不信心
世界がずれたと感じた。
その光景を見ていた者はそう答えた。
「あれはなんだ? 魔術なのか?」
「考えられませぬ、わしらが張っておりました魔術阻害の結界はあの時点では壊されておりませんでした」
ジャラジャラと老人が動くと装飾が騒がしい音をたてた。
「遠くの物を斬る技や硬い物を斬る技はありますが……」
あんなものではないと軍職にある貴族は頭を抱える。
「ただ……」
そこで巨漢が口を開くと一斉に注目が集まった。
「ただ、本気で剣を振った……ただそれだけな気がします」
「な、何を言っておるのか!」
「そんなバカな」
「騎士団長殿は余程打ち所が悪かったらしい」
ざわめきと、嘲笑が起こった。
自分達に解らない事を、想定外の事を自分達の理解できる範疇に留めたいと彼らの心が、そう助けを求めているのだ。
それを誰が馬鹿に出来るのか、皆必死だった。
だが、国を運営していく頭脳達がこのままでは何も進まない。
「静まれ!」
この中で一番地位の高いものが騒然とする会議室を一喝する、その声は重みがあると言うより草臥れていたのだが。
「それではその次に起きた事はなんだ?」
その質問に辺りはシンと静まり返る。
そして徐々にある一人の人物へと視線が集まりだした。
「大神官」
呼ばれた法衣姿の男はダラダラと汗をたらし、助けを求めて視線を忙しなく動かすが、多数の責めるような貴族の視線を見付けただけだった。
法衣の男は他に仕方なく議場で立ち上がる。
「あの時お前が唱えた呪文は何だったのだ」
「あれは、その、はい……えっと……」
◇◇◇◇◇◇
神官服に似たシルエットの長い上衣の裾が強風に煽られてはためく。
シンの後ろでゴリアテの切断されだ腕の隙間から炎が吹き出して居るのがよく見えた。
掌を水平に切り裂いた斬撃はゴーレムの腕や肩を通って胸から上と下に分断し、ついでにその後ろに在った王城の尖塔を何個か刈り落としていた。
崩れるゴーレムの腕を踏み台にして、漸く王や、その側近達が居る城壁の端に到達し、強ばる彼らの顔を眺め。
そしてそこでシンは手詰まりしていた。
チラリと目をやる視線の先には必要以上に華美な法衣に身を包んだ男が必死になって祝詞を唱えているのだが、発動しそうな気配が全く無い。
「慈悲深き天空の女神よ哀れな我々の叫びを……」
文言は合っているのだが発動していない。これは単純に日々の修行が足りないのでは無いだろうかとシンは気付いて内心冷や汗をかいていた。
これではブロンタスの弟子たちと考えた作戦が継続不可能だと。
大神官のみに習得と使用が許されている神術をまさか使えないなんて考えても居なかった。
この、術が使えるからこその大神官だとシンたちの認識ではそう思っていたので、代案も考えていない。
「その御手で邪悪より護りたまえ……」
第一目標である精霊神殿の神官たちの救出は完了したのでこれ以上は欲張りだとは自覚しているのだが。
「我ら天空の御方の忠実なる信徒なれば、その力の使者を遣わせたまえ……天使招聘」
詠唱が終了し大神官がまた失敗する。
どこかで諦めなければならないのだろうか、とシンは悩んでいた。
一方、巨大なゴーレムを切り伏せる様な敵に眼前に迫られて、恐慌状態に陥っていたアルカディア王国側はこの少しの間により僅かながら冷静さを取り戻しつつあった。
王国の武力を個人で打ち破るような相手だが、言葉が通じない魔物ではない。
ならば交渉が可能なはずだと、僅かな時間で彼らは考える。
此方を、簡単に皆殺しにできる相手が、こうして目の前で立ち止まっている。
その意味を推測するならば、直前になって貴族や王族を手にかけることを躊躇っているのか、もしくは何かの要望があるのかだと。
震えながらお互いに目配せし合い、そこでシンの一番近くに居た壮年の貴族が両手を上げて声を掛けた。
「待った! 待たれよ! 先程の戦い見事であった、さぞ名のある武人とお見受けする、此方には交渉の用意がある矛を収められよ!」
貴族の発言を受けて、最奥のラミエール王の方――正確にはその隣の天空神殿の大神官を見ていたのだが、周りの貴族たちは王を見据えているのだと思っていた――に向けていた視線を、シンは声を掛けてきた貴族に合わせた。
「交渉……?……」
話しかけられるとは、思いもしていなかったシンが鸚鵡返しに返答すると、貴族たちはあからさまにほっとした。
やはり言葉が通じると、そこに小さな希望を見いだして。
「望みはなんだ?なんでも用意しよう金か権力か?」
言葉に出して貴族は自身も違うと感じたのだろう、目を泳がせる。
そして、シンが現れた原因を思い出した。
「そうか……精霊神殿の神官たちを、助けに来たのだったな?」
「精霊神の復権が望みか?!」
すると別の貴族が叫ぶ。
その不用意な言葉にスッとシンの表情が消え。
押さえられていた魔力と神力が溢れだし、目に見えぬ圧力が場を一瞬で蹂躙する。
「な…」
「がっ」
心の弱い者は、その場で意識を失い、強い者も膝をついで身動ぎさえ出来なくなった。
「精霊神様の復権ですか……主の盟友であらせられる精霊神様の、何かが人間の取り決めや思惑で、左右されると思っているのですか?」
シンの静かな問いに、答えられる者はいない。
ラミエール王でさえ、凍えるような恐怖にただ、目を見開いて固まるばかりとなっていた。
ただ、大神官の祈りがとうとう悲鳴混じりの叫びに変わり――
「ひぃ……女神様女神様女めが、ざま……天使招聘!天使招聘!天使招聘ぃい!!」
何度目の呪文だったのか、シンの威圧を受けて命の危機に際した必死さが、とうとうそれを成功させる。
淡い、本当に淡い白い光が、大神官が握りしめる聖なるシンボルから出ると、シンに向かって進んでいった。
自分であばいたら流石に信じるだろう大作戦です()




