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第9話 光る才

 バルドーの門下生たちを帝都に移送して、数日が経過していた。


 その間、ダグラスは元門下生たち一人一人の身上書しんじょうしょを作成していた。

 そこには、やらせた各作業の結果、武芸、読み書き知識、素行、門下生同士の関係性などの評価を記している。

 これはフェルクの指示をんでの準備である。


「腐らすな。適所に振れ」


 これを意訳すると、次の通りになる(ダグラスはイヴェリと並び、フェルクの言葉足らずの補完に長けている)。


『ただで飯を食わせ、せっかくの人材を遊ばせておくのは勿体ない。

 各人を適したところに割り振り、有効活用するのだ』


 なるほど、その通りである。さすが殿下のご指示である。

 有用な人材はいくらあっても良い。

 バルドーの指導を受けただけあって、粒は揃っている。

 帝国の脅威になりうると目された少年少女なのである。

 あるいは帝国に取り込むことができれば、その利点は計り知れない。


 殲滅でなく異例の制圧と聞いたときは、殿下の意図を測りかねた部分もあった。

 しかし、こうして身上書をまとめていくと、確かに新兵に勝るとも劣らない評価も散見される。

 今は帝国への反感もあって繊細な扱いが必要な彼らではあるが、いずれ馴染めば有用な人員となるだろう。


 恥ずかしながら、尊い血を引く殿下が自ら最前線に立つのが帝国の現状であるのだ。

 本来は殿下が「良きに計らえ」と言うだけで万事成就するのが理想的な軍隊である。

 その一助とすべく、多様な機会に人材登用を図ることはまさしく急務だろう。


「さて、午後の適性検査は、――馬の世話ですか……」


 ダグラスが門下生たちの様子を見に行くと、経過は上々であった。


 馬の世話を新兵にやらせると、得手不得手がはっきり出やすい。

 動物の世話の経験が大事なのは言うまでもないが、観察力、面倒見の良さ、度胸、要領の良さや突発事態への対応力など。

 様々な適性が必要となるため、良し悪しが分かれるのだ。


 しかし、大半の門下生は卒なくこなしている。

 恐らくはバルドーの里での山羊の世話や狩猟経験など、その日常に活かせる要素が多かったのだろう。


 その中でも、目立った立ち回りをしている者がいた。


「いいか、後ろから近づくと警戒して蹴られるからな。前からゆっくり近づいて、脚の世話をするんだ、こうだぞ」


 大きな声で、うまくやれない者に助言をしている。赤髪の少年、グレンであった。


 たまたま里で最初に捕虜とした縁のグレンであるが、拳闘で見極めた武芸の才能以外にも目を引くところがあった。


 まず勘が良い。読み書き知識の乏しさに反して、大抵の作業について一度教えればコツを直感的に掴む。


 次に、周囲を巻き込む力、即ち影響力が大きい。声と素振りが大きいのもあるのだが、周りの目を引くのだ。

 困っている者は率先して助けようとするし、自分がうまくできたら周りに大声で呼びかけたりする。

 元々他の門下生たちもグレンに一目を置いている節がある。かなり目立つ存在である。


 反面、真面目さや従順さからは程遠く、興味がないことは我慢しない。

 書類の整理なんて真っ先に投げ出してしまった。

 そのため、場合によっては、真っ先にグレンを叱ることから始めないといけない。

 そうでないと、周りの者の意欲にも悪影響が及びかねないのだ。


 ダグラスが周りを見やると、とある若い門下生が軍馬の後ろへそそくさと回り込んだ。

 ひづめの泥を掻き出そうと脚下ばかり見ていて、馬に呼びかけをしていない。


 軍馬は不快そうに身をよじる。

 そして後ろ脚に力を込めて――。


「下が――」


 帝国兵が声を上げるより早く、グレンが動いていた。


「馬鹿ッ! そこに立つな!」


 襟首を掴み、門下生を横に引き倒した。

 直後、軍馬の後脚が鋭く空を蹴った。

 まともに受けていれば、大怪我は避けられなかっただろう。


 厩舎が一瞬静まり返る。


「言っただろ、後ろに立つなって! お前、話聞いてなかったのかよ!」


 グレンは怒鳴る。

 怒鳴りながら、転んだ門下生の腕を掴んで立たせる。


 世話役が険しい顔で失敗した少年に歩み寄る。


「お前はもう世話から降りろ。

 怖がってこそこそやってたら、かえって馬を刺激する」


 少年は俯いて、口ごもっている。

 少年と世話役の間に、グレンが割って入る。


「どうだ? まだやれそうか?

