【第5話】青い炎
掌に、火が灯っていた。
小さい。ろうそくの先くらいの、頼りない火。
でも、青かった。
夏の光の下でも見間違えようのない、深い、澄んだ青。
「……は?」
斬矢の声が、裏返った。
周りのざわめきが、一瞬で消えた。訓練場の隅で、体格のいい男子が「う、うっそやろ」と呟いたのが、やけにはっきり聞こえた。
「なんだよ、それ」
斬矢が、一歩下がった。
「なんだよそれって、聞いてんだよ!!」
答えられなかった。僕にもわからない。腕の熱に導かれるまま手を開いたら、これがあった。それだけだ。
ただ、不思議と怖くなかった。自分の掌の上にあるそれは、昨日のトレーラーの炎とは全然違うものに感じられた。
「ふざけんな……ふざけんなよ……」
斬矢の肩が震えていた。怒りなのか、それとも別の何かなのか。
「俺が、何年——」
声が途切れて。
「この、猿真似野郎がァァッ!!」
炎の壁が、押し寄せてきた。
考える間もなかった。とっさに掌を突き出した。
青い小さな火が、迫るオレンジの炎に触れた瞬間——炎が、食われた。
接した部分から、斬矢の炎がかき消えていく。音もなく、煙もなく、ただ青に触れた端から存在ごと消される。
でも、全部じゃない。
消しきれなかった熱が頬の横を抜けて、うしろで何かの焦げる匂いがした。
「なんで、なんでだよ!!」
二撃目。三撃目。炎の勢いは増していくのに、狙いはどんどん荒くなっていく。僕は避けて、掌で受けて、また避けた。反撃なんてできない。やり方を知らない。ただ、この小さな青だけが僕を守ってくれている。
息が上がってきた。
視界の端が、ちかちかする。まずい。身体の底から何かがごっそり抜けていく感覚があった。掌の青が、ひとまわり小さくなった。
「おらどうした! 消えかけてんぞその火!!」
炎が膨れ上がる。今までで一番大きい。
あ、これは受けきれない——
そう思った瞬間、目の前に銀色の壁がそそり立った。
液体みたいに流れる金属が、瞬きの間に僕と炎の間で盾になった。轟、と音がして、炎が壁の向こうで散った。
「——間に合った」
畑山さんの声。
その横を、影が駆け抜けた。
三島さんだった。手にした剣が横に走って、宙に残っていた炎を払った。斬られた炎が、嘘みたいに消えた。
「そこまで、にしましょうか」
静かな声が、訓練場に通った。
平山さんだった。入所手続きの引き継ぎで、今日は施設に来ていたらしい。
平山さんは僕と斬矢の間に、ゆっくりと歩み出た。
「不知火斬矢くん。施設の中で、しかも人に向けて能力を使うのは、重大な規則違反です。ご存じですね」
「……っ」
斬矢の炎が、腕の上でぐらりと揺れて、消えた。
駆けつけた職員が二人、斬矢を挟むように立つ。斬矢は抵抗しなかった。ただ、僕の掌を——もう火の消えた僕の掌を、じっと見ていた。
「……なんで」
連れられて歩き出しながら、斬矢が言った。誰にでもなく、こぼすみたいに。
「なんで、お前なんだよ」
その声には、さっきまでの棘がなかった。だからかえって、耳に残った。
張り詰めていたものが切れて、僕はその場にへたり込んだ。掌を見る。青い火はもうない。ただ、じんわりと熱の名残だけがあった。
「青葉くん!」
畑山さんと三島さんが駆け寄ってくる。
その後ろで、平山さんが一人、僕の掌をじっと見ていた。
「……青、でしたね」
誰に言うでもない、小さな呟きだった。




