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第6話 冷静と情熱

 日が頂に差しかかる頃合い、バルドーの里の中央通りにて。


 青地に白い狼の帝国軍旗を掲げ、整列した軍隊が堂々と進行する。

 辺りは異様な静けさに包まれている。家屋から恐る恐る様子を伺う住民たちの姿が見え隠れする。

 

 夢中でプレイしたゲームの世界を自分の足で歩いてみたい。ゲーマーなら誰しもがそう思うことだろう。

 しかし、まさか侵略者として畏怖されながら闊歩することになろうとは夢にも思うまい。


 里は数百名の共同体のため、端から端まで進むのに時間をさほど要しなかった。

 最奥の小高く開けた地に、バルドーの道場はある。

 木造の広々とした屋敷を寺社のように木柵が囲んでいる。

 そして大きく開かれた門の中央に一人の男が堂々と立ち、こちらを睥睨へいげいしていた。


 ――南方の旧英雄、バルドー。


 真っ白の短髪は老いを物語るが、それに反して見開かれた眼光、日に焼けた剛腕は鋭気に溢れている。

 老いてなお巨木のように根を張る歴史の生き証人。バルドーはいまなお健在である。


 フェルクはバルドーが旧英雄だとは聞いていたものの、それも昔のことだと話半分に受け止めていた節があった。

 バルドーが不穏分子を結集しているというのは、攻める名分を立てるために誇張を含んだものでもある。

 実態は好々爺が隠居後の趣味で道場をやっているに過ぎず、緩やかな集団であるほうが自然だと考えていた。

 それでも軍の規律として最悪を想定し、武装集団でも対応できる包囲網をあらかじめ敷いていた。

 しかし、当日の進軍前に、部下から報告を聞いてフェルクは驚きを禁じ得なかった。

 降伏勧告以降の里からの逃亡者はただの一人もいなかった。《《誰一人いなかった》》、のである。

 

 フェルクがこれまで指揮してきた作戦の記憶として、包囲戦とは得てして混乱が生じるものである。

 進軍に気づいた敵集団がどう対応するかにより、その組織の統率具合を窺い知ることができる。

 ひなびた町村や士気の低い一隊などは散り散りに逃げるケースが多い。

 それこそ、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。


 しかし、このバルドーの里はどうだろうか。

 長い歴史を積み上げたり、明確な自治系統を築いているわけでもない。

 それにも関わらず、帝国に包囲された絶体絶命の危機において混乱が生じていない。

 考えれば考えるほど異質なのだ。


 里の者は恐らく素朴にこう思っているだけなのだろう。

『バルドーさんがいてくれるなら大丈夫だ』

『バルドーさんが言うなら間違いない』

『バルドーさんなら、どうにかしてくれる』

 その人望だけで里が一糸乱れぬ動きをして、冷静に状況を見守っている。

 今なおバルドーには確かな影響力がある。その証左が今の里の静けさにあるのだ。


 進軍は止まり、その中央からフェルクは歩み出た。

 そして、バルドーと差し向かいになり、真正面から視線を交わし合った。

 道場内には、心配そうに見守る弟子たちの姿も見受けられる。


「誰かと思えば、帝国の冷血皇子か。老いぼれ相手に大層な死神をよこしたものだな」


 バルドーはフェルクの来訪をぶっきらぼうに評する。


「答えを訊きに来た」


 フェルクはバルドーの皮肉に応じない。淡々と軍務を遂行する。


「答えねぇ……。人質を盾に脅されたら選びようもないだろうに」


「ならば恭順か」


「とはいえよぅ。そんな卑怯な手を使われて、はい、そうですかとお利口に従うほど行儀良くもないんだよな」


「……………」


 フェルクは後ろを見やり、ダグラスに向けて促した。

 ダグラスたちは連行してきたグレンとリセアを前へ出す。

 身体を縄で縛られ、猿ぐつわを処されている。

 相変わらずグレンは何かを言おうと藻掻いているが――。

 その様子を見たバルドーは顔をしかめて沈痛な面持ちだ。


「不満だが従うと。それで良いか」


「……………」


 今度はバルドーが沈黙を返す。

 そして、じろじろと自分の顔を見てくる。


「……帝国のやり口は昔から気に食わなかった。

 人の嫌がることをしっかり狙ってきやがるし、いつも上から目線だ。

 だがよ、勝てると踏んだ時には恐ろしいくらい威勢よく攻め込んでくる獰猛さがあった。

 その飢えた獣染みた執念だけは分かりやすくて、闘い甲斐のある連中だとは思ってたんだよ。

 しかし、今回のやり口はどうだ!

