【第5話】
目が覚めたら、病院のベッドだった。
白い天井。消毒の匂い。窓の外が、夕暮れ時の橙色に染まっていた。
「青葉!」
母の声がした。
「よかった、よかったわ……」
目が赤い。ずっと泣いていたのだろう。
「命の心配はないって言っていただけるまで、震えが止まらなかったのよ」
「……ごめん、心配かけて」
「全くだ」
父が静かに言った。
「どこも異常はない。だいぶ体力を使ったらしく、打撲と擦り傷はあるが、骨も折れていない。まあ、それは不幸中の幸いだったな」
「そっか……」
しばらく、三人で黙っていた。
言わなきゃいけないことがたくさんあった。
でも、どこから話せばいいかわからなくて、少しの間、天井を見ていた。
「……ごめん。うまく言えないけど」
ゆっくり、話し始めた。
今日100.0の能力検査結果が出たこと。推薦という名の進路がいきなり決まってしまったこと。でも自分の能力が何なのかはわからないこと。
帰り道に事故があって、動けなくなっている女の人を見つけたこと。
「今までの僕だったら、自分にはどうにもできないからってあきらめていたと思う。でも今日、自分には大きな能力があるって言われて。能力があるのに良い人でもいられないっていうのが、凄く嫌な気持ちになって」
うまく整理できないまま、ただ思ったことを並べた。
「いろんな気持ちが湧き出てきてた時に、現場に目を向けたら、このままじゃ本当に死んじゃうなっていうところにいた女性とたまたま目が合って。すべてを諦めた絶望的な顔を見たら、身体が勝手に動いてしまったんだ」
「僕は父さんみたいな良い人になってみたかったのかな」
父が、ため息をついた。
怒られる、と思った。
「俺みたいにって言われてもな。俺だってただの善人じゃない。家族が危険な目に遭っていたら、汚いことや卑怯なことだってなんだってやるさ」
少し意外だった。
軽く笑い出した父が続けた。
「お前は俺をなんだと思ってるんだ。お前らの方が知らない人間より大事に決まってるじゃないか」
父は少し前のめりになってまっすぐ僕の瞳を見つめている。
「生きていく上で、理想とか、自分のことをカッコいいと思えるのは大事だと思うんだ。嫌なやつがいたって、それでもこっちが良い人間であり続けたら、能力では相手より弱くたって、俺はな、勝ったぞ、って思ってるんだよ」
「……うん」
父は少し声を落として言った。
「命を危険にしてまで良い人でいる必要はないんだ。もし青葉があの人を助けず逃げたとしても、俺はお前を責めたりはしないし、お前の無事を喜んださ。でもな、俺はそんなお前のことを、自慢の息子だと思ってる。俺なんかよりずっと立派な人間だ」
父がまるで迷子の子供をあやすように頭を撫でてくる。
目が、じんとした。
父は湿っぽい話は終わりとばかりに椅子に座り直し、笑いながら言った。




