礼節・マナーS+
苦労の甲斐あってコンパニオン・ゴーレムのティーリアがいい具合に仕上がってきた。
12歳前後だった精神構造を18歳程度まで引き上げることに成功したのだ。
だが、彼女は不思議な顔をした。
「フォル様。私の役割は″殿方の夜のお相手″をすることなんですのよね?」
あー、また誤解を招くようなこと言ってら。
「違う違う。″殿方のパーティーにご一緒する″ことだよ。着付けとか、テーブルマナーとかもあるけど、ティーリアなら息をするように出来るでしょ」
それを聞いたティーリアはあまり納得していないようで、なんだかしょげはじめた。
「コンパニオン・ゴーレムは同伴用のゴーレムなんですのね……。私にはミミィさんやボーンズさんちゃんのような特別なスキルが備わっていないのですね……」
ふーむ、部屋の中にいじけ虫が2人。嫌な雰囲気だな。
「コンコンコンコン!!」
ヤバイ!!マルシュが攻めてきた!!ぶん殴られる!!
「おーっす!! 今日はアップルパイだぞー!!」
暗い顔をしていた2人だったがそれを聞いて寄ってきた。
彼女らは外部での活動に備えて味覚を搭載しているのである。
戸惑いながら僕はマルシュに声をかけた。
「ま、マルシュ、この間はその……π(パイ)を……」
ひっかかれると思っていたが、彼女はウインクしてきた。
「しょうがないなぁ。あたしとフォルのヒミツだかんね。大丈夫。アルテアも許してくれるってよ。ニシシ!!」
この時のマルシュは仏様か何かに見えた。
本当にありがとう。
エッπ(パイ)!!
毎日のように来ているのでゴーレムとも仲が良い。
「マルシュさん、毎度、ありがとうございます」
「ほんとうに貴女のパイは絶品ですわ。宮廷料理よりも!!」
「デュへへへ……」
しばらく雑談してからマルシュはおだてられて満足気に帰っていった。
元気になったミミィとティーリアは自分に何が出来るかを前向きに考え始めた。
これは難しい課題だ。人間でさえ迷ってしまうような問題であるし。
その時、ポストになにか投函さ(とうかん)れた。
「なになに……」
「王立宮廷魔術局晩餐会(おうりつきゅうていまじゅつきょくばんさんかい)のご招待状」
すっごくイヤな予感がする。
「名だたる王立宮廷魔術師の方々が一度、ツーハンドラーのバークライト博士に謁見したいとおっしゃっております。つきまして、博士にはクランドールで行われるディナーに参加していただきたく……」
カサカサと紙を落として僕は立ち尽くした。
「どうしよ。僕、フォーマル・マナーのフォの字も知らないよ」
そこまで畏まった場所に僕は出たことがない。
一応、称号授与式には出たけど、ちょろっと受け取って終わりだった。
持っている服もビジネス・スーツかいいところで、フォーマル・スーツは持っていない。
授与式は学生が制服で式に出るように、そこらへんは見逃された感がある。
しかし、今回はそうはいかない。そもそもこんなガチの会には参加したことがないし。
マナーを知らない程度では査定に響かないとは思うが、世間知らずの青二才というマイナス要因はついてまわるだろう。
それに、高位の魔術師に目をつけられれば協会内で動きにくくなることは間違いない。
「あーー!! どーしよーーー!!」
じたばたと子どものように地団駄を踏む。
すると思わぬ助け舟がやってきた。
「ファイセル様。フォーマルな晩餐会と言えば私にお任せですわ!!」
そうだ!! ティーリアが居るじゃないか!!
晩餐会まではあと3日ある。
僕は死に物狂いでティーリアの特訓に挑むことになった。
まずはフォーマル・スーツの用意だ。
ビジネスより黒くて、しっかりしたものを頼む。
採寸して見積もりすると、その値段に僕は内臓が飛び出すかと思った。
「じゅっ、18万シエール!?」
※約18万円
「これでも安い方ですわ!!次に行きますわよ!!」
工房を会場に想定した飾り付けにする。
「まずは、国旗に3礼!! イスを引く前に礼、イスに座る前に礼!!」
えっ、礼が多くない?
「席に着いたらまず、フォーマルを脱ぎます。シャツが汚れないように、紙エプロンをします。そして、食事の前にフィンガーボウルの水を軽く飲むこと」
えぇ!? あれ飲むの!?
「そしたらまずはお酒!! フォル様の場合はソフトドリンクが出てくると思います。そうしたら、3回ゆすってから乾杯。一度置いてまた乾杯」
なんだか随分と冗長だなあ。
どのくらい経ったかわからないが、睡魔のあまり僕はコックリコックリしていた。
するとティーリアに思いっきりビンタされた。
「いっつ〜」
彼女もリミッターがついてないのでなかなか強烈である。
だが、気づくと彼女は泣いていた。
「フォル様を叩くなんてしたくありません。それでも私、心を鬼にしていますのよ……」
ティーリアの決意がひしひしと伝わってくる。
「続き、やろっか」
そして僕らは2徹くらいしてマナーを身体に叩き込んだ。
なんとかそれなりの形になるまでに仕上がったと思う。
目の下のクマと疲労感は強いが。
晩餐会に遅れないように、早めに僕″ら″はクランドールへ向かった。
ら……とはティーリアも着いてきてくれたのである。
フォーマルの着付けが乱れたら大変だからという理由だ。
ゴーレムなので当たり前なのだが、疲れた様子は一切ない。
こういうとこ、たまにうらやましくなるんだよなぁ。
こうして、僕らは会場へやって来た。
豪華絢爛なホールだ。ここを貸し切ってやるらしい。
僕は息を呑んだが、ティーリアが優しく背中を押してくれた。
なんだ。頼りになるじゃないか。君はもうただのコンパニオンじゃないよ。
受付に声をかけると予想外の返事が帰ってきた。
「フォル・バークライト博士様ですね? 1名様までのご同伴が可能です。そちらのお嬢さんでよろしいですか?」
「!?」
後に聞いたところによると、今回はイレギュラーでペアで参加できるらしい。
ティーリアがつきっきりになってくれるのならそうするに決まっている。
僕たちは必死で服屋を探した。そしてティーリアに合ったドレスを見繕った。
蝶のように美しく、透き通るような水色である。
こうして僕らは2人揃って晩餐会に出た。
バークライト博士が連れている娘ということはつまりそういうことであって、会は大盛り上がりした。
懸念事項だったマナーだが、ティーリアがサポートしてくれたので危なげなく突破することが出来た。
徹夜した意味とは。
食後に安心しきっているとよっぱらった役員に前の方までひっぱられていってしまった。
前の方の壇上にちょこんと乗せられてしまった。
「彼が若くしてツーハンドラーを獲得したフォル・バークライト博士である。皆さん拍手を!!」
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
「こんなに若いのにマナーも心得ている。礼節・マナーS+だな!! ゴーレムのお嬢さんもお美しい!!」
礼節・マナーとかまたまたご冗談を。
ティーリアはお辞儀しながらスカートのすそを持ち上げた。
こうして無事に晩餐会を乗り切った。
帰りの汽車でティーリアは身体を僕にもたれかけて眠っていた。
ゴーレムだって眠ることはある。
預けた金髪からいいニオイがした。
だが、実はティーリアは起きていた。
「しばらく、どうか、しばらく、このまま……いえ、ずっと……」
後に知ったことだが、査定の評価に「礼節・マナーS+」が加わっていた。
リップサービスじゃなかったんかい。