 てめえ達は圧倒的武力を持っている。

 それにも関わらず、こんな回りくどいやり口をしやがる。

 帝国は、獣の誇りさえ失っちまったのかい? 白狼の旗が泣いてんじゃあねえのか!」


 バルドーの怒声に後押しされ、道場から弟子も住民も次々と顔を出して様子を伺う。

 帝国は卑怯だというバルドーの主張が場を支配している。良くない雰囲気だ。


 なるほど確かにバルドーは真っ向勝負では帝国に勝てないだろう。

 となれば降伏より他にあるまい。


 しかし、降伏にも種類があるのだ。

 心が折れたか、どうかである。

 バルドーは帝国の道理を非難し、里の精神的優位を保とうとしている。

 この主張を許せば、反抗の火種は燻り続けることになろう。


 ――ならば、その熱を恐怖で凍てつかせよう。


 元よりこの懸念はあったのだ。

 今回の制圧作戦はあまりに狡猾に過ぎる。

 卑怯者のそしり自体はやむを得まい

 そして黙らせる手段も想定済みだ。


 フェルクは静かに腰の細剣へ手を添えた。


「誇りならある」


 鞘走る鋼の音が、静まり返った里に響く。

 細剣の切っ先を真っ直ぐにバルドーへと向ける。


 周囲の空気が張り詰める。


「御託はいらぬ。武器を持て。一騎打ちだ」


「殿下……ッ!」


 ダグラスが思わず声を荒げた。


「何をなさいます! ここで皇族自ら危険を冒さずとも――」


「必要なことだ」


 フェルクは視線を外さないまま答える。


あらがう希望など持たせぬ。

 この里の支柱を折る」


 冷気が足元から滲み出る。


「真正面からバルドーをくだす。

 さすれば抵抗は無駄だと、里の者たちも理解しよう」


 凍てつくような魔力の気配が漂い、誰もが息を吞んでいる。


「んーッ! んんッ!!」


 猿ぐつわ越しに、グレンの叫ぶ声がする。

 グレンには納得できないに違いない。

 昨日、ダグラスと笑いながら拳を交え、帝国の人間とも分かり合えると感じたことだろう。

 それなのに今は殺伐とした対立の只中だ。

 真っすぐなグレンには昨夜の空気と今の現実を結びつけられない。

 藻掻き嘆くのも無理はあるまい。


「……悪く思わないでください」


 ダグラスが小さく声を漏らすのが聞こえる。

 我らはいつも分かり合えないまま、互いに立場を衝突させるしかないのだ。


「帝国第三皇子フェルク・ヴァル・ノルスヴェインがここに誓う」


 フェルクは高らかに宣言した。


「貴様が勝ったなら、帝国はこの里から去ろう。

 しかし――」


 魔力を解放する。

 白い冷気が地を這い、薄く霜が広がる。

 張り詰めた冷気が一帯を撫でた。


「俺は負けぬ。

 よって我らに従うがいい」


 フェルクの啖呵に対し、バルドーは一度目を閉じ、呼吸を置いた。


「ハッ、ハハハハハ……!

 さすがは武勇に名高い冷血皇子だ!」


 老英雄の笑い声は、やけに大きく響いた。

 まるで里の皆へと言い聞かせるかのようだった。

 大振りに背後の弟子へと声をかける。


「俺の斧を持ってこい!

 分かりやすくていいじゃねえか!

 力と力で決める! その方が気持ちいいよなあ!」


 門下生が震える手で大斧を渡す。

 それを殊更に威勢良く担ぎ上げ、フェルクを真正面から見据えた。

 バルドーはまるで己の健在を誇示するかのように、豪快に振る舞ってみせる。


「やろうぜ、若造!

 帝国の誇りってやつを見せてみな!」


 里の命運をかけた一騎打ちが始まることとなった。

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