【第1話】畑山さんと三島さん
車は静かに走り出した。
助手席と運転席に黒服の二人、後部座席に僕。
窓の外を眺めながら、昨日一日のことを思い返していた。昨日の朝、検査会場に向かったのがもう遠い昔のことみたいだ。100.0。平山さん。事故。炎。吹っ飛ばされて。病院で父さんと母さんと話して。
頭の整理が全然追いつかない。
しばらく走ったところで、助手席の黒服が少し振り返った。
「雪村くん、少しよろしいですか」
穏やかな声だった。平山さんとも、病院に来た時の無言のままの印象とも違う。
「はい」
「改めて自己紹介させてください。私は畑山信之と申します。今日からしばらく、あなたの護衛を担当します」
畑山さん、と心の中で繰り返した。
「三島豪。よろしく」
「雪村青葉です。よろしくお願いします……」
少し間があった。
「硬いな」
三島さんがバックミラー越しにこちらを見た。責めているわけでも、からかっているわけでもない。ただ事実を確認するような、あっさりとした口調だった。
「初対面ですから」
「俺たちのこと、刑事みたいだと思ってるだろ」
「……思ってないです」
「顔に出てる」
同じ調子で言われると、なぜかこっちが笑いそうになった。
「三島、先に怖がらせてどうすんだ」と畑山さんが苦笑した。
「事実を言っただけだ」
二人のやりとりを聞いていたら、なんとなく肩の力が抜けた。
「入学まで、ずっとそばにいてくれるんですか」
「そうです。施設の寮では外で待機することになりますが、基本的にはどこに行くにもご一緒します」
「ずっとって、けっこう長い期間ですよね」
「それが仕事なので」
三島さんがあっさり言った。僕はそうですかとしか言えなかった。
しばらく走って、畑山さんがまた口を開いた。
「ところで青葉くん、入学する大学はもう考えていますか。能力スコアが高ければ選択肢もいくつかあると思いますが」
大学。
そういえば、全然考えていなかった。昨日の朝まで、大学がどうとか進路がどうとか、そういうことを考える必要すら感じていなかった。能力がよくわからなかったし、エリートの大学なんて自分には関係ないと思っていた。
「……正直、何も考えてなかったです」
「そうですか」
畑山さんは責めるわけでもなく、そう言った。
「参考になればですが、私たちは二人とも国立秩父大学の出身です」
「秩父大学」
「はい。関東圏の高能力者向けの指定校です。戦闘系の能力を中心に伸ばす大学ですが、研究職や技術職など他の専攻もありますよ」
「戦闘系……」
僕はその言葉を噛み締めた。戦闘。昨日の爆発の熱を思い出した。あの瓦礫を砕いた時の感覚を。あれが戦闘というものの入り口なのだとしたら、僕はあんなことを一生続けていくのだろうか。
よくわからなかった。でも、続きが聞きたかった。
「お二人は今も現役なんですか?護衛っていうのは……」
「ああ、普段はダンジョンアタッカーをやっています」
三島さんが言った。
ダンジョンアタッカー。知識としては知っている。能力者が生まれ始めた頃から、世界中に特異点と呼ばれる異質な空間が出現するようになった。内部にはモンスターが出て、不思議なアイテムが手に入る——テレビのドキュメンタリーで何度か見たことがある。でも実際にアタッカーをやっている人間が目の前にいるのは初めてだった。
「どのくらいやってるんですか」
「卒業してから二人で組んで、もう十年になる」
三島さんが答えながら、ダッシュボードに置いていたカードケースを後部座席に滑らせてきた。受け取って見ると、顔写真付きのライセンスカードだった。Bの文字が印字されている。
「Bランク……これって」
「SからFまである。まあ、悪くはない」
頭の中の処理が追いつかなかった。昨日から情報が多すぎる。
「今回は平山さんからの依頼で、護衛業務を引き受けました。付き合いが長いので」
畑山さんが補足した。
「平山さんって、そういう依頼もするんですか」
「必要があれば。能力検証機構の支局長は色々と権限が広いので」
「平山さんは信用できる人ですよ。多分もう伝わってると思いますが」
畑山さんがそう言った。三島さんはバックミラー越しにこちらを見た。
「……なんとなく、そんな気はしてます」
正直に答えたら、二人とも少し笑った。車の空気が、最初よりずっと軽くなっていた。




