幽体離脱バウト
ある日、工房に明るい雰囲気の元気っ子がやってきた。
気だるそうな瞳にとんがり気味の唇、脱力した眉、厚めのメイク。ちょい黒。
そしてセーラー服にルーズソックス、ゴテゴテに盛られたスクールバック。
別世界の人なんじゃないかなぁ……。
マルシュの元気印と似ているが、それよりカラッと明るい。
見るからに陽キャのオーラを放っていた。
「ここフォルんち? 勝負したくて来たんだけど」
心当たりがなくて僕は首を傾げた。
「ほら。この間、幽体離脱S+++もらってたぢゃん? あーしも幽体離脱マイスターなんよね」
彼女の腕にはトライのブレスレットが付けてあった。
見た目の年齢の割に凄腕の持ち主だ。
「あ、名乗り遅れた。あーしは館林 優花。幽体離脱のユーカで通ってるからヨロぴく」
工房の皆はポカーンとしていたが、僕にはわかった。
この人は相当できる……と。
「でぇ、道場破りにきたんだけど。そのトライバッジ、もらうかんね」
非公式ではあるが、マイスターが勝負して勝つと相手のバッジを奪えるシステムがある。
これが道場破りというわけだ。
ユーカはブレスレットをゴッテゴテに盛っていた。
スロットには大量のバッジがハマっている。
今までいくつもの使い手を破ってきたのだろう。
彼女からはそんな自信が溢れ出ていた。
別に幽体離脱に愛着があるわけではないが、勝負を挑まれたからには負けるわけには行かない。
それに、負けたらデカ・ハンドラーではなくなってしまう。
「ルールは簡単。幽体離脱バウトで勝ったほうが勝ち」
これにも首を傾げざるを得ない。
「うわまぢかー。にわかぢゃん。つまんねー。こりゃ勝ち確だわ。いいかぁ? 幽体離脱バウトってのは名前の通り、離脱状態での格闘戦のコト。バテて身体に霊体が戻ったら負け。あんまり意地張って粘りすぎると帰ってこれないから気をつけろし」
自分がでは満足していたが、この界隈も奥が深いらしい。
「んぢゃ、とっとと雑魚蹴散らしておさらばすっかね」
そして2人はあぐらをかいて集中した。
工房のみんなは何が起こっているかサッパリだった。
一方、バウト開始直前から僕は一方的にボコられていた。
霊体同士の殴り合いだが、実際の殴り合いとそう変わらない。
ただ、まるで水中で戦っているような独特な感覚がある。
息が切れると身体に戻ってしまうのもよく似ている。
「うわぁ。おにいさんよっわ。ざっこ。弱いもんいじめしてもしょうがないしね。ほいアッパー!!」
ぐぼぼっ!!
気づくと僕は肉体にもどっていた。
先にもどったユーカは得意げにバッジを弾いた。
「残念。バッジも〜らい〜。あ〜おもんな」
だが、去り際に彼女は言った。
「あーしさー、完璧に勝たないと気に食わない派なんだワ。だから3日後にもう一回、勝負受けたげる。まぁお兄さんには勝ち目ないけどね。じゃ〜ね〜」
こうしてトライバッジは奪われ、ユーカは姿を消した。
これはなんとしてもバッジを取り返さねばならない。
フォルは色々と案を出したが、どれも効果がなさそうだった。
屋上で空を眺めているとパシャパシャと海面が波打った。
「なんやぁ、おもろいことやってまんな」
人魚のポテポテである。結局、工房の裏に住み着いたらしい。
「聞きましたで。ゆーたいりだつばうとちゅうんは水中戦に似とるいいますやん。わてとひ・み・つのレッスン。してみまへんか?」
彼女はとても愛くるしく、可愛らしいのだが、喋り方がアレなのが残念なところだ。
「修行方法は簡単。岩に海藻むすんでわてと殴り合うんですわ」
女の子に手を上げるなんてできるわけがない。
僕は首を左右に振ったが、人魚は不敵に笑った。
「アホいうたらあきまへん。わて、くさってもにんぎょやで。にんげんはんにすいちゅうでまけるわけないでっしゃろ。ささ、時間がないんや。はようやってみなはれ」
こうして僕は渋々(しぶしぶ)、海に潜った。
そして人魚に海底の岩むけて海藻を結んでもらった。
(ええなぁ? 苦しくなったら海藻を切ってくんなはれ。離脱しきっても負けやさかいな!!)
