【第6話】すみません、が多い日
「申し訳ありませんでした」
医務室のベッドの横で、畑山さんが深々と頭を下げた。隣で三島さんも、無言のまま頭を下げている。
「護衛でありながら、初日からあなたのそばを離れました。言い訳のしようもありません」
「そんな、頭を上げてください」
僕は慌てて手を振った。検査の結果、体力の消耗以外はどこも問題なし。少し休んだら、もう普通に動けるようになっていた。
「打ち合わせだって必要なことだったんですし。それに、いきなりこんなところでこんなことが起きるなんて、普通は思わないですよね」
「……青葉くん」
「僕が勝手に飛び出したのが一番の原因ですから。ええと、その、次からはもうちょっと考えてから動きます」
畑山さんと三島さんが、顔を見合わせた。
「……お前、本当にいいやつだな」
三島さんがぼそっと言った。
「え?」
「いや、なんでもない。とにかく、今後は距離を詰めさせてもらう。文句は言うなよ」
その言葉の意味を、僕はこの後すぐ、身をもって知ることになる。
医務室を出ると、廊下に女の子が立っていた。
訓練場にいた、あの子だった。両手を身体の前できゅっと握って、僕を見上げて、それから勢いよく頭を下げた。
「あのっ……! ありがとうございました!」
「あ、いえ、こちらこそ……えっと、こちらこそ?」
助けたお礼にこちらこそはおかしい。頭がまだうまく回っていなかった。
女の子が、ふ、と小さく吹き出した。
「風森すみれです。植物の能力で、ここには研修で来てて……その、庇ってもらったのに、私、何もできなくて」
「雪村青葉です。何もできなかったのは僕も同じですよ。ほとんど逃げ回ってただけなので」
「でも、立ってくれました」
すみれさんは、まっすぐ僕を見て言った。
「あの人たちに囲まれると、いつも、誰も何も言わないから。……立ってくれた人、初めてだったので」
いつも。その一言に、彼女がここで過ごしてきた時間が滲んでいた。
「蔓、千切られちゃいましたね」
「あ、あれは大丈夫です。植物は、また伸びるので」
すみれさんはそう言って、少しだけ笑った。強い子だな、と思った。
その時、廊下の先で声がした。
「だから、消してくださいと申し上げています」
真柴さんだった。入所者らしい男の人の前に立って、その手元のスマホを指している。
「い、いいだろ別に。あんな珍しいもん、撮るなって方が」
「どなたであっても、施設内での無断撮影はプライバシーの侵害です。撮られたのがあなたでも、私は同じことを言います。消去を」
声は静かなのに、有無を言わせない圧があった。男の人はぶつぶつ言いながら、その場で動画を消した。
「……真柴さん、ちょっと怖くなかったですか」
「規則ですので」
戻ってきた真柴さんは、いつもの調子だった。かと思うと、白衣のポケットからメモ帳を出して、僕の顔と掌を交互に見た。
「ところで雪村さん。あの青い炎、今もう一度出せますか」
「え……どうだろう。出し方、わかってないです」
「なるほど。対象を見た直後にのみ発現、の可能性。興味深い」
さらさらとメモが走る。
「明日の精密検査、楽しみにしています」
眼鏡の奥の目が、きらりと光った気がした。
なんだろう。助けてもらったはずなのに、実験動物になった気分がするのは。




