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ごく普通の高校生に、史上最高の数値が出た。その意味を、世界もまだ知らない  作者: 冥土の土産屋


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2/11

【第2話】

朝、家を出る前に父と少し話した。

「青葉、今日は検査か」

「うん。まあ、三十分で終わるらしいよ」

「そうか。何が出ても、気にするなよ。数字がお前の全部じゃない」

「わかってるって。父さんたちと同じで、どうせ大した数字は出ないよ」

 父は少し笑って、いつものように鞄を持って出ていった。

 まさか、その日の夕方には家族全員の人生が変わっているなんて、この時は誰も思っていなかった。

 父の名前は雪村晴希(ゆきむらはるき)という。

 能力は、名刺交換をするほど少しだけ身体が頑丈になるというもので、おかげでうちの父はやや筋肉質だ。「やや」がポイントで、ゴリゴリに鍛えた感じではなく、なんとなく健康そうに見えるくらいの。普通のサラリーマンだ。朝早く起きて、スーツを着て、鞄を持って、電車で会社に向かう。ビジネスに直接役立つかと言われると微妙だ。

それでも父は、毎朝スーツを着て電車に乗って、頑張って仕事をしていた。少し前に転職して職場環境が良くなったとかで以前よりも元気になった気がする。

ちょっと給料が良くなったみたいで、旅行に連れて行ってくれたりもする。

家族のために頑張って働き、家族とささやかだけど幸せな家庭を守る。

それが父の毎日だ。


でも子どもの頃、父と出かけた時のことを今でも覚えている。

父が街で財布を拾って、持ち主に声をかけようとした時だった。財布を落としたのは、いかにも裕福そうな中年の男性で、服装から振る舞いまで、一目で能力上流層だとわかった。

「あの、これ落とされましたよ」

 父が声をかけた瞬間、男性の顔が変わった。

「貴様、何の真似だ。それは私の財布だぞ!盗んだのか!」

「いえ、拾って——」

「言い訳をするな!一般の連中は努力もせず、人から金を盗むことしか考えていない俗物ばかりだ!警察には通報しないでおいてやる!」

 そう言い放って、財布をひったくるように受け取って、去っていった。

 父はずっと、穏やかな顔をしていた。

 怒った様子もなく、ただ「いってらっしゃい」とでも言うような表情で、男性が去っていくのを見送っていた。

 僕は悔しかった。情けなかった。怒ってくれれば良かったのに、何か言い返してくれれば良かったのに、と思った。

「父さんは悔しくないの?」

 帰り道に聞いたら、父は少し笑って言った。

「良い人を演じておきなさい。いつかそれが演技ではなく自分そのものになっていくから」

 今も、その言葉の意味が、うまくわからない。

「お前には俺が情けなく見えるかもしれないが、俺はお前たちが元気でいてくれればこのくらい大したことには思わんさ。」

 そう言って僕の頭を優しく叩きながら歩きだした父は最初から良い人間に見える。だから「演じる」という感覚が、ピンとこないのだ。

 検査会場は、市の総合体育館だった。

 入口から長い行列ができていて、同じ年の見知った顔もちらほらいた。

「なあ、40超えたら勝ち組ってマジ?」

「マジらしいぞ。40超えで企業からスカウト来るって」

「うちの親戚、35で地元じゃ神扱いだったらしい」

「オレは20でいいわ。目立つと面倒くさそうだし」

 前に並んでいた別の高校の男子たちが、そんな話をしていた。

 勝ち組、か。

 僕には関係のない話だな、と思いながら列に並んでいた。

 検査は、あっという間に終わった——はずだった。

 手をかざして、数値を待つ。ほんの数秒のことだ。

 それだけのはずだったんだ。

 装置のモニターを監視していた担当の検査員の顔が、固まった。

 慌ててキーボードを叩き出し、もう一度、機械を確認した。隣の検査員に何か囁(ささや)いた。立ち上がったその検査員も、機械を覗き込んで、固まった。

 嫌な予感がした。

「……100.0、ですか!?」

 検査員が、声に出して言った。

 静かだった検査場に、ざわめきが走った。

「え、100.0?」「……それって本当?」「おかしいだろ、70以上ですら滅多に出ないのに」「あり得ない……」

 待っていた他の受検者たちが、ざわざわし始めた。検査機の前にたくさんの十八歳の若者を誘導していた担当者が騒ぎを察知して慌てて飛んできて、検査員に何か耳打ちしている。

 能力上流層と呼ばれる人々でも、70を超える人間なんてまず見ない。それほどの数値が、この大人数の中で出た。

 100.0。

「し、失礼しました!雪村さん、申し訳ありませんが、少々確認が必要でして——」

「雪村って誰だ?」「え?雪村ってうちの高校の雪村くんのこと?」「そんなやついたっけ?」「おいおい」

 そのあたりから、会場がにわかに騒がしくなった。

 僕は自分の手をぼんやりと見た。何も変わっていない。普通の手だ。これで100.0が出たのか、という実感がまったくなかった。

 そこでさらにもう一人、黒服の大人がこちらに向かってきて、先ほど確認が必要と言っていた検査員に職務に戻るように指示を出している。

「大変失礼いたしました。雪村様、よろしければ別室にご案内させていただけますでしょうか」

 明らかに検査員よりも偉いであろう黒服の人が、深く頭を下げながら出口の方へ手を向けた。周囲の視線が、全部こちらを向いている。

「ちょっと待って、あの人が100.0なの?」「見た目普通の子だよね……」「それで勉強もしてないとしたら能力上流層入り確定だよな」

 聞こえてくる声が、現実感を持たなかった。

 廊下に出て、黒服に誘導されながら歩いた。頭の中が、うまく動かなかった。

 別室に通されて、しばらく待っていて欲しいと言い、黒服の人は外に出ていった。

しばらく待っていると、ノックの音がした。ドアの方を向くと、ゆっくりとドアが開いた。

 入ってきたのは、さっきの黒服の人と、上品なダークグレーのスーツ姿の中年の男性だった。

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