司書さんとバークライトの坊主
僕はクランドール行きの汽車に乗っている。
今日はアルテアの大事な引っ越しの日だが、あえて参加しなかった。
理由はよくわからないが、アルテアとナンシャンテさんと僕の3人が揃うとなにかと揉めて話にならない。
ならいっそ、2人きりにしてしまおうという作戦だ。
まぁ一応、ナンシャンテさんは監査役だし……。
これは無茶な作戦に思えて、案外、上手くいっていた。
「どう?あたしのレイアウトのほうがオシャレでしょ」
「う〜ん。子供っぽいわぁ。くくくく……」
「なんですってぇ!? これならどうよ!?」
「ノンノン。ここはこう!!」
――――――――
僕はクランドールの禁術図書館に向かっていた。
目的はそこでしか読めない″極!!・ゴーレムの極み″という本だ。
ただ、ここには悪用できる本や、人に危害を加える本もたくさんある。
そこで、信頼のあるマイスターでないと閲覧できない仕組みになっているのだ。
入口に受付女性が座っている。
黒縁メガネをかけた黒髪の知的そうな人である。
「あの、すいません。本棚を案内してほしいんですけど……」
僕はすぐに彼女がゴーレムであることに気づいた。
「こ、こんにちは。禁、図書館によーこそ」
だいぶ調子が悪い。こんな状態のゴーレムを動かし続けているとはと僕は愕然とした。
協会でのゴーレム部門の扱いの悪さが伝わってくる。
もっとも、世間一般からするとこれでも超ハイスペックなのだが。
図書コードを読ませると女性ゴーレムは立ち上がった。
「その本は、こチラに……」
すると、彼女はショートしてうずくまった。
だるそうに別の係員がやって来た。
「あー、リセットかけて再起動、再起動。また受付に座らせといて」
僕は絶句した。あまりにも非人道的すぎる。
彼女の人格は蔑ろにされているではないか。
思わず僕は係員に詰め寄っていた。
「こんな扱い、無いですよ!! この人のマスターは!?」
「し、知りませんよ。何代か前の人が整備したとかなんとかで。今はあの調子です」
僕はうずくまったゴーレムの身体をほぐし、お姫様抱っこで持ち上げた。
幸い、魔術局本部は近い。
そこになら工房があるはずだ。
こんな状態の彼女をほうっておくわけにはいかなかった。
彼女を抱えて街を疾走する。
それを見た人々はまるでヒーローがヒロインを救う映画のワンシーンのようだったと語る。
「すいません!! 空いてる工房はありますか!!」
異様な光景にロビーの人々は驚いた。状況が理解できない。
すると穏やか気な老人が手招きしていた。
はげ頭に逆V字に伸びた白いヒゲ、垂れ下がった長い眉毛の人物だ。
「バークライトの坊主。こっちじゃよ」
彼はゴーレム学の権威、テスラ先生だった。
直接の弟子ではないが、みんなから尊敬されて先生と呼ばれている。
僕はゆっくりと彼女を調律台に横たえた。
そしてネクタイを外し、コートを脱ぎ、ギュッと髪を三つ編みに結った。
いつの間にか僕はあちこちからモニターされていた。
テスラ先生の声が聞こえる。
「わし、歳じゃからな。そこまで頑張れんわい。見届けてやるからやってみんさいな」
僕はコクリとうなづいた。
服を切り取ると女性の素体があらわになる。
恐ろしく古い。42年モノの素体だ。
肉体を司る朱の術式はなんとか復元できそうだった。
しかし、問題は人格、精神を司る蒼の術式だった。
あちこちが擦り切れている。こういった場合、元の術式を再現することも出来る。
だが、かなり上手くやらないと廃人になってしまう。
僕はオペをやる前からだらだらと汗をかいていた。
責任感がズシリとのしかかる。
テスラはポツリとつぶやいた。
「お手並み拝見……じゃな」
ガサガサと僕は朱の術式の設計図を描き始めた。
アルテアで描いた時のフィードバックが生きてきて、半日程度で完成させることが出来た。
