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第8話 風が変われども日々は続く

 バルドーとの決闘から半日が経過した。

 日は沈み、里には静かな夜が訪れていた。

 人の営みなど知る由もなく、虫やふくろうの鳴き声が穏やかに響く。


 その夜に今までにはなかった音が加わっていた。

 帝国軍の篝火かがりびがパチパチと燃える音である。


 中央通りの各所には武装した兵が立ち、巡回も行われている。

 しかし、淡々と異常がないか見回るだけだ。

 住民たちは里から出ることは一時的に禁止されていても、昨日までと同じような夜更けを迎えていた。


 略奪や暴行などはない。フェルクの統率下において秩序は徹底されている。

 それが里の者たちには逆に不気味に映り、かえって落ち着かない様子であった。


 そんな中で、唯一、接収された施設がある。

 バルドーの道場である。


 ここは戦後処理のための臨時拠点として転用されている。

 比較的広いバルドーの居間に、フェルクは陣取っていた。

 簡素な机の上には里の見取り図、住民の名簿、備蓄の目録などが並べられている。


「つまり、この道場の門下生が労働力の大きな部分を担っていたということですね」


「……ああ、だから、あいつらを帝都に連れて行ったら、里はまわらんぞ。

 耕作地はいくつか放棄せにゃならんし、獣だって増えちまう。

 早いとこどうにかしねえと、せっかくの里が荒れちまう」


「えぇ……。しかし、急激に外部から人員を受け入れれば、元の住民の不安も高まるでしょうね――」


 書類に目を通すフェルクの背中越しに、レノリタとバルドーが里の統治を議論していた。

 制圧作戦の状況が完了したため、文官のレノリタが後方から駆けつけたのである。

 レノリタの念願の耕作地がせっかく手に入ったのだ。

 最大限に有効活用するべく、レノリタは息巻いていた。


「なあ、もういいか。いつまで話せばいいんだよ。

 俺から聞かなくても、あんたならうまくやれるだろうに。

 なんだって、俺みたいな怪我人に鞭打って、根掘り葉掘り聞かなきゃならねえんだ」


 バルドーは決闘後に衛生兵にすぐさま治療されて健在である。

 しかし、腹部を厳重に包帯で巻かれたままで矢継ぎ早の聴き取り。不満顔も当然だろう。


「いいえ、聞くべきことは山ほどあります。この里はあまりにも文書化された情報が少なすぎます。

 だから、事実上の里長のあなたの運営の感覚について、つぶさに分析しなくてはならないのです。

 それに――」


 レノリタはフェルクの背中に向けて話しかける。


「殿下、やはり里を統制しつつ住民感情を和らげるために、バルドーの存在は必要不可欠です。

 門下生の帝都への移送はやむを得ないにせよ、バルドーだけでも里に残せませんかね?」


「ふむ――」


 当作戦は殲滅にせよ、制圧にせよ、危険分子の無力化が元々の目的である。

 抵抗勢力とみなしていたバルドーと門下生は、帝都でまとめて管理することを考えていた。


 しかし、門下生だけであれば、帝都の監視下に置けば即座に対処できるだろう。

 それに今のバルドーであれば、剣を交えたフェルクになら分かる感覚であるが、信用に足る。

 元々帝国への反逆を企てていたわけでもないことは、今なら確認できている。

 弟子たちが帝都で監視下に置かれているのに、愚を犯すような短慮な人間でもない。

 加えて決闘に負けたのだ。武人の誇りを持つバルドーであれば、すぐに反旗を翻す危険はないだろう。


「いいだろう。バルドーを当地の領主代行とし、引き続き里をまとめさせよ」


「いいっ! 俺の意思は聞かねえのか!?」


「不服か?」


「いやまぁ里を守れるってんなら、お飾りの長だってやるがよぉ。

 どうにも調子が狂うなぁ……」


 ボヤきながら、バルドーは白髪頭をいていた。

 バルドーが困惑するのも無理はあるまい。

 敗けて全てが終わったと思っていたら、腐らずに働けと、この始末である。

 めまぐるしく変化する風に所在なさを感じるのは当然のことだ。


「となると、門下生をどうやって慰撫する(なだめる)かが問題となりますが――」


「それなら適任がいる。既にそいつに任せている」


「既に……。ああ、なるほど――。まぁ彼なら、うまくやるでしょうね……」


 フェルクもレノリタも同じ人物を思い浮かべながら、夜闇とともに議論は深まっていくのであった――。


--------------------


