表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
64/67

第64話 エピローグ:帰郷Ⅱ

 祭りが盛り上がってきた頃、二人組の老人が里の入口にひょっこりと現れた。


 二人とも白髪で顔に皺が刻まれているが、背筋がピンと伸びており、足取りがしっかりしている。

 一人は背が高く、整えられた白い髭が威厳を感じさせる。

 もう一人は細身であるが、目つきに何か鋭いものがある。


 グレンはその二人の姿に、ただならぬ気配を感じた。しかし、敵意は感じない。

 特に細身の老人を、どこかで見た覚えがある気がしてならない。

 どちらも旅装で、手に酒の入った大きな革袋を提げていた。


「もし、旅の者ですが、祭りに混ぜてもらえませんかな」


 立派な髭の老人がニコニコと微笑みを讃えながら、そう言った。


 里の人たちは顔を見合わせたが、祭りの最中にせっかく来てくれた人を追い返すのもつまらないと思ったのだろう。

 誰かが「まぁどうぞ」と言い出し、祭りの輪に誘った。二人は気前よく持参の酒を配り始め、気付けばあちこちから笑い声が上がっていた。


 隣にいたバルドーが立ち上がり、ゆっくりと二人の老人の元へ向かっていく。

 グレンも気になったので、その後をついて歩く。


 その最中、髭の老人が手元から冷気を放ち、氷を皮袋にボトボトと落としていた。


「酒は冷えていた方が旨いだろう。我が一族秘伝の魔法、とくと味わうが良い」


「かぁー、こいつは旨いな。気の利いた爺さんだぜ!」と里の民からも好評だが、グレンはその氷雪魔法に見覚えがあった。

 まさか――、と記憶を探っているうちに、早足になった師匠が駆け付けていた。


「はっはっは。随分品の良いご老人であらせられますなぁ。

 うちの里はどうですかな」


 師匠はわざとらしい大きな声を上げつつ、髭の老人の肩を抱き込んで、その耳元でささやいた。


「北の王様がなんの用だい」


 ――やっぱりだ。あの魔法はフェルク殿下に通じるものだ。あのとき、グレンの目の前でダグラスの腹部を凍らせたときと同じ魔法の気配を感じたのだ。

 つまり、あのご老人は皇子と血の繋がりのある。そんな王様など、皇帝その人に決まっている。


 皇帝はやんわりとその腕から逃れ、ニコニコと微笑みを保っている。

 その瞳はフェルク殿下と同じ、深みのあるアイスブルーだった。


「ほほ、お忍びで遊びに来ただけにて。

 ちんは、おっと儂はちょっと氷雪魔法が得意なただのご隠居じゃよ。

 平和になった御代に、かつて息子も訪れた里を見物しに来たのだよ」


 おどけて言い訳をする皇帝に、師匠は呆れているようだった。

 隣で細身の老人もニコニコしているが、相変わらず目の奥が笑っていない。

 既にもう一人の正体も明らかだった。暗部にして代々の側近、ヴァスケルその人である。


 あまりにあんまりなお忍びだけれど、師匠にも悪意がないことは分かるようだった。

 呆れた素振りをしながらも、投げやりに応じた。


「騒ぎを起こさなきゃあ何でもいいや。好きに楽しんでいきな」


 そう言って、師匠は遠目に見守ることにしたようだった。

 そんな師匠に小声で問いかけた。


「やっぱり皇帝にヴァスケルさんとは知り合いなの?」


 師匠は変な顔をして、冷えた酒をすすりながら答えた


「知り合いも何も、かつて互いの命を狙って切り結んだ仲なんだがな。

 まぁ昔のことだ。こうやって、笑って流せるくらいに平和になったのは良いことだ」


 懐かしむような、ほっとしたような、師匠は複雑な顔をするのだった。

 それでも昔に争った相手から渡された酒を呑めるのは、きっと良いことなんだと思う。


 気ままに歩く皇帝の後ろから、ヴァスケルが影のように付いていく。

 その先には引率の疲れを癒している、ダグラスの姿があった。

 ダグラスは二人の高貴な老人を目に留めて、表情を消して酒杯を取り落とした。

 すかさずヴァスケルが、ダグラスの元に目にも止まらぬ速さで駆け寄った。


「お若い人、お疲れでしたかな」


 ダグラスは驚きの余りに「ヴァ、皇……」と口をパクパクしている。

