第66話 エピローグ:誓いと約束Ⅱ
時は少し遡る。
夏の暑さも落ち着いたころ、ルーシェは海都に向けた旅路の中にあった。
鞄の中には、メリカからの手紙が携えてある。
あのときの約束――講和が成ったので、南部と海都の友好を祈念した祭りの準備をしましょうと、その誘いである。
ディオゼからも「行ってゆっくりして来い。俺たちも後から行く」と送り出され、数名の侍従を伴って、今度はルーシェが海都に滞在することとなった。
「とはいっても、初めての祭りですから、具体的にどんな出し物をするかが実は決まっていませんの」
再会を喜び合った後、メリカから相談が持ち掛けられた。
風魔法師団のミタも悩まし気に首を捻る。
「私たちがやってきたのは戦闘用の訓練でした。そのまま街中で披露したら、お店とかが吹き飛んじゃいますし、何か良い案はないものですかねー」
ルーシェもまた専ら戦闘のために風魔法を磨いてきた。それ以外の使い方と言えば――。
誰も傷つけない風魔法の使い方について、ルーシェには一つだけ心当たりがあった。
「私は声を風に乗せて、戦場に行き渡らせたことがありました。
風魔法で都中に歌を響かせてみるのなんてどうでしょう」
メリカはポンと手を叩いて、賛同する。
「いいですわね! うちの都なら歌劇も盛んですし、歌い手も喉自慢が揃ってますわ!
きっと盛り上がることでしょう」
そこでルーシェはふと良い案を閃き、敢えてミタに問いかけた。
「ミタさん、メリカも歌えますよね」
「ええ、もちろん。幼いころに披露していたのを、聴いたことがありますー」
「じゃあ決まりですね」「もちろんですー」とルーシェとミタは、メリカに詰め寄った。
「歌い手はメリカです。今度は監督だけなんて寂しい思いはさせません。
一緒に特訓ですね」
「し、仕方ないですわね。淑女として歌唱の嗜みくらいはありますわ。
そうと決まれば、また特訓の日々を再始動ですわ」
照れながらも、まんざらでもなさそうに、メリカは催し物の主役に一気に躍り出ることになったのだった。
メリカが歌うということは、祭り当日までは秘密の事項となった。
それまでは鈴の音を都中に響き渡らせる形で、練習を積み重ねることとなった。
ルーシェが大きく音を拡散させて、要所に配置された風魔法師団が隅々まで行き渡らせていく。
さながら風の都中に連絡網を張り巡らせるべく、訓練と打ち合わせは続いていく。
一方でメリカは海都でも指折りの歌い手を講師に招き、日夜、発声練習に打ち込んだ。
「そういえば、なんの歌を歌うのかしら」と講師に問われ、三人は顔を見合わせた。
南部の歌もいい。海都の歌もいい。でも、それだけでは足りない。
新しい、南部と海都と、そしてもっと広がった世界を繋ぐような歌がほしい。
「……これは、新しい歌を作るしかありませんわね」
少女たちの目論見は、もはや講和で変わる未来を象徴するような試みへと発展していく。
南部と海都の将来を担う少女二人が力を合わせているのだ。
こんな壮大な事態になるのも、必然のことであったのかもしれない。
やがて迎えた風祭りの当日。
メリカは海都の中心に設けられた舞台にて、ひときわ煌びやかなドレスに身を包み、一礼をした。
舞台の前にも、大通りにも、観衆が押し寄せている。
既に風を吹かせる準備は出来ている。まずはメリカの挨拶が都中に響き渡る。
「この度は南部と海都と、そして周囲の国々の友好を祈念した祭りにお集まりいただき、ありがとうございます。
私もまた、帝国と南部の戦線を間近で見て参りました。
あの日、帝国の矢を退け、南部の兵を前に進めた風の魔法。
しかし、今はただ、私たちの平和を祝うためだけに風を吹かせます。
願わくば、途切れることのない風のように、この平和も続きますように。
それでは聴いてください」
最初に歌われたのは、海都の歌だった。豊漁を願う明るい調子の歌。
メリカの澄んだ歌声とともに、涼やかな鈴の音が響いていく。
通りに出ていなかった人々も窓を開け放ち、その歌声に耳を澄ませる。
次に歌われたのは、南部の歌だった。豊作を祝うしっとりと祈るような歌。
抑揚を付けた低音の歌声が発せられ、笛の音が鳴らされる。
紙吹雪が巻き上げられ、通りはまるで花吹雪に包まれたように華やかとなる。
