クインテッド・ガールズ
エリーヌというゴーレムが工房にやってきた。
彼女はかなり聡明だった。
「そ、それで……私も実地起動試験に参加すればいいんですね。このキャマ・クーラの街で日常生活を送れば良いんですね?」
恐ろしく理解が早くて助かる。レディに聞くべきではないが、何歳なのかはわからない。
この落ち着きぶりをみるに、若くてもルルゥさんと同じくらいだろう。
「で、でも、私、少し心細いです……」
思わず僕は口走った。
「慣れるまでは工房で過ごすと良いよ。そんな急に出て行けってわけじゃないし、まだエリーヌにはサポートが必要だからね」
彼女はモジモジしているようだ。
「で、でも、男の人と一緒に寝泊まりするのは……」
なんて謙虚なんだと僕は感動した。他の人達と違ってずっといてくれてもいいくらいだ。
「コンコンコンコン」
マルシュがやって来たがすぐに出ていこうとした。
「また他の女が居る〜〜〜」
踵を返した彼女に向けて、エリーヌが声をかけた。
「あの……そんなすぐに帰らずにお話、しませんか?」
それは意外な提案だったが、2人が打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。
ただ、エリーヌがゴーレムだとマルシュは全く気づいていないらしい。
「へぇ〜。クランドールで司書さんをやってたんだね。道理で頭が良さそうなわけだよ!! フォルの調べ物のおてつだいに来たんだね? 私はマルシュって言います。よろしくね!! フォルの……その、なんていうかね。デュフフ……」
自分の扱いもしらずにマルシュはデレた。
こういうところはノーテンキで、プラス思考、それでもってイケイケなのである。
そうでなければ見知らぬ女が居たらめげる。普通は。
まぁそれも彼女の魅力ではある……のかもしれない。
「はい!! よろしくお願いしますね。マルシュさん」
エリーヌは非常に自然なやり取りをするし、性格も尖っては居ない。彼女は実地起動試験のエースになりそうだった。
人格そのものの影響もあるのだが、アルテアの術式を応用させただけあって全体的に高性能にまとまっていた。
特に精神面の安定性は我ながらよく出来たと思う。
廃人一歩手前の危ない橋でかなりヒヤヒヤしたが。
「あ、あのですね」
エリーヌは何か言いたそうだ。
「私、おしゃべり相手とか、メイドさんとか他にも色々できるんですけど、本来の役割は″司書″なので、本に関わるお仕事が得意なんですが……」
キャマ・クーラにも図書館はあるが、あまり人気はなく、寂れていると言わざるを得ない。
司書もパートさんが来たり来なかったりだ。
「うーん、かなり萎びてるけどいいのかなぁ」
するとエリーヌはコクリコクリと首を縦に振った。
不安要素はなくはないが、彼女なら精神不可に耐えられるだろうと踏んで、僕はそれを了解した。
「あ。ありがとうございます!!」
そんなやりとりをしていると乱暴にドアが開けられた。
「うぃ〜〜ふぉぉ〜る〜〜。ひっこし、やってらったぞぉ〜」
ナンシャンテさんである。酒臭ッ!!
その背中をアルテアがさすっていた。
「も〜、ナンシャンテさん飲みすぎだよぉ」
アルテアのこういうところは気の利く優しい娘だ。
またもや誰かがドアを勢いよく開いた。
「フォルくん、聞いたわよ!! 医療知識・従事の項目がA+になったんですってね!! おめでとう!!」
5人の女性が僕の家でかち合った。
マルシュはチワワが威嚇したような顔をした。
ルルゥさんは明らかに眉をしかめている。
アルテアはプンスカプンスカ怒り出した。
シャンナンテさんは顔を真っ青にしながらも余裕の笑みだ。
エリーヌ「…………?」
フォルはこれを修羅場とは認識しなかった。
というより体験したことはあるはずなのに修羅場を知らない。
だが、明らかに険悪な雰囲気であるというのを理解して、家から逃げ出した。
「タクティカル・エスケープ!!」
フォルは図体がデカい割には意外と素早かった。
結髪を揺らして逃げた。
そして夜までバー「走る仔馬亭」に避難した。
マスターのダンツさんが親身に語りかけてくる。
「おめぇさんよ。そんな若さから酒場に入り浸るのはどうかと思うぜ? 第一、おめぇさんまだ未成年じゃねぇか。本来なら出禁だぞ出禁!!」
僕は指先でチップを弾いた。
「ソフトドリンクしか飲んでません!!」
ダンツは舌打ちした。
「ちぇっ。めんどくせぇ大人になるぜ……」
バーのマスターは気になることがあるらしく、僕に質問してきた。
「なぁ、しばらく前からのんだくれのべっびんが来てるだろ? ありゃ何だ? おめぇのヤリと……」
未成年に対して失言だったとマスターは口をふさいだ。
「ん? なんです? 槍友? 原始人じゃあるまいし。それともスポーツか何かの話ですか?」
フォルのあまりの疎さにダンツさんは超デカいため息をついた。
「そうだな……。お前はそういうヤツだったな」
「???」
ほとぼりが冷めた頃を見計らって僕は家の様子をうかがいに行った。
「まったく、なんで僕の家に帰るのにこんなに警戒しなきゃなんないんだ……」
そっとノックすると返事が帰ってきた。
「フォル……さんですか?」
どうやらエリーヌしか残っていないようだった。
「皆さんとてもイライラしてたみたいですが、あきらめて帰っていかれました。私はまだ帰る家が無いので、ここに居させてもらっているのですが、失礼でしたでしょうか?」
僕は首を横に振った。
「ああ、大丈夫だよ。環境が整うまでじっくりやろう」
「はい!!」
エリーヌは屈託なく笑った。
その夜、エリーヌはベッドでもの思いにふけっていた。
(男の人を女の人達が取り合う……。確か、あれが修羅場というやつですね。やはり、あの方たちはフォルさんとご懇意になりたくてやってくるのですよね? なんでしょう。心がザワザワします。わ、私も、私も……)
そして、ガーリー・ゴーレムは眠った。
数日後、実地起動試験は本格化した。
アルテアは海沿いの小さめの一軒家を借りた。
社会活動はまだ散歩程度だが、それでも順調だった。
街中ではお人形さんみたいな美少女がウロウロしているとすぐにウワサになった。
アルテアは散策しつつ、コインを払って黒リンゴをを買った。
それをかじりながら歩き出した。
ゴーレムはものを食べない。
だが、全く食べないのも不自然なので食べているように見せることは出来る。
口から取り込んだ物を胃で止める。それを取り除いて食事動作は終わる。
あたりまえだが有機物を取り込んで、栄養補給なんて高度なことはできない。
ただし、朱の術式が起動している間は身体の運動によって、エネルギーがオートチャージされるので動力源に困ることはない。
この技術はだいぶ前に確立されているので、エネルギー切れでダウンするゴーレムは相当古いものだ。
あるいは、活油という燃料でもチャージが可能だ。
こちらはダイレクトにエネルギーの注入が可能なので即時に機能を回復できる。
万が一のためにゴーレムの身体には標準で小型の活油がセットしてあるのだ。
アルテアは自分で電源を切ったり入れたりとかなり挑戦的な実験をしている。
エリーヌが智恵だとすればアルテアはセンスと言った感じである。
もちろんナンシャンテさんにもしっかり監査してもらっている。
彼女は……酒だな。




