何をどう話したらたどり着けるかな?」
不安がるノワールに対して八咫鏡が弾んだ声で言った。
「『普通』を見るしかないよ。ほら、『現代の体験』のテーマは……」
そうか、『現代の体験』は習慣から抜け出すことなんだ。
だったら『習慣から抜け出さない』選択の可能性が見られるはずよね。
「そうだよ。あの一人で家に帰る時、『独りで帰った先』に何が待ってるかノワールは知ってるはずだもの」
「そっか……。うん、あの先を見て……、妲己と一緒なら何かが見えるかも知れない」
「じゃあ、次は『現代の体験』だね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「現代は晩御飯かな?」
この流れにも段々慣れてきた。八咫鏡はわざと少し外したことを言って場を和ませようとしているみたいだ。
「あのねえ、今は真面目なシーンなんだからボケなくても良いわよ」
言うまでもなく『現代の体験』で重要なのは『繰り返し』だ。
『いつもの習慣』のシーンが繰り返し出てくる。
でも、今回のテーマはその習慣を受け入れること……。
あたしと八咫鏡の言葉を聞いたノワールが、考え込み始めた。
『現代の体験』のことを思い出しているんだ。あたしも集中して思い出そう。
「……あの時、いつもの景色が繰り返されたの。家に帰ってご飯を食べるのが当たり前だと思ったわ」
「でも何回目かでドアノブに手をかけたとき、家に帰らずにどっかへ行ったらどうなるんだろうって思っちゃったの」
「そのお陰で私の『したいこと』が未知を選ぶことだって気づいたの」
みんながいたら、何もしなくても満たされたのに、独りだと、いつもと同じことをしても満たされなかった。
だから、違うことをしたら面白いと思ったの。
知らないって楽しいんだ。
「……あの日も、いつも通り家に帰った」
「セレナ姉様の夕ご飯が美味しくて、私もルナもはしゃいでた」
そう言って話すノワールからは幸せそうな雰囲気が感じられる。
過去の映像で見たノワールの姿も幸せそうだった。
『未知を選んでいない』『普通』の状態でも『誰かと一緒』なら幸せだったってことなのかしら?
「やっぱり、そこなんだ。」
「ノワールは『未知を選んでいない』のに幸せだった」
「この理由がまだ分かっていない」
「「分かってない……!!」」
あたしとノワールは口をそろえて言った。
分かってない……つまり未知だ。『未知の可能性』がそこにある。
家族と一緒にいたときのノワールは、未知を選んでないはずなのに、幸せそうだった。
理由があるなら知りたい。未知を解き明かしたい。
「でも、そんなのどうやって確かめるのよ?」
「それは分からないけど、そうだな面白そうなことならあるよ」
「……面白そうな、こと?」
八咫鏡の声は楽しそうで、鏡面から強い光が出て激しく点滅している。
喜びの表現なのかしら。
「ノワールの頭の中で、家族を妲己に置き換えてみるんだ」
「普通で幸せだった『家族』と、ひたすら未知を選び続けてる『妲己』を入れ替えたら面白そうじゃない?」
確かに面白そうだけど……。
「それでノワールが『普通』でも幸せだった理由が分かるの?」
「さあ?でも、いかにも楽しそうだと思わないかい?未知に繋がりそうな予感がするだろう?」
「それに未知にハズレなんかないじゃない。ハズレてより分からなくなったら新しい『未知』が生まれるだけでしょ?」
それはそうだ。あたしは『ハズレでも新しい未知が産まれる』という言葉が気に入って、八咫鏡の意見に同意した。
「……分かった。やってみる」
ノワールもウキウキしているみたいだ。目をつぶって、考えに没頭し始めた。
そしてうわ言のように、少しずつ言葉を発していく。
「妲己と夕ご飯……」
何を話すかな。
どんな反応かな。
何を作るかな。
どんな顔するかな。
そんな風に呟きながらノワールは、いつの間にかあたしのことを見つめていた。
ちょっとドキッとする。
でも、やっぱりすごく楽しそうだ。相手があたしでも『普通』で幸せってことなのね。
そう思っていると、突然八咫鏡が大きな声を上げた。
「そうだ。ノワールは夕ご飯の場面を思い浮かべていたはずなのに、口にしたのは妲己の行動や思考だった」
「何をするか、何を話すか。そういうものを次々に思い浮かべて、実際にそうする瞬間を楽しみにしているように見えた」
「……そこにヒントがある気がする。だって『楽しみにしてる』ってことは、まだノワールにとって【未知】なんだ」
『楽しみにしてる』から未知?
しかもノワールが楽しみにしているのは、あたしの『行動や考え』?