こうしてポテポテとの秘密のレッスンが始まった。
「ジャブ!! ジャブ!! 尻尾キーーーック!!」
何もできないまま僕はダウンさせられてしまい、海面に浮いた。
「こんなんで大丈夫かいな……」
こうして猛特訓がはじまった。
最初は人魚くらいとタカをくくっていた僕だったが、彼女の水中でのアドバンテージは凄まじかった。
動きは敏捷だし、一発一発が重く響く。
まるでプロボクサーと殴り合っているようだ。
いや、プロボクサーと闘ったこと無いけど。
「フック、ジャブ、アッパー!!」
それでもってポテポテがまず強いこと。
水中格闘大会があったとしたら優勝するレベルだ。
しかも空気を読まず手加減をしてくれない。
日に日にズタボロになっていく僕をみんなは心配してくれた。
一度は棄かすててもいいと思ったデカ・ハンドラーだったが、いざ失うとなると惜しくなってくる。
それに、もしもの時のために使うことになるかも知れない。
そう思えば思うほど幽体離脱のトライは取り戻さなければならなかった。
3日間、水に潜りっぱなしだと目を瞑っても水の流れが読めるようになってきた。
素早いポテポテの格闘をかわす。
「ほっ!!やりますな!!」
微動だにせず反撃の掌底を繰り出す。
「!!」
人魚は避けるのがやっとだ。
そして僕は必殺技を放った。
「マグナム・デコピン!!」
手加減したつもりだったが、ポテポテはふっとんだ。
「かんぺきやーがーなー!!」
彼女が戻ってくると、そこには沈んだフォルがいた。
「あかんで。ここはマウストゥマウスや!!」
そして2人は唇を重ねた。
「おっほほ。誰にも気づかれへん。イケメンイケメン約得役得!!」
こうしてユーカとのバウトが始まった。
「よく来たし。でもあーしもそう簡単に負けるわけにはいかねーんだわ。幽体離脱のユーカの名に泥をぬるわけにはいかねーし」
フォルは無言のまま構えをとった。
(出来る!! 別人か!?)
「いくし!! レディー……ファイ!!」
2人揃って精神が肉体を離れた。
フォルは心を落ち着けて気の流れを呼んだ。
それは水中の波紋とそれはよく似ていた。
瞳を閉じたまま、相手の手刀をかわす。
「!?」
カウンターで正拳突きを放った。
ユーカはそれをギリギリでかわした。
「奥義!! 百花繚乱!!」
華麗な連続蹴りがフォルを襲う。
だが、彼はそれをすべて避けきった。
そして、彼もカウンターで必殺技を放った。
「マグナム・デコピン!!」
その一撃はクリーンヒットし、ユーカを吹き飛ばした。
こうして僕はバッジを取り戻すことに成功した。
一方のユーカはブレスレットのバッジをジャラジャラと外した。
「すんません。あーしの負けです。煮るなり焼くなり好きにしてください」
彼女は号泣していた。メイクも滅茶苦茶である。
そんな彼女の肩を僕は叩いた。
「幽体離脱に終わりなし。諦めさえしなければどこにでもいけるんだよ……」
なんだか悟りを開いてしまった。
それを聞いたユーカは泣きついてきた。
「うっ、うっ、うっ、師匠〜〜!! 弟子にしてください〜〜!!」
こうしてまた変な弟子が増えたのだった。
待ってくださいっす!! 私、まともな弟子じゃないっすか!!