 道場の奥にある、普段は座学に用いられる広間にて。

 今はそこに門下生たちが集められ、帝国軍から配られた夕餉ゆうげを前にしていた。


 グレンは複雑な心持ちだった。

 普段なら目の前に飯があれば、がっついて食べるのがグレンだ。

 しかし、今は腹は減っているものの、手をつけてよいものか、その動きは止まっていた。

 目の前の麦粥とスープを身体に取り込んでしまったのなら――。

 そのときから帝国の支配を受け入れたことになってしまいそうで……。

 ぼんやりと透明な汁と、そこに浮く干し肉の油に目をやり、揺れる模様を眺めていた。


「隣、良いですか」


 顔を向けると、そこにいたのは大柄な帝国軍の青年、ダグラスだった。

 その優し気な表情を見て、胸の中のモヤモヤはさらにかき混ざり、顔はわずかに熱を帯びた。

 怒りとやるせなさが湧きあがり、それをどう伝えたら良いのか、口を開くが言葉にはならなかった。


 ダグラスは同じ夕飯に向き、匙を手に取りスープをかきこんだ。 


「うちの炊事班、今日もなかなかの出来ですよ。

 食べる気には――、なりませんかね」


「なるわけ――、ないだろ……」


 穏やかで言い聞かせるような柔らかい声が、かえってやり場のない怒りを沸き立たせる。

 思わず口が滑って反論していた。そうなったらもう、止まらない。


「なんなんだよ、お前ら。昨日は笑って手合わせしてたのに。

 里を、師匠をめちゃくちゃにしやがって!

 なんでこんなことするんだよ! 俺たちになんの恨みがあるんだ!」


「恨みなんて、ありませんよ」


「じゃあなんでだよ!」


「帝国に必要なことだからです」


「自分たちのためなら、俺たちをどうしてもいいのかよ!」


「……どうしてもいいとは思っていません。だからバルドーさんも治療して、夕飯を出しています」


「だから許せって言うのかよ!」


「いいえ、怒るのは当たり前のことです。私だったらきっと殴りかかっている。

 それでも落ち着いて、私たちを受け入れてほしいと……、そう思っています」


「……俺が何を言っても、すぐに言い返せるんだな」


 ふと意地悪な言い方をしてしまったら、ダグラスは口元を緩めかけた。

 しかし、それは笑みになる前に引き結ばれる。

 代わりに、少しだけ寂しそうに、遠い目をした。


「……そうですね。言い返せるようになるくらいには、私も何度も迷いましたから」


「……………」


 やっぱりこの人は優しいんだろうなと思った。

 でも、その優しい人がどうしてこんな軍にいるのか分からなかった。

 嫌に思ったら我慢しなきゃいいのに。

 けれど、そんな単純なことじゃないのは分かる。

 きっと俺たちが里のために毎日頑張っていたように。

 この人も軍を大事に思って頑張っているんだ。

 辛くて苦しいことも必要だと言い聞かせているんだ。


 許せるわけじゃない。

 全部納得できるわけじゃない。

 でも、わめいたり殴りかかったりしたら、自分の負けになるような気がした。

 たくさんのことを悩んで、この人は自分よりもずっと強い。

 だからたくさん迷った後の、この人がやったことはきっと正しい。

 でも、俺たちをこんな目に合わせるのが正しいはずもない。


「……分かんねえ」


 さっきから同じところを回ってはつまづいている。

 自分がちっぽけに思えて、なんだか腹立たしかった。


「でも、あんたが良い奴なのは分かっちまう。

 だから余計にわけがわかんねえ」


 グレンは目の前の夕飯を睨みつけた。

 さっきからいい匂いがする。

 冷めるのが勿体ない。でもそんな場合じゃない。


ぐぅ――……。


 腹が鳴った。

 やけにその音が響いて、気恥ずかしい。


「……食べた方がいいですよ」


「うるせえ」


 悪態をつきながら、考えても仕方ないと思った。

 意地をはっても、みじめな気分になるだけなんだろう。


 グレンは匙を取り、夕飯に手を付けた。

 ぬるい汁が喉を通り、固い身体がほぐれるのが分かる。


「なあ、また、手合わせしてくれるか?」


「いいですよ。今度は武器の訓練だって一緒にしましょう」


 その気持ちいい提案に、悔しいけど胸が踊るのを感じた。

 こんな気分でも明日はただ近づいてくる。

 何も分からないまま、ぼんやりと口を動かし、こんなゆっくり食べるのはいつぶりだろうかと思った。

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