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群青の貴公子

「……ガサガサガサガサ」


ナンシャンテは何かの物音で目を覚ました。


音の方を見るとフォルがひたすら何かを書いていた。


あれからもう何時間経っただろうか。僕は徹夜(てつや)でゴーレムの駆動機構(くどうきこう)の術式(じゅつしき)を設計していた。


ゴーレムの関節(かんせつ)や滑(なめ)らかな動きを実現するにはありえないほど繊細(せんさい)な工程(こうてい)が求められる。


ましてや人間に近いゴーレムともなればわずかな設計ミスが瓦解(がかい)を生む。


そのため一切の妥協(だきょう)は許されなかった。


一応、マリオネットという小型の人型(ひとがた)のゴーレムで関節(かんせつ)のチェックをしたりはするのだが、それとは理由(わけ)が違う。


その日も、一日を術式(じゅつしき)の構築(こうちく)に費(つい)やした。


徹夜(てつや)2日目。大きさはともかくとして、こんな精密(せいみつ)なゴーレムを作ったことはない。


関節(かんせつ)だけではなく、骨(ほね)、筋肉(きんにく)、肌(はだ)のハリ……意識しなければならないことが多すぎる。


少女のゴーレムは裸体(らたい)だったが、僕としては病院の患者(かんじゃ)か何かくらいにか思わなかった。


それでも人形(にんぎょう)と認識(にんしき)しないのはゴーレム故(ゆえ)の魔力(まりょく)だろう。


徹夜(てつや)3日目。不完全(ふかんぜん)ではあるが、だいぶ仕上(しあ)がってきた。


これなら新体操(しんたいそう)でもやらせない限りはボロがでないだろう。


「……ら」


「……こら!!」


脇(わき)を見るとナンシャンテさんが声をかけてきた。


「あんたもう3日も寝てないよ!! ぶったおれちまうから仮眠(かみん)をとりな!!」


僕は勧(すす)められるままにベッドに横たわった。


それを確認した監察官(かんさつかん)はフォルの座っていたデスクを上から覗(のぞ)き込(こ)んだ。


「どれどれ? ま、ちょっとだけ進んでれば及第(きゅうだい)……!!!!」


ナンシャンテは絶句(ぜっく)した。


「な、なんて精密(せいみつ)かつ大胆(だいたん)な術式構成(じゅつしきこうせい)!!私もやったことはあるけど、3日でこれを……!? 門外漢(もんがいかん)とはいえ、私が一ヶ月(いっかげつ)かかったのに!?」


