ラミエール王の失墜
淡い光が到達すると、ずるりと勝手に翼が引き出される。その感覚に逆らわずに、シンは人化を解いた。
天使招聘は、一番近くに存在している天空の女神の部下を呼び出して、助力や助言を求めることが出来る。天空神殿、大神官に伝えられている奥義の一つだ。
祭事の時などに行われる事もあるが、ほとんどの場合何かが応えて現れるなんて事はない。
稀に現れるとしても、ごく小さな神霊の更に分霊体だったりする。
それでも人々の間では、神聖な存在を呼び寄せるとして、最高位に分類されている神術だ。
それが正しく発動した。
「あっ…あっ…っ」
奥にいる大神官が、ひきつった様な声を漏らす。
シンにも、大神官と繋がった感触があるので、彼は逆に天使の膨大な力に触れていることだろう。
その神力に驚愕の声を上げ、霊の外縁を見上げて山を仰ぎ見るかの如く畏怖すると、尻餅をついた。
だが、その繋がりは僅かな間でしかない。
シンの首元に隠れていた光輪が、輝き頭上に移動すると一つ声明が心の中に流れる。大神官とシン、二人にしか聞こえないモノだが、それはハッキリと告げた。
『最上位存在の神勅により天使招聘は強制解除されます』
そして繋がりは一瞬にして解かれ、消滅する。
「な…ぁ…ひっぁあーー」
それを聞いたであろう大神官は、半狂乱になって叫ぶと、這いずるようにその場から逃げ出して行ってしまった。
「……貴方が逃げてどうするんですか」
シンは思わず呆れて呟いてしまったが、アルカディア王国側はもっと切実に怒りを込めて、同じ様な事を思っていた。
この場を、大神官が放棄したら残された者は、どうすればいいと言うのだろうか。
「……っ」
交渉を申し出た貴族たちも、なにも言えずに後退りしただけだった。
やっと此方の思惑通りになったと、一息吐きたいのを我慢して、テラスの縁からふわりとシンは中に降りる。
軽い羽ばたきで、その場に展開されていた結界の魔方陣を全て消し去ると、ラミエール王への道が出来ていた。
「ど、どうして……なぜじゃ!?」
シンが二本の双曲剣を携えて近付くと、初めて国王自らが声を発した。
後の事を考え、直接の発言を控えていたのだろうが、事態は最終局面を向かえて、我慢も限界だったのだろう。
「儂は天空の女神を信仰しておる敬虔な信徒だ!」
そう、ラミエールは叫んだ。
アルカディア王国は、建国の経緯もあって6割以上の民が天空の女神を信仰している、何も珍しいことではない。
だからこそ、大勢居る近衛兵も側近も、誰一人ラミエール王を庇おうとしない。
いや、信仰の対象を目の前にして、動く事が出来なかった。
「他の異端の宗教を廃し、わしは女神様の為に……」
「……」
シンは口を開こうとして、光輪が警告の光を強く発するのを感じて止める。
こんなところで、神の一撃など発動させては元も子もない。
だから無言で更に数歩進み。
そして無造作に剣を振った。
「ひぃ!」
ラミエール王が真っ二つに切り裂かれる、誰もがそれを予見し皆目を背けた。
しかし、血飛沫は何時まで待っても吹き上がらず、命は失われない。
一番不思議に思ったのは、恐怖に失禁し椅子から転げ落ちた、ラミエール王自身だっただろう。
光がいつの間にか消えて、気が付くと幻のように天使は消え去り、王は生き残った。
ピクシーに化かされた様に、多くの者が混乱する中誰かが「あっ」と声を上げる。
ラミエール王も自身の身体を確かめ、頭に触れたとき在る筈の物がないことに気が付いた。
周りを見回してもそれはない。
そう、先程の剣圧によって吹き飛ばされた王の象徴は、遥か城壁の下へと落ちていったのだ。
そして、城壁の下では、全てを見ていた人々が恐慌状態に陥っていた。
祈る者泣き叫ぶ者、怒りを露にする者、この場から一刻も早く逃げようと他人を押し退ける者と、渾然とした騒ぎになっている。
彼らの頭上から、金色の冠が落ちてへしゃげるが、それを気に止める者は誰一人いなかった。