確かに、ノワールが口にしていたのは、あたしのことばっかりだったっけ。
八咫鏡の言葉は、たぶん何か大事なところに触れてる。けど、まだうまく掴めない。
「……そっか。『特別』だからワクワクするんだ。相手がセレナ姉様やルナ、妲己だから、何をするかも、何を話すかも分かってても、その『いつも通り』の時間を、また皆と一緒に過ごせるのが楽しみなんだ」
「そういうことだ。ノワールはいつも、『一緒に過ごす時間』を楽しみにしている」
「だからその先には、まだ過ごしていない『一緒の時間』が、これからもある」
「それが、ノワールにとっての【未知】なんだね」
「どっちも未知なんだ」
「二つの異なる未知だね」
「でも……確かにこれも未知だってことは分かるけど、だとしたらあたしとノワールが選んできた“未知”と、今八咫鏡が言った“未知”は、あまりにも別物じゃない?」
「そうだね。だったら、何が違うのか?それによって、未知が変わるなら調べる価値がありそうだ」
セレナ達といた頃の未知は、まだ過ごしていない『一緒の時間』。
でも、あたしとノワールが選んできた未知は、何も分からない真っ暗な未来に踏み込んで、それでも離れたくないから『必ず見つける』と決めた未知だ。
同じ【未知】なのに、形が違いすぎる。
だったら――その違いを作ってるのは、ノワールが一緒にいる『相手』なんじゃないの?
「二つの未知で違うのは、『相手』だけみたい」
「だったら、相手が変われば未知も変わるんじゃない?」
「……そうか。『一緒にいる人』が変われば、未知の形も変わるんだ」
「だったら……もし、そこにもう一人加わったら……」
鏡面が細かく明滅する。
何かを思いついたのに、言葉にならないみたいだった。
「れ、恋愛の可能性……!」
「だって一緒にいる人がもう一人増えたら、未知だってもっと大きく変わるはずだろう?」
もう一人増えたら、未知がもっと大きく変わる……それは分かる。
でも、こんなことを言うってことは、八咫鏡がその三人目になるってこと?
だったら――あたし達の未知は、どんなふうに変わるんだろう。
「ボクが加われば、ボクも君達も互いに影響を受ける。だったら、ボクの本質――『恋愛の可能性を観察すること』も、君達の未知に影響するはずだ」
「それは、君達二人だけでも、ボク一人だけでも辿り着けない未知の選択肢になる」
「恋愛って、ノワールと!?」
「……私達が?」
悪くはないけど、本当にそんなことあるのかしら。
でも、考えたこともない。それだけ未知なら……ちょっと面白そう。
だったら、否定する理由なんてない。
第一、ノワールとはもう仲良しだ。
でも、その先にまだあたし達が知らない『仲の良さ』があるなら、それってすごく楽しそう。
「私が知らない『仲の良さ』があるなら、それを妲己と体験できるなら……すごく楽しいはず」
「『知らない』仲の良さだって?」
「そうか……君達が求めているのは、未知の関係、未知の感情なんだ」
「つまり、ボクが加わったことで、君達は『恋愛』という知らない『仲の良さ』に興味を持ち始めたんだ」
「だったら、ボク達三人が作る新しい未知には、『恋愛』が含まれる」
「ボクも、その未知がどう育っていくのか観察してみたい」
「そう……、恋愛こそ私達の知らない『新しい未知』なんだ」
恋愛、それはあたし達が知らない『仲の良さ』だ。
八咫鏡が加わるだけでも、未来は大きく変わる。
それだけじゃない。
ノワールとの『仲の良さ』まで、あたし達が知らない形へ変わっていくかもしれない。
一体どんな未来になるんだろう。
想像もできない。
だからこそ、すごく楽しみだった。
「あたし達3人の恋愛、どんな未知に繋がるのか楽しみね!」
「3人の……恋愛!」
「そうか……ボクも、恋愛の当事者になる可能性があるんだ」
八咫鏡の光が強まる。
自分まで恋愛の当事者になるなんて、考えてもみなかったのかも知れない。
驚いているのか、それともワクワクしているのか。
あたしには、まだ分からなかった。
「ボクが!? ボク自身がだって? ボ、ボクは自分の恋愛なんて観察したことがないぞ」
「ボク達の恋愛は、これまでボクが観察してきたどの『恋愛の可能性』とも違う。ボクがまだ全然『知らない』可能性だ」
「ふははっ。これは面白いことになりそうだ。こんな『知らない』可能性を観察できるなんて、素晴らしい!」
「つまり……ボク達三人とも、『恋愛』はまだ何も知らないんだ」
「だからこそ『恋は未知』なんだ」
「しかも、その未知は三人でしか生まれない」
これまでの八咫鏡の言葉と、あたし達自身の考えからすれば、迷うことなんて何もなかった。
「そうね!3人になることで、あたし達の『仲の良さ』が『知らない』ものに変わっていくなら、絶対楽しいわ」
「私達がまだ知らない……『必ず見つける』の先にある未知があるなら、妲己と八咫鏡と一緒に……たどり着きたい」
「では、準備は整ったね」
「ノワール。ボクを鎮めてくれるんだろう?」
そうだった。
あたし達は、八咫鏡の暴走を鎮め、七つの超次元による虹次元共鳴を安定させるため、この伊勢神宮ダンジョンへ来たんだった。
未知を追い続けるうちに、その目的さえ頭の片隅へ追いやられていた。
「じゃあ、これまでの階層と同じね。ノワールのハープで、貴方を鎮めるわ」
「……分かった」
「この伊勢神宮ダンジョンで経験したこと。そして、これから歩いていく『新しい未知』を、私のハープに込める」
ノワールがそう言うと、空間から静かにハープが姿を現した。
そっと弦へ指を添える。
そして――演奏が始まった。