彼女はおそるおそる振り返った。


フォルは呑気(のんき)にいびきをかいてグーグーと寝ていた。


「し、神童(しんどう)……いや、ば……バケモノだ。なんでこんな子が査定(さてい)にかけられたんだ……?」


丸一日(まるいちにち)、寝(ね)た後、僕は目覚(めざ)めた。


デスクの上の術式(じゅつしき)を再確認(さいかくにん)するとたしかにうまい具合(ぐあい)に仕上(しあ)がっていた。


そして僕(ぼく)は完成(かんせい)した術式(じゅつしき)を素体(そたい)に刻(きざ)み始めた。


刻(きざ)むとはいっても、実際には専門の顔料(がんりょう)でペイントするだけだ。


身体(しんたい)を制御(せいぎょ)する術式(じゅつしき)は朱(あか)、精神面(せいしんめん)を制御(せいぎょ)するのは蒼(あお)のペイントを使う。


防水仕様(ぼうすいしよう)なので、雨に濡(ぬ)れても平気だし、泳ぐことも出来る。


ゴーレムは脳で挙動(きょどう)を制御(せいぎょ)するわけではなく、この術式(じゅつしき)で行うことになる。


そのため、人間より高速(こうそく)に反応できるという特性がある。


もっともそれは副産物的(ふくさんぶつてき)なもので、あまり狙(ねら)って使うことはないのだが。


またもや丸一日(まるいちにち)かけて朱(あか)の術式(じゅつしき)を素体(そたい)に刻(きざ)み込(こ)んだ。


そして、人間の挙動(きょどう)をするゴーレムが完成した。


早速(さっそく)、動作(どうさ)テストをしてみた。


「よし、ラジオ体操第一(たいそうだいいち)、第二(だいに)はokだな」


監察官(かんさつかん)はずっこけた。


「なにそのヘンなダンス……。それはそうと、服(ふく)、着(き)せてやりなよ。もう術式(じゅつしき)は追加(ついか)しないんだろ」


興奮気味(こうふんぎみ)ですっかり忘(わす)れていた。


着替(きが)えはナンシャンテさんに任せた。


そして人の形をした、坊主頭(ぼうずあたま)のゴーレムが出来た。


この段階ではまだ性別がわからない。


幸い、髪(かみ)の毛や顔の造形(ぞうけい)の詳細(しょうさい)は監察官殿(かんさつかんどの)が手伝(てつだ)ってくれるらしい。


一番、怪(あや)しいところだったので僕はホッとした。


問題は蒼(あお)の術式(じゅつしき)だ。これはゴーレムの神経(しんけい)を司(つかさど)るもので、脳(のう)の役割(やくわり)を示す。


朱(あか)の術式(じゅつしき)よりデリケートで人格や性格を左右(さゆう)するものとなる。


これが鬼門(きもん)であり、調整(ちょうせい)が非常に難しい。


人間が人間を作るなんぞおこがましいと言わんばかりの障壁(しょうへき)だ。


かつて何人ものゴーレム製作者がこれに挑んだが、社会生活(しゃかいせいかつ)を送れるレベルには至(いたら)なかったそうだ。


人間の精神構造(せいしんこうぞう)を術式(じゅつしき)に置き換(か)えるのだから土台無理(どだいむり)な話ではある。


その前にまだ解決せねばいけない点がある。


刻(きざ)み込む人格(じんかく)の創造(そうぞう)である。いくら素体(そたい)が魅力的(みりょくてき)でも中身が伴(ともな)わなければ仕方(しかた)ない。


たとえ美少女でも狂犬(きょうけん)の仕草(しぐさ)をしていたら誰も近寄(ちかよ)らないだろう。


それは極端な話だが、全ての男性の理想と言われても雲(くも)を掴(つか)むようなものだ。


僕は頭をひねった。


「う〜ん、う〜ん、男性の理想ねぇ」


悩(なや)んでいるとラジオから歌が聞こえてきた。


「私のハートは土器(どき)!!土器(どき)!!遮光器土偶(しゃとうきどぐう)〜♪」


ナンシャンテさんはポツリとぼやいた。


「最近のアイドルとかわかんねぇわぁ〜」


それを聞いて僕に電撃(でんげき)が走った。すぐにコートを羽織(はお)って髪(かみ)を2つ編(あ)みにする。


「おっ、どうしたどうした!?」


監察官殿(かんさかんどの)は思(おも)わず跳(は)ね起(お)きた。


「アイドルですよ!! ア・イ・ド・ル!! 男性の理想の人格に近くないですか!? 僕、劇場(げきじょう)のあるクランドールへ行ってきます!!」


それからと言うもの、僕は連日、クランドールに通うようになった。


最初は周囲(しゅうい)を無視してガサガサと術式(じゅつしき)を描(か)いたりもしていたが、これは違うなとコールにのったり、サイリウムも振(ふ)るようになった。


1人の推(お)しを作るとゴーレムの質(しつ)が偏(かたよ)ることを懸念(けねん)し、キュート系(けい)からクール系(けい)までとにかく多くのアイドルと接した。


そして目に穴が開くほど彼女らを観察した。


いつしか、僕はその界隈(かいわい)で群青(ぐんじょう)の貴公子(きこうし)と呼ばれるようになっていた……。


「コンコンコンコン」


フォル。入るよ〜。


そこにはだらしなくベットに居座(いすわ)るオンナがいた。  


「よお、チビスケ。いらっしゃい」


その脇(わき)ではフォルが全力でコールとヲタ芸(げい)の練習をしていた。


「おーーーハイ!! おーーーハイ!! ハイハイハイハイ!!!!」


マルシュはそっと扉(とびら)を閉じた。


このわけのわからない日常の変貌(へんぼう)に涙(なみだ)を禁(きん)じ得(え)ない。


フォルがアイドル狂(きょう)になったというウワサはすぐに街中(まちじゅう)に広まったが、彼はそれを甘(あま)んじて受け入れ、無視(むし)し続けた。


その健気(けなげ)な姿を見て思わずナンシャンテも涙(なみだ)を流した。


「なんたるプロ意識!! 彼を再試験にかけるなんて協会の、いや、魔術界(まじゅつかい)の損失(そんしつ)だよ……」


ある日、僕はまた徹夜(てつや)を始めた。


なんというか、冴(さ)えてくると徹夜(てつや)するクセがあるようだ。


これは学生時代から変わらない。


呑気(のんき)にナンシャンテさんが寝ている横で、僕は図面に術式(じゅつしき)を書いては消し、書いては消しを繰り返した。


本当に監察官(かんさかん)なのかこの人は。通報(つうほう)したら査定(さてい)に引っかかるだろこれは。


夜風(よかぜ)に当たって目をつむるとアイドルたちが目に浮(う)かんでくる。


アイドルからは足を洗おうと思っていたのだが、あの甘美(かんび)な日々は忘れることが出来ない。


僕は頬(ほほ)を思い切りつねりながら人格構築(じんかくこうちく)を続けた。


そして3日後の朝、いよいよ人格(じんかく)を司(つかさど)る蒼(あお)の術式(じゅつしき)が完成した。


感覚(かんかく)を忘れないうちにすぐに刻印(こくいん)にとりかかった。


ナンシャンテさんは寝ぼけ眼(まなこ)でやってきた。


蒼色(あおいろ)の術式(じゅつしき)を朱(あか)の上からペイントしていく。


「フェーズ5。ゴーレムにサイン(魂名(こんみょう))を刻(きざ)む。これは消すことが出来ない」


監察官(かんさつかん)は指をさした。


「目立たないところがいいだろうねぇ。お尻(しり)とかか?」


そして僕は素体(そたい)の尻(しり)にFoll.B(フォル・バークライト)と刻んだ。


そして見た目の仕上げはナンシャンテさんがやってくれた。


その結果、どちらかといえば可愛(かわい)い系のゴーレムに仕上がった。


「うん。バッチリですよ」


「ほぉ。これはなかなか。あとは中身だが……」


僕はゴクリと息を呑(の)んだ。


「フェーズ7、起動!! いきますよ!! ゴーレム・バース!!」


そしてゴーレムの精神回路(せいしんかいろ)に火が灯(とも)された!!

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