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第7話 冷静と情熱Ⅱ

 フェルクとバルドーの対決。

 同対決は『ノルスヴェイン・サーガ』の原作でも繰り広げられている。しかし、直接の描写はされない。

 プレイヤーは帝国の夜襲で故郷を追われたグレンとリセアを操作している。

 その舞台裏で二人を逃がすため、バルドーは決死の覚悟でフェルクを食い止めていた。

 命を賭して若い世代に希望を繋いだ老英雄。これが原作におけるバルドーの立ち位置だ。


 しかし、勘の鋭いプレイヤーは後になって気付くだろう。

 ――あのフェルクを『足止め』する? それ自体が至難の業じゃないかと。

 おおよその武将ユニットはフェルクに挑んでも一蹴される。

 攻撃を回避され(命中判定はゼロ)、|返しにレイピアで急所を一突き《反撃の確定クリティカルで即死》。

 決着は一瞬である。打ち合いが成立しない。


 原作ではあまりに早く退場したが故に、その異常さは見落とされがちであるものの――。

 フェルク相手に時間稼ぎを成立させた時点で、バルドーは作中屈指の英雄だったのである。


--------------------


 道場の前の広場にて、フェルクとバルドーは対峙していた。

 帝国軍、里の民、門下生らが遠巻きに取り囲み、決闘の行方を注視している。

 

 本来の日常なら、小鳥のさえずりの中、門下生たちが訓練に汗を流す牧歌的な昼下がり。

 今は里の営みの音は途絶えている。白狼旗が静かに風になびくだけだ。


 フェルクは細剣を中段に構える。静かに呼吸を整え、老英雄の一挙手一投足を見据える。

 対するバルドーはまるで己の健在を里へ示すように威勢よく巨大な戦斧を肩へ担ぎ、獰猛に笑う。


「来いよ若造。

 口だけじゃねえところを見せてみな」


「ゆくぞ」


 先手を譲られ、フェルクから仕掛ける。

 一足で距離を詰め、鋭い刺突を繰り出す。


 その切っ先にすかさず戦斧が合わされる。

 フェルクは瞬時にわずかに角度を流し、衝撃を回避しながら半歩身を引いた。


 次にフェルクは攻撃に変化を加えた。

 喉を狙うように見せかけ肩口へ滑り、鋭く踏み込んだ直後には不意に間合いを外す。

 緩急を織り交ぜた連撃を、絶え間なくバルドーへと浴びせる。

 しかし、バルドーは虚実を正確に見抜いて応戦する。

 ときに反撃に斧を振るい、フェルクに引けを取らなかった。


 フェルク主導による小手先調べ。バルドーの反応速度を伺った。

 やはり一流の戦士だ。当然のように正確に捌いてみせる。


 里の者たちは、どよめいている。

「今の見えたか?」などの声が聞こえる。

 雑兵であれば、先の応酬で決着していただろう。

 フェルクにとっては準備動作に過ぎないが、既に余人の介入できる仕合ではないのだ。


「……速いな。だが、ちゃんと見えているぜ!

 お前の本気はこんなもんじゃないだろう!!」


 バルドーは息を荒げながらも、なお待ち受けるようにフェルクに啖呵を切る。


「威勢が良いな。だが、いつまで持つかな」


 フェルクはレイピアを前方にかざし、魔力を集中させる。

 瞬く間に氷刃が幾本も形成され、バルドーへと射出される。

 顔、腹、両手両足、まるで獲物を標本にはりつけにするかのように。

 一糸乱れぬ同時攻撃。斧一本では確実に手数が追いつかないが――。


 対するバルドーは目を見開き、両腕を交差させた。


「ぬおおおお!!!」


 裂帛の気勢を放ちながら、身体をかがめる。

 そこに氷の刃が殺到するが、見えない壁に衝突したように全て砕け散った。

 バルドーは肩で息をしているが、傷を負っていない。


「これが今代のノルスヴェインかよ……!

