第5話 運命は騒がしく
『バルドーの里《《制圧》》作戦』。
これは《《殲滅》》でもなければ、《《襲撃》》でもない。
一見して帝国の進軍に変わりないだろう。
しかし、ここには厳格な秩序と規範がある。
横暴なる夜襲とは一線を画すのだ。
――『ノルスヴェイン・サーガ』の改変は、これより始まる。
今作戦では暗部との連携が密となっている。
暗部は本隊より先行させ、里及びバルドーの道場の日々の動きを監視させた。
すると、バルドーの門下生は交代で毎日の狩りに出ていることが判明した。
3人1組となって野山の獣を狩り、日々の糧としていたのである。
バルドーの里は山に囲まれた盆地に位置し、自給自足の生活をしている。
そこで門下生に狩りをさせたのなら、武芸の修練と食料確保を両立する、実に合理的な営みであった。
あまりに効率的であるが故に常に欠かさない習慣となっており、フェルクら侵略者にとって格好の標的とすることができた。
「放せ! お前たち、なんなんだよ! 何をするつもりだ!」
フェルクの目の前で赤髪の少年が縛られて大声を上げている。
その隣には茶髪の少女が同じように縛られているが、少年を小声でたしなめている。
「ちょっとグレン、あまり騒がない方がいいんじゃない? 機嫌を損ねたら、何されるか分からないわよ……」
「なんだよ、リセア! こんなことされて黙っていろって言うのかよ!
大人しくしてたら、それこそこいつらの思い通りだぞ!
どうにかして、助けでも呼ばないと! おー、わっ、何する、うわっ」
あまりに大音声で騒ぐものだから、布で口を塞がせた。
このグレンにリセアと呼び合う少年少女たち。
逆立った赤髪の引き締まった体つきの少年、肩口で切り揃えられた茶髪の利発そうな少女。
――まさしく『ノルスヴェイン・サーガ』の原作主人公とヒロインその人である。
狩りをして里を離れている門下生を捕らえよ、と指示をしたのはフェルクである。
部下たちはその命令通りに動いて、この2人を確保してきた。
部下たちには何の非もない。非があるとすれば、――己の運の悪さだろうか。
なんで、よりにもよってこの2人なのだろうか。
バルドーの門下生は30人前後と聞いていたが、最悪の巡り合わせである。
まさしく運命に悪戯されている気分だ。
「もう一人も見つけました!」
そして、驚きのあまりに黙り込むもう一人の少年が引っ立てられて来る。
良かった。こっちは普通そうな少年だ。
まぁ原作での生き残りはグレンとリセアだけだったので、他の者の素性など分からないのだが。
フェルクは胸元から書状を取り出し、従順そうな少年へと渡した。
「降伏勧告状だ。バルドーに渡せ」
その中には、次の旨が記されている。
『門下生2人の命は預かった。無事に帰してほしくば里ぐるみで恭順せよ。
逆らえば貴様らの命はない。帝国に仇なす者の末路である。
明日の正午、貴様の道場へ赴く。
賢明な返答を期待している』
その末尾には帝国の印章が添えられている。
「逃げるなよ。追手を背後に付かせている。
確実に届けるのだ」
少年は怯えながらコクコクと頷き、縄を解かれると危なげな足取りで里の方角へと消えていった。
想定外の獲物を捕らえたものの、作戦は手筈どおりに運んでいる。
何の問題もない……はずだ。
原作主人公やヒロインを伝令役にさせたのなら、思わぬ事態に出くわすとも限らない。
ならば、ここで監視下に置いておくのが次善の策であろう。
部下たちも二重三重に配備してある。万が一に逃げられるということもあるまい。
「――ッ! ん、んんーっ! むー!」
グレンは口を塞いでもやかましい。
こいつを捕らえ続けて一晩を共にし、明日の正午まで待たねばならないのか。
ただでさえ初めての原作改変で気が立っているのに、こんな予想外があっては据わりが悪い。
「おやおや、ずいぶん元気ですね。少し遊んであげた方が良さそうですね」
自分の鬱陶しそうな目線に感づいてか。ダグラスが大股にグレンへと歩み寄った。
そして、口元を縛る布を解くと、快活に言い放った。
「元気が余っているなら、腕比べといきましょう。
武器無しで拳同士の殴り合い。明日までの待機とあって、私も退屈していたところです。
バルドーの弟子の腕っぷし、見せてくださいよ」
「上等だ! 俺に負けても後悔するなよ!!」
「良い威勢です。それでは始めましょうか」
縄が解かれ、グレンとダグラスが対峙することとなった。体格はダグラスが頭一つ大きく、上から伺う態勢だ。
――ダグラスはこういうところが本当に気が利くのだ。
フェルクだけでは畏まりすぎるところを、ダグラスが潤滑油となってくれる。
今もまた厄介なグレンの面倒を見ると同時に、山中で一晩待機とあって気の滅入る兵たちの見世物を買って出ている。
フェルクの足りないところを補う副官として、申し分のない機転である。
最初に仕掛けたのはグレンからだった。
真正面から勢いよく踏み込んでいく。
そのままダグラスの顎めがけて鋭く拳を叩き込む。
「ふむ、なかなか良い打ち込みですね
体重が拳に乗っている。身体の使い方の勘が鋭い」
対するダグラスは、グレンの握り拳を真っ向から手の平で受け止めた。
片手を封じられたとあって、グレンはすかさずもう一方の拳を繰り出す。
しかし、その軌道も読まれ、ダグラスの顔面の手前で受け止められてしまった。
互いの両手を封じ合ったところで、すぐさまグレンは腰を捻り脚を引くが――。
その動作はダグラスに読まれていた。
すかさず軸足が払われ、グレンは尻もちをつくこととなり、すぐさま顔前に拳を突きつけられた。
勝負あり、である。
「速く、鋭く、狙いも良い。
ですが、あまりに素直すぎますね。
視線と攻撃が一直線では格上に通用しませんよ」
「くーっ! やるなぁ、兄ちゃん! もう一回、もう一回勝負だ!」
「良いでしょう! 存分に相手をしてあげましょう!」
なんでこいつらは一瞬で意気投合してるんだろう。
拳と拳を交わし合うと絆が生まれるというのが、古今東西、熱い男の性分なのだろうか。
「グレン、負けないで! 怪我しても私が治すから! 思い切りやっちゃって!」
なぜかリセアまでノリノリである。リセアは治癒術師だもんな。道場でも普段そういう役回りなのかもしれない。
そして、感化されたのか。他の隊員たちまで互いに向き合い、あちこちで拳闘が開始されていく。
――グレンには場に影響を及ぼす天性のカリスマがある。
そのひたむきさが周りに伝播し、自然と士気を盛り上げるのだ。
その一端がこんな珍妙な形で発揮されるとは思わなかったが、さすがは真の主人公といったところか。
異様な光景に呆気にとられる輜重隊長にフェルクは声をかけた。
「野営と炊事の準備には支障をきたすな。
その時間になったら、銅鑼を鳴らして合図しろ」
手筈を部下に任せると、フェルクは野戦椅子に腰をかけ、賑やかなぶつかり合いをぼんやりと眺めていた。
なんだか調子が狂わされるな。肩肘を張っていた緊張感が変に解かれ、フェルクは奇妙な気分だった。
ここまでは制圧の準備段階。本番は明日のバルドーの里である。
無事に制圧となるか、予想外の事態が起こりうるか。
響き合う拳の音を聞きながら、フェルクは明日へと気持ちを馳せるのだった。