 やれそうなら、俺がちゃんと教える。

 やれないなら、それでもいいんだ。

 他にできることを頑張りゃいい。

 好きに決めていいんだぞ」


 グレンが優しく声をかけると、少年は顔を上げ、そしてフルフルと首を振った。


「ああ、なら、今度がんばりゃいい。

 今は休んじまえ。

 得意なことで取り戻せば、お前は大丈夫だ!」


 背中をポンと叩き、少年を励ましたのだった。


 その光景を、ダグラスは興味深く眺める。


 乱暴で、短気で、一兵卒として扱いづらいのは確かだ。

 しかし、失敗した者を切り捨てず、親身になって鼓舞する。

 周囲の者たちも、自然とその声を聞いている。


 なるほど。

 グレンは単に目立つだけの少年ではない。

 周りをまとめ上げる力、集団の中心となる求心力がある。

 正しく磨けば将の器に成長するかもしれない。

 軍の雑用回りに終始させるには惜しい傑物かもしれない。


「《《次の》》抜擢ばってき候補はグレンかもしれませんね。

 まぁもう少し大人しくしてくれれば良いのですけど、どうしたものですかねぇ……」


 ダグラスは新たな可能性に期待を膨らませながら、最初の抜擢者に思いを巡らすのだった。


--------------------


 一番に見出された門下生は、リセアである。

 グレンとともに捕らえられた、栗色の髪の少女。

 里育ちで言動は粗野であるものの、周りの世話を買って出る心優しき少女だ。

 ここに来る前、里を制圧した直後には既にバルドーの治療を申し出ていた。

 その治癒術の腕に、従軍していた衛生兵も目を見開いていた。

 

 治癒術の才は、平時でも非常時でも重宝される非常に有用なものだ。

 それにリセアは生意気なことを口走りながらも、よく気が利いて協力的であった。

 素行も良好とあれば早速ということで、治癒院での見習い勤務が始まっていた。


 治癒院。帝国と教会が共同で運営する治療施設である。


「なんであたしが里を攻めた帝国の人たちを癒したりなんか……。

 でも、怪我人は怪我人だし、治さなくちゃ……」


 ぶちぶちと愚痴をこぼすものの、その手際に淀みはない。

 口の悪さは一種の照れ隠しのようなものだと、誰にでもすぐ分かるのだ。

 その親しみやすい人柄で、新たな職場に馴染むのも早いようだった。

 他の門下生たちと離すのも難があるかと懸念もあったが杞憂であった。


「リセアちゃんは本当に働き者だね。

 魔力はまだ大丈夫かい?

 無理があったら、すぐに言うんだよ」


 先輩の治癒術師から気を遣われながら、リセアは職務に励んでいた。


「ええ、まだいけるわ!

 それにしてもキリがない……。

 毎日、こんな感じなのですか?」


「帝都は人も多いからねぇ。

 治癒術の才能がある人は少ないし、私らが休めるのは魔力切れしたときと日が暮れた後だけさ」


「うーん、里ではみんな唾つけとけば治るのノリで、そんなに忙しくなかったのになぁ。

 都会は大変なのねぇ……」


 リセア自身も元々が前向きなのもあって、新たな生活に馴染むのは早かった。


 そんなある日のことだった――。


「院長、どうしました?」


 リセアは院長室に呼ばれていた。

 院長自身も現役の治癒術師であるから、病室では何度か顔を合わせている。

 用事があるなら、その合間に話して済むのだ。

 それなのに、改まって院長室に呼ばれてのお話。

 リセアは妙に嫌な予感がしていた。


「実はですね……。とある貴人からリセアご指名の依頼があってね……。

 3日後の正午に帝城に来てほしいって話なの」


「貴人って、なんでまた!?

 あたしは来たばっかりなのに、どうして……。

 呼び出したのは、誰なんです?」


「それがね……」


 院長は顔をこわばらせながら、一つの封筒を差し出した。

 それは豪華な印とともに封を閉じられている。

 どこかで見たような……、あ!

 狩りの最中に捕まって、グレン以外のもう一人(追い立て役の子)が持たされてた降伏勧告状の……。

 そこまで思い立ち、リセアは血の気が引くのを感じた。

 そういえば院長の顔色もとても悪い。

 自国民でもおっかないのか。すごく行きたくない。リセアは心からそう思う。


「第三皇子フェルク殿下のご依頼です。

 くれぐれも失礼のないようにするのですよ」


 リセアの脳裏に思い浮かぶのは、バルドーとの決闘での皇子の姿だった。


『よって我らに従うがいい』

『威勢が良いな。だが、いつまで持つかな』

『我が領域にて息絶えるが良い』

『虚勢だけで我が冬は乗り越えられぬ』


 数々の恐ろしい言動が思い返され、リセアの背筋を凍らせていく。

 そういえば師匠は冷血皇子って言っていた。

 師匠、元気かな。あたしは無事に帰れるのかな。

 リセアの不安は尽きないのだった。

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