ズッフォルズのお嫁さん
アルテアの実地起動試験が捗る一方、エリーヌはまだ僕の家に居た。
(うーん、思ったより難しい課題だな。やっぱ適正とか考えないとかなぁ?)
一方のエリーヌはフォルとは全く別のことを考えていた。
「ああ……いけない。試験に参加しないとフォルさんに恩返しできない。でも……フォルさんのそばをはなれるのはなんかイヤで……」
彼女は自分の感情に困惑していた。
その時、誰かがドアをノックした。
(これはマルシュじゃないな)
開けると、そこにはルルゥがやってきていた。
「やあルルゥさん。何か用?」
彼女は軽くエリーヌに会釈をしただけで本題に入った。
「フォルくん、聞いたわよ!! 医療知識・従事の項目がA+になったんですってね!! おめでとう!!」
興奮気味のルルゥさんにハグされてしまった。
うっ、苦しデッッッ!!
「これでジリー診察所の跡取りが出来るのよ!! おじいちゃんの体力が持たなくなっても存続させることができるのよ!! 私、本当に嬉しくて……」
ルルゥさんは感極まって泣き出してしまった。
おや、話が勝手に進んでるぞ? 僕の本業はどうなるんだ。
ルルゥさんは再び僕の胸に飛び込んてきた。
うっ、デッッ!! 苦しっ
ひとまずジリー爺さんに話を聞かねばと、僕は髪を2つ編みにして銀ぶちメガネをかけて出かけた。
診察所に入るとみんなが一斉に声をかけてきた。
「フォル先生!!」
「やりましたね!!」
「先生万歳!!」
奥からジリー爺さんがやって来た。
「ほんによくやったの。誇らしいぞ」
僕はペコリと頭を下げた。
「あ、いえ、ありがとうございます」
ジリー爺さんは満面の笑みだ。
「跡取り、やってくれるな?」
だが僕の本業はゴーレム使いだ。二つ返事で答えるわけにもいかなかった。
「う〜ん、後継者は保留させてください。僕にも宮廷魔術師としての仕事がありますので……」
恩人には悪いが、譲れないものもある。
するとジリー爺さんは、肘で僕をつついてきた。
「もし、跡取りになってくれるならルルゥを嫁にやるぞい!!」
ルルゥさんは顔を真っ赤にして老人をはたいた。
「んもう!! おじいちゃんったら!!」
しばらくの沈黙の後、ルルゥさんは感動で鼻をすすりながらアプローチしてきた。
「で、でも、私、ズッ、フォル、ズッのお嫁さんにズッ……なっても、いいよ?」
よく聞こえなかった僕は聞き返した。
「″ズッフォルズ″の″お嫁さん″? ああ、いいですね。名曲だと思います。僕も良く聞きますよ」
フォルはグループ歌手の曲名だと受け取ったのだ。
その場は急激に冷えたが、フォルにはそれを感じ取るアンテナはまったくなかった。
しょっちゅうこんなことをやっても見放されないのは、やはりフォルの人徳によるところが大きかった。
これに関して、ルルゥとは言えば母性をくすぐられくらいに思っているのである。
しょうもないやりとりだった。
結局、跡取りは保留になり、僕は今まで通りの二足のわらじに戻った。
その日の夜、僕は「走る仔馬亭」へ向かった。
マスターのダンツさんは呆れ顔だ。
「フォル、またおまえか。子どもの遊び場じゃないんだぞ!!」
僕は腕に光るプラチナの腕輪をマスターに見せた。
「へいへいわかりましたよ。GTM殿」
このブレスレットは身分証明にもなる。
デフォルトで20歳に指定してあるので、未成年でも20歳相当のサービスを受けられる。
もちろん酒類の飲酒もお咎めなしだ。
ただし、ほとんどのマイスターは20歳を超えているので飲んべえの恩恵はほとんど無い。
酒を飲まないフォルにもあまり関係なかった。
「マスター、オレンジジュースで」
「はいよ」
「マスター、ブラッディ・シャティで」
向かい側のセクシーな美女はフードを上げた。
ナンシャンテさんである。彼女との会議は毎晩、ここで行われる。本当はホテルの部屋などの密室でやりたいのだが、シャンナンテさんのポテンシャルを引き出すにはここしかなかった。酒、酒である。
ペースを取り戻した彼女はなかなか優秀だった。
もともと一流の素体作りなのだ当然と言えば当然だが。
それでも再試験にかけられるとはお察しである。
そもそも仕事中に酒をかっ食らうのはいかがなものなのか。
そういうわけで、僕はしょっちゅう酒場に通うはめになった。
フォルは興味がないので把握していなかったが、2人は夜な夜な会っているため肉体関係があるのではというウワサが立った。
そんな下世話な話でも″フォルが男になった!!″などと好意的にみる向きも多かった。
完全に誤解なのだが。
夜の街で流行ったものなので、健全な昼の住人には伝わらなかった。
確かにしょっちゅうベタベタしている。
ナンシャンテはフォルの肩に腕を回した。
デッ!!
「なぁ、はやく(実地起動試験の報告を)″やろう″ぜぇ」
「イヤです。こんなところじゃなくてホテルで″やり″たいです!!」
「いいじゃねぇかよぉ。ここのほうが″盛り上がる″じゃんかよぉ。じゃ、″おっぱじめる″ぜ!!
なぜか僕とシャンナンテさんは「走る仔馬亭」を出禁にされてしまった。
あまりにもひどい酔っ払いはお得意様でも追放されちゃうんだな……。
なにかズレていた。
夜の潮風は寒い。
2人でガタガタ震えていると誰かがこちらにやってきた。
「あーっ、フォルくんにナンシャンテさん。どうしたのこんなところで」
やってきたのは散歩中のアルテアだった。まさに渡りに船!!
僕たちは彼女の家に案内してもらった。
そして暖炉で暖まった。キャマは昼は暖かいが、夜は意外と冷える。
盲点だった。なぜ最初からここで実地起動試験の打ち合わせをしなかったのかと。
いや、ナンシャンテさんのせいだよ……。
こうして僕らは真面目に報告会を始めた。
「散歩と日常生活には慣れてきたよ。ご近所さんも声かけてくれるし」
一号機にしてはアルテアは出来すぎていた。
死ぬ気で徹夜した甲斐があったと思う。
素体を作り上げたナンシャンテさんも満足そうだ。
あれこの2人、もっと仲悪くなかったか?
「でもねー、社会活動に取り組むっていうのが難しくてね。バイトとかすればいいのかなぁ?」
確かにアルテアならいきなりバイトに放り込んでもうまいことやれるとは思うが、出来れば保険をかけたい。
その時、僕は閃いた。
「そうだ。マルシュのおばさんの所で試しにバイトしてみよう。大丈夫。おばさんは僕のよく知ってる人だし、優しいしね。仕事もそこまでは難しくないし。きっとマルシュも親切にしてくれると思うよ」
バイトに関しては名案だったが、マルシュに関しては完全にしくじりだった。
それを全く感じ取ることが出来ないのがこのフォルという男である。
「じゃ、明日ね。あ、あと、ナンシャンテさんは明日の朝、僕の家に来て。よろしくね」
こうして3人は解散した。
ちなみに「走る仔馬亭」のダンツさんは鬼ではないようで、少ししてフォルたちの出禁を解除した。
「フッ。マイスター様にはかなわんな。ま、あのフォルだからな。どうせ周りが騒ぎ立てただけだろう」
半分くらいはフォルの責任だった。