最後に歌われたのは、新しい歌だった。今までと打って変わって素朴な歌。
まるで子守歌のように、メリカの歌声だけが静かに響いていく。
それが手拍子を合図に、軽快で弾む調子に変わる。同時に強く風が吹いた。
最後の仕掛けの天高い巨大なかざぐるまが風で大きく回転する。
メリカから始まった手拍子が、会場全体に広まっていく。
♪ただ明日へと続いていく それだけで嬉しいー
そんな簡単な歌詞が繰り返され、気付けば会場全体が口ずさんでいる。
上手なわけでもない。工夫をこらしているわけでもない。とにかく親しみやすい歌。
誰にでも分かる歌が、覚えのある弾んだ感情が、風で広がっていった。
メリカの歌は大好評に終わった。メリカとルーシェとミタは喜び合った。
そうしてメリカは『議長家の姫君』改め、『議長家の歌姫』と呼ばれることとなるのだが、そんなことはさておき。
ルーシェは、ただ嬉しかった。
あのとき、悲痛な思いで声を風に乗せていたときとは、全く違う充実感があった。
ただ楽しい調子だけが広がっていく、本当に和やかで心の踊る時間。
風を感じるのも、風魔法を使うことも、ずっと好きだった。
だけど、争いのときはつらかった。風を吹かせる度に、誰かが前に進むのが怖かった。
でも、今は違った。ただ歌が広がって、笑顔が広がっていく。気持ちの良い風だった。
そして、観衆の声が反響して返ってくる。響き合う楽しい時間。
ずっとこんな時間が、明日へと続いていけば嬉しいと思う。
父上が争いの時代を終わらせた。そして私が平和の時代を始めていくのだ。
そのために私も、父上のような立派な領主になりたい。メリカもきっと国の代表となる。
そして、私とメリカも、お互いの国同士もずっと仲良しでいられたらと思う。
私は、父上にとって、そして私自身にとっても恥じない自分で在り続けたい。
約束の風を都中に吹かせながら、ルーシェは未来の先へと誓うのだった。
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海都の催し物の大一番、南部の祭礼船の船上にて。
「あれから一年になるのですね」
前触れもなくユキウスが話題を振ったが、ディオゼにはそれが指すところがすぐに分かった。
「ああ、ルーシェが風の前に立つと決めてから一年か。本当に長い一年だったな」
「ええ。本当にここに来るまで、大変なことの連続でした」
「でもよ、あのときは下策だなんて怒鳴っちまったけど、やっぱりお前の見立ては正しかったよ」
船首の付近にて、南部の出番の準備を進めるルーシェを見ながら、ディオゼはつぶやいた。
「ルーシェはちゃんとやり遂げた。そして、俺の思っていた以上に強い娘だった。
振り返れば、本当にルーシェなしでは勝てない戦だった」
その会話にキーグが割って入る。
「俺からすれば、ルーシェならできるって、ちゃんと見抜いたあんた達がすげえよ。
何はともあれ、俺たちは壮大な賭けに勝ったってわけだ」
「勝ち負けは付かなかったようなものだが、まぁ平和を勝ち取ったようなものか。
いつ帝国が攻めてくるか、ビクビクしていた時代よりはずっといいか。
案外、フェルクは話が分かりそうな奴だしな」
そして、南部の祭礼船の出番が近づいてきた。
ディオゼたちはルーシェを囲み、竹籠を手元に携えた。
「次いでは、南部所領盟約の御一行です! 講和の立役者のディオゼ様とともに、あの『風の少女』ルーシェ様が乗船しております! この地に巻き起こる華やかなる『翠風』をご覧ください!」
ルーシェが風を巻き起こしたのに合わせて、竹籠から花びらを豪快に投げ放った。
南部の祭礼船を花吹雪が包み、大喝采が辺りから鳴り響いた。
「こんな光景がずっと続くように、ルーシェを支える奴らも見つけなきゃな」
「ええ、我々も次世代に託していかなくてはなりません」
「へへ。バルドーの里から南部に帰属した若者たちの身上書は揃えてあるぜ。
早く手を付けないと、俺の組織の一員に囲っちまうぜ」
「おい、キーグ! そいつをこっちに渡すんだ!
お前の道に引きずり込むには早すぎるって!」
昔馴染みの南部の三人衆は今日も賑やかに騒いでいるのだった。
ルーシェは、そんないい大人たちを笑って見ながら、自分もこんな風に友達とずっと仲良くできたらなと思った。