 昔よりよっぽど化け物じゃねえか……!」


「ふむ、『闘気』で魔法を耐え抜くか。

 やはり一筋縄ではいかぬな」


 『闘気』、――熟練の戦士が纏う、半ば本能的な身体強化。

 しかし、フェルクの氷刃を真正面から弾く魔法耐性の闘気など、尋常の武人の域を超えている。 


 ヴァスケルは現皇帝であるフェルクの父もバルドーに手を焼いたと言っていた。

 ノルスヴェイン家は代々氷魔法の高い素養を受け継いでいる。

 若き日の父も同じように我が血統の氷雪をバルドーに弾かれたのだろう。


 武技も魔法も容易に通らない。

 老英雄は、そのどちらにも食らいついてくる。

 もう一段攻め手を洗練する必要がある、ということか――。


 フェルクは深く呼吸し、魔力を解放し、周囲の空気を支配する。

 ――魔力とは即ち力の届く範囲を自らの影響下に置く超常の力である。

 フェルクの足元から冷気が走り、霜が立ち、バルドーの元まで及んでいく。


 ダグラスが思わず息を呑んだ。


「あの殿下が、一個人相手に領域魔法を――」


 バルドーの周囲の温度が体感で分かるほど冷やされていく。

 視界を雪が舞い、凍える風が息を塞ぎ、手をかじかませる。

 人が生きるには過酷な世界、真冬がここに現出される。

 そこにフェルクが悠然と涼し気な表情で君臨する。


「我が領域にて息絶えるが良い」


 バルドーは震えを振り払い、大声で吠える。


「お前が冬を連れて来ようとも俺は負けぬ! 里を守る! 帝国の横暴には屈せぬ!!」


「虚勢だけで我が冬は乗り越えられぬ」


 フェルクは強く踏み込み、《《疾さ》》をさらに上げた。

 今度はバルドーの反応が追いつかない。

 肩口から鮮血が走る。

 白く染まった地に、血が赤の線を刻む。


「師匠!!」


 グレンの猿ぐつわは外され、その悲痛な声が響き渡る。

 もはや口を塞ぐ必要はない。

 叫びたければ叫ぶがいい。

 希望の象徴が敗れる絶望こそ、帝国の支配を盤石にするのだ。


「まだだ! まだ一度(かす)っただけだ!!

 里の連中に無様は見せられねえ!

 息がるなよ、若造――ッ!!!」


 バルドーは勢い込み、斧を振りかざし、突進する。

 今までで一番の速さだ。

 しかし、裏を返せば、――底が見えてきた。

 これがバルドーが死力を尽くした状態なのだと、フェルクには分かる。

 

 達人同士の初手は必然的に探り合いとなる。

 力を尽くした攻撃でなければ届かない。

 そう分かっていても、最初から本気で攻撃しない。

 全力の一撃は大振り。何らかの隙が生じてしまうからだ。

 故に力量を見極め、間合いを把握し、呼吸を掴んで――。

 ここぞという場面で決定打を打ち込む。それが真の強者の闘いだ。


 今のバルドーの一撃は確かに最も強力な渾身の武技である。

 受けたなら、フェルクとて無事では済まないだろう。

 ――だが、それ故に脆い。

 フェルクの先の攻撃が肩を掠めるだけだったのは、《《わざと》》である。

 バルドーは老齢だ。体力には限界がある。それを痛感し、武威を誇示している。

 だから、四肢が万全で、体力が底を尽きる前に、一番の攻撃を仕掛けてくる。

 そうせざるを得ないバルドーの力量の底が、フェルクには読めていた。

 予見できているから、バルドーが踏み出す前にフェルクは反応している。

 致命打を負わせる一撃のために、既に身体を研ぎ澄ませている。

 

 バルドーの斧は空を切った。

 すかさずフェルクの細剣が腹を半ば裂き、バルドーは膝を屈する。

 傷口に手を当て、流れる血と痛みを抑え込もうとしているが――。


「貴様の敗北だ。動けば傷が開いて助からんぞ。

 これで決着、良いな?」


 細剣をバルドーの眼前にかざし、降伏を突きつけた。


 バルドーは苦渋を浮かべ、歯を食いしばる。

 片手で戦斧を握り、確かめるように力を込めるが、震えて保持できない。


「まだやれる、とはもう言えないか――。俺の負けか」


 バルドーは顔を落とし、戦斧を手放した。


「見事だ、若造。

 悔しいが、仕方ねえ、仕方ねえなァ――。

 里の暮らしは、楽しかったのによォ……。

 俺も老いがまわった。今回は守れなかった、か――」



 今の決闘は一騎打ちだったから、一気に決着に持ち込めた。

 だが、視界の悪い夜で乱戦であったのなら、フェルクとて容易に決定打は放てない。

 先の決着のように、後先を計算し尽くし、最適に魔力を解放することもできなかっただろう。

 つまり、フェルクが十全の力を発揮できない状態でバルドーと戦っていたのなら、確かに膠着状態に持ち込まれただろう。

 ――少年少女を逃がす十分な時間稼ぎをできたことだろう。

 

 しかし、『ノルスヴェイン・サーガ』の改変はここに成された。

 バルドーはフェルクに圧倒され、里とグレンとリセアは捕らえられた。

 フェルクは里と、――そして物語の始まりを制圧したのだった。

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