【第3話】真柴さん
案内された所長室は、思ったより普通の部屋だった。
「ようこそ。所長の坂東です」
白髪まじりの温和そうな男性が、立ち上がって迎えてくれた。
「雪村青葉です。よろしくお願いします」
「話は平山支局長から伺っています。まあ、緊張しなくて大丈夫ですよ。施設の使い方や細かいことは、職員や護衛のお二人がぜんぶ教えてくれますから」
「はい」
「私から言うことは特にありません。しいて言えば、食堂のカレーはおすすめです」
「……はい」
本当に特にないんだ、と思った。
「では青葉くん、私たちは所長と警備の打ち合わせがありますので、少しここに残ります」
畑山さんが言った。
「施設の案内は彼女が担当します」
所長室の隅に控えていた女性が、一歩前に出た。
白衣に、丸い眼鏡。歳は三十くらいだろうか。
「研究部の真柴真琴です。本日は施設をご案内します」
「じゃあ後でな。迷子になるなよ」
三島さんが軽く手を上げた。
真柴さんと二人で廊下に出た。
「まず研究棟から回りましょう。雪村さんの精密検査も、明日からここで行いますので」
「よろしくお願いします」
「歩きながらで結構ですので、いくつか伺っても?」
「あ、はい」
「昨日、瓦礫を砕いたそうですね。その時、何か感覚はありましたか。熱いとか、痺れるとか」
「えっと……腕の中に、熱いものが走った気がします。それで一瞬、意識が飛んだみたいになって」
「なるほど。発現の瞬間の記憶が曖昧、と」
真柴さんは白衣のポケットから小さなメモ帳を出して、歩きながら何か書き付けた。案内というより、もう検査が始まっているような気がした。
研究棟は、外観と同じで中も落ち着いていた。白い廊下に、測定室とか分析室とか、番号と一緒に部屋の名前が並んでいた。
「ここが第一測定室。一斉検査で使う簡易型と違って、能力の質まで測れます」
「質、ですか」
「数値は量です。何ができるかは質。雪村さんの場合、量は分かっていますが質がまったくの未知数なので」
未知数、という言い方が、少しだけ嬉しかった。化け物とか異常とかじゃなくて、ただの未知数。
研究棟を出て、渡り廊下から屋外の訓練場が見えた。
広い。学校のグラウンドの倍はありそうな敷地に、的や障害物が並んでいる。奥には体育館みたいな屋内訓練場もあるらしい。
その訓練場の隅で、誰かがしゃがみ込んでいるのが見えた。
女の子だ。僕と同じくらいの歳だろうか。地面に手をついて、じっと何かをしている。
彼女の手元から、細い緑の蔓がするすると伸びて、支柱に巻きついていくのが見えた。
「あれは……」
「入所者の方です。植物系の能力の。熱心な方で、いつも自主訓練をされています」
植物を操る能力。初めて見た。蔓は生き物みたいにしなやかに動いて、編み込まれるように形を作っていく。綺麗だな、と素直に思った。
その時だった。
「うわ、また地味なことやってる」
訓練場の反対側から、よく通る声がした。
男子が三人、歩いてくる。真ん中の一人は、遠目にもわかるくらい高そうな服を着ていた。
「なあ、雑草いじりって能力っていうのか?」
しゃがんでいた彼女の肩が、小さく震えたのがわかった。
真柴さんが、眼鏡の奥で目を細めた。
「……またあの子たちですか」
その声が、さっきまでと違って硬かった。