モニター室は歓声や唸り声につつまれた。
こんな短時間で、ここまで正確に朱の術式を完成させるゴーレム使いはなかなか居ない。
問題は蒼だ。改めて診るとかなり激しく擦り切れている。
カンで術式を描くのはリスキーすぎた。
可愛そうだけど僕には無理だ。
そう思った時、アルテアの術式が頭に思い浮かんだ。
よく考えれば蒼の術式に関して言えば左右対称なのである。
だから、擦り切れた部分を反対側の術式で補えば論理上はいけるはずだ。
僕はトレースペーパーを取り出してくると慎重に蒼の術式をうつしとった。
それを反対に転写していく。数mmが彼女の命運を分ける。
僕は脂汗だらけだった。シャツはもうグショグショだ。
こうして蒼の術式は移し終わったが、それでも欠けている部分がある。
こればっかりはどうしようもない。
息を荒げて立ち尽くしていた僕だが、深呼吸をして心を落ち着けた。
そして目を瞑って蒼の術式の流れを読んだ。
脳内でアルテアの術式を応用したのである。
丸々一日かけてオペは終わった。
すっかり忘れていたが、身体の何処かに魂名を刻まねばならない。
目立たないところが良いとナンシャンテさんは言っていた。
僕は彼女の脇の下に「Foll.B」と刻んだ。
身体には大きいバスタオルをかけておく。
そして、いよいよ緊張の一瞬、起動の時が来た。
「ええい、南無三!! ゴーレム・バーーースッ!!」
僕は彼女に起動術式を刻み込んだ。
そして彼女は目を開けて半身を起こした。
「!? キャッ!!わ、私……こっ、ここは?」
彼女は怯えているようだった。無理もない。
僕は緊張が抜けずに険しい顔をしながら尋ねた。
「君の名前は?」
優しい声で返事が返ってきた。
「私、エリーヌっていいます。エリーヌ・ロッテです」
その後、いくつかのやりとりをしたが、人格に問題はみられなかった。
身体能力にも問題はなく、立派なゴーレムが誕生した。
モニター室は歓声に包まれた。
そしてすぐにエリーヌは服を着せられた。
頭が良さそうな黒ぶち眼鏡に、おっとりした目、ちょっと儚げな雰囲気もする。身長はアルテアよりかなり低い。
「さあ。禁術図書館に戻ると良いよ。その身体なら仕事もこなせるはずさ」
するとテスラ先生がロビーに降りてきた。
「ほっほ。坊主、薄情じゃのお。連れてってやったらどうじゃ? ほれ、実地起動試験の一環じゃよ」
そう言われても勝手に魔術局の備品を持っていくわけにはいかない。
「なぁに、わしがテキトー言っとくから連れて行け。そもそもエリーヌはどうしたいんじゃ? ホコリ臭い書庫に戻るか?」
それを聞いたガーリー・ゴーレムは首を左右に振った。
「は、話は聞きました。フォルさんが私を修理してくれたそうで……。私、フォルさんと一緒に行きたいです!!御恩を返したいんです!!」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「エリーヌ!?」
テスラ博士はケラケラと笑った。
「坊主、こりゃ一本とられたのぉ。添え善喰わぬは男の恥じゃ」
いや、御膳は食えないだろ。食べるのは上の料理であって……。そりゃ嫌いなものを食べないのは恥だけどさ……。
エリーヌはなんか顔を赤くしてたけど。
ともかく、そういうわけで、僕とエリーヌはキャーマ・クーラ行きの汽車にのった。
(うわ……男の人って、こんなに大きいんだ。あぁ……温かい……)
気づくとエリーヌは僕に寄りかかって眠っていた。
「これからよろしくね。エリーヌ」
その頃、アルテア家の引っ越しはすっかり終わっていた。
「ふふっ、ナンシャンテさんやるじゃん!! でもフォルくんはあたしのもの〜」
「あんたこそやるね!! でもフォルくんは譲れないかんね」
2人は妙に意気投合したが、ライバル心はそのままだった。
まぁお互いにいい方向に向いたかな。




