第65話 エピローグ:誓いと約束Ⅰ
「フェルク宛てに、豪華なお手紙が届いているよ」
外交のトップであるリュセト兄上が直々に持ってくるとは大層な代物だ、と差出人を見てみれば、なんと南部所領盟約の印と海都アクレヴィアの紋章が並んで押されていた。
「南部と海都の友好を祈念した風祭りを開催する。帝国も来賓として是非参加されたし、か……」
「任意参加のお誘いなんだけど、これ断ったらまずい案件なんだよねぇ。
一応、宛名がフェルクだからフェルクに聞くけど、どうする?」
リュセトが少し困ったように笑っているが、フェルクにもその含意は伝わった。
帝国が顔を出さずに、南部と海都だけで友好祭を催した場合、先の会戦の協力関係を彷彿させて外聞が悪い。しかし帝国も参加するのなら、帝国と南部に隔意なしと証することにもなり、一気に平和の総合式典としての格を帯びる。
つまり、帝国が万が一に断ったら、国際的に非常に気まずくなる難物である。
「万難を排して、錚々《そうそう》たる顔触れで赴くとしよう」
「それが大正解だね。じゃあ、参加者に声を掛けに行くとしよう」
向かったのは、長兄アルヴィの執務室兼応接室であった。三皇子全員が風祭りに参加したのであれば、帝国として最上位の敬意を示したことになろう。
そう思って訪ねれば、そこには多士済々の面々が顔を揃えていた。
「やあ、フェル」 「これは殿下」 「フェルク!」と三者三様に違った反応を示す。
アルヴィ、レノリタ、そしてイヴェリである。
すっかり体調が戻ったイヴェリは、政務への復帰に意欲を示していた。
この頃はレノリタと協力して、講和後の軍部の再編について案をまとめている。
もはや戦時ではなくなったのだから、軍も新しい体制に作り替えねばならない。一から十まで戦闘のための組織ではいられなくなるのだ。余剰兵力を街道整備や開墾などの公共事業に転用すべく、この面々で打ち合わせを重ねているのだ。
フェルクは少し戸惑った。アルヴィの兄上だけに風祭りの話を振るつもりが、全く別種の心構えも要することになったからである。
――しかし、イヴェリも後で誘おうとは思っていた。
復調して最初の遠出が海都。確かにおあつらえ向きではないか。
このまま、この場で切り出すとしよう。
「海都の風祭りに、皆で赴こう」
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帝国一行が海都に着くと、迎える側も相応の顔触れで応じた。
アクレヴィアの議長家の一家、既に会場入りしていたディオゼら南部の代表が直々に迎えに来た。
そして、議長家の長女メリカが、帝国の顔触れを順に見て、一人のところで動きを留めた。
見渡せば、誰もがその者に注目しているのだった。
確かに、アルヴィ、リュセト、フェルクの三皇子は国家間でも顔が知れている。
(つれっとレノリタは十数年ぶりに侍女の格好をして、一行に紛れ込んでいる。)
そして、三皇子と横並びに楚々として佇むこの女性は、まだその顔を知られていないのだ。
「それでは、そちらの方が――」とメリカが戸惑い気味に、その女性とフェルクとを交互に見比べた。
イヴェリは満面の笑みを湛えて礼をした。
「はい、私がフェルクの婚約者。イヴェリにございます」
海都の面々から「おお」という歓声が、南部の面々から「おお……」という困惑の声が上がった。
ディオゼとキーグに至っては、顔が引きつっているのを隠していない。
キーグが「戦鬼に囚われた美姫ってわけか」とディオゼに小声でつぶやく。
その声をばっちりと聞き取り、イヴェリは凶悪な顔のキーグに物怖じせずに近付いて反論した。
「あらあら、私は身体だけでなく、心の奥底までフェルクに捧げていますのよ。
ディオゼ殿でしたら、フェルクが優しい殿方だと分かっておいでですよね」
「お、おう! 当たり前だ!」とディオゼは全力で肯定の弁明をした。
周囲がどっと笑いに包まれた。珍しくたじろぐキーグの表情が見ものであった。
こうしてイヴェリの初の外交お披露目は、とても印象深いものとなったのだった。
さて、海都に着いて挨拶も済ませたはいいが、帝国はあくまで賓客としての位置づけである。
準備自体も海都と南部で進行しているわけだし、祭礼の本番までやるべきことがない。
宿泊先に荷物を置いた後は、一行は海都の街並みを見物することにした。
帝都と違って、屋根や外壁が色とりどりである。祭りのために至るところに旗やかざぐるまがぶら下がっていて、見た目自体が賑やかであった。あちこちに水路と渡し舟があるのも、涼やかで感じが良い。
「フェルク! 歌劇をやっているみたいですよ! 見てみたいです! えーと、演目は……」
目に映る何もかもに忙しく興味を示しているイヴェリが、次に注目したのは劇場であった。
帝国でも吟遊詩人くらいはいるが、劇団を組んで上演という形は一般的ではない。まして、こんなに大きな劇場はない。
帝国の一行の誰にとっても目新しいのは確かなので、しげしげと演目を見てみた。
『「赤き狼の挽歌」 あの大人気歌劇「風の少女」の舞台裏! そこには北の戦鬼を命を賭して食い止めた無頼漢の奮闘があった! 語られざる英雄ロウガの激動の半生を描く!』
「歌劇かぁ。外交としては国の印象を良くするのにも使えそうだね。でも、露骨な政治的宣伝になっても反発を呼ぶし、奥が深そうだなぁ」とリュセトは考え込んでいる。
「これはフェルも題材になっている劇だね。どんな人が演じるのかな、見てみたいなぁ」とアルヴィがキラキラとした目で興味を示す。
「勘弁してくれ」とフェルクは頭を抱えている。そもそも英雄ロウガとかそんな柄じゃないだろうと、小一時間問い詰めたい。
レノリタは収拾のつかない三者三様の反応を見て取り、手をパンパンと叩いて統括する。
「さすがにこの面々で歌劇を観覧しては騒ぎになります。視察のために侍従を数名観劇させるに留めましょう」
その後も一所に留まると注目を浴びてしまうので、その度にレノリタが背中を押す形で、のんきで賑やかな海都の視察は実り豊かなものになったのだった。
風祭りの本番、最大の催しは大通りでの行進である。
とはいっても、海都の行進はなんと歩かない。通りを貫く水路に巨大な祭礼船を浮かべ、そこに出演者や来賓を乗せて手を振らせるのだ。まさしくアクレヴィアの水運を活かした、他国には絶対に真似のできない催し物である。
等間隔に祭礼船が並び、帝国の一行もまた帝国を題材にして飾られた船の甲板に乗っていた。帆は青地に白い狼の帝国国旗を模したものとなっており、あちこちに鉄の装飾がされ、冷涼で剛健な帝国を見事に表現していた。
魔法で起こされる風を受けて、帝国の祭礼船はゆっくりと進んでいく。
「これは僕たちも負けていられないね」
アルヴィが静かに、だが闘争心を珍しく顕わに、そんなことを口にした。
「祭りは豊かさの結実なんだ。そして、こんな祭りは今の帝国にはできっこない。
争いばかりに力を注いできたから、こんな文化は育ちやしなかった。無論、生き残るためには、それしかなかったんだんだけどね。
でも、この先は内政を発展させ、文化を豊かにしていくことが一番の戦いになる。
そうでないと、新しいご時世では、豊かで楽しい国に住民を取られかねない。
平和になってからこそが、内政の頑張りどころになるんだね」
リュセトがアルヴィに語り掛ける。
「これからの外交は軍事ではなく、内政に寄り添う手番になるのかな。
他国の良いところも取り入れながら、我らの帝国を一番にしていかないとね」
三人で船首へと向けて、船の行く先のまっすぐを見据えた。
まるで帝国の新しい船出に誓うかのようだった。
剣を置いた後でも、兄上たちと共に力を合わせていかねばなるまい。
我らの研鑚は、戦いとは別の形になって続いていくのだ。
「次いでは、ノルスヴェイン帝国の御一行です! 北から遥々駆けつけていただきました! なんと講和の立役者、フェルク様ご本人も乗船しております!」
風魔法による伝声が響き渡り、帝国の祭礼船が民衆の注目の的となった。
観覧する者たちに恐れの色はなかった。歌劇の影響もあるのだろうか。皇子たちが手を振ると、黄色い声援といった形で、女性たちの喜色めいた歓声が沸き上がった。
フェルクはここで一つの演出を依頼されていた。
派手にかつ安全に氷魔法を披露してほしいというものだ。
無茶苦茶な注文であるが、せっかくの祭典での依頼を無下にするわけにもいかない。
フェルクは広い範囲に薄く氷雪を展開し、日光をきらきらと反射させた。
そして、その最中、天に手をかざし、巨大な狼を象った氷像を瞬時に形成してみせた。
フェルクにしかできない精密かつ大規模な氷雪魔法に、観衆は大いに沸き立った。
戦って活路を拓くために鍛えてきた氷雪魔法を、こんな見世物に使うとは思いもよらなかった。
――だが、悪い気分ではない。
フェルクは微かな笑みを浮かべながら、大喝采に手を振り返すのだった。