 ヴァスケルは酒杯を拾いつつ、どこからともなく手巾を取り出して綺麗にする。


「お忍びにて。我らはただの旅のご隠居とみなしてくだされ」


 ダグラスは苦笑いしながら、酒杯を受け取った。


「ははは、旅の人も、お祭りを楽しんでくだサイ」とひきつった声で応じるのだった。


 グレンはダグラスの傍に腰を下ろし、そっと問いかけた。


「お忍びはよくあること何ですか」


 ダグラスは激しく首を振った。


「いやぁ、初めて見ました。陛下は国家行事以外は帝都から出ないので……。

 まぁ平和になったから羽目を外しておられるのでしょうなぁ。

 良いことです。きっと良いことでしょう」


 グレンはダグラスの心労を思って、お酒を注ぎ直してあげようと辺りを見回した。

 すると、すっとグレンに近寄ってくる人影、――皇帝その人であった。


「ときに少年。ダグラス卿と親しく、儂の氷雪魔法を随分と凝視しておる。

 しかし、里の民のようでもある。お主も門下生という奴かな。

 さらに言えば、帝国の新兵見習いといったところかね。

 興味がある。素性を聞いても、よろしいかな」


 師匠やダグラスの心労を他人事だと思っていたら、グレンに飛び火してしまった。

 しかも、観察眼が鋭すぎて、推測が何一つ外れていない。

 隣でダグラスがハラハラしながら、心配そうに見守っている。

 グレンはたじろぎながらも、この人には嘘をつけないと直感し、声を忍ばせつつ正直に答えた。


「はい。里の出身ながら、ダグラスさんに軍務に起用してもらっています。

 フェルク殿下にも大切な任務を預かったことがありました。

 これからも人々のために力を尽くす所存です」


 グレンは騒ぎにならぬように小声ながらも、きっぱりと言い切った。

 皇帝は満足げに頷いている。


「実に頼もしい若者である。誠に良き人材を得たものだ。

 して、つかぬことを尋ねるが、フェルクはどんな将であったかな」


 皇帝は優し気に問いかけた。

 グレンはどんな答えを聞きたいのか見当がつかなかったが、思ったままを答えた。


「俺の知る限りで一番強くて、そして二番目に優しい武将です」


 皇帝はグレンの返事に表情をやわらげた。


「そうであるか。フェルクが優しいと。お主には物事がよく見えているらしい。

 あいつが優しいと見込まれるとは、やはり分かる者には分かるのじゃな」


 しみじみと頷いた後に、皇帝はちらりと問いかけた。


「して、一番優しいと思う武将は誰かね」


 グレンは迷わずに答えた。


「ダグラスさんです」


 横合いからダグラスの「えっ」という戸惑った声が聞こえる。

 上官のフェルクよりも上にされて、申し訳ない気持ちでいるのだろうか。

 グレンは敢えてその様子を見ないふりをして、そのまま続けた。


「俺が囚われたときも、心配で飯が食えなかったときも。

 不安で仕事に身が入らなくかったときも。馬の訓練で傷ついたときも。

 いつもダグラスさんが寄り添ってくれていました。

 だから、俺にとって一番の武将はダグラスさんなんです」


 皇帝はその言葉に「ふむ」と頷くと、ダグラスに向き直った。


「良き配下を得たようだな、ダグラス卿。手厚く用いるがいい」


 ダグラスは「ははっ」と頭を下げた。その声は潤んでいるようにも聞こえた。


「最も優しき武将が、最も良い武将か。平和な世とは美しきものよ」


 皇帝は感慨深そうにつぶやくと、別の人だかりへと足を向けるのだった。

 お忍びでも存在感が凄まじい。大変なお偉い様であった。



 祭りのあとで夜も更けて。久々の道場で雑魚寝することとなった。

 旅の疲れに、しばらくぶりの里と懐かしい顔ぶれではしゃいだこともあって。

 皆がすぐに寝入る中で、グレンの目はなぜか冴えていた。

 皇帝に話しかけられたり、ダグラスさんと語り合ったり、いろんなことがあったからかもしれない。


 ――結局、自分は里には帰らずに、帝国の一員になることに決めた。


 里での日々が自分にとって大切なのは確かだ。

 でも、そこで守られているだけでは、自分は大きくなれない。

 この一年間で、帝国には厳しさの中にも優しさがあることを知った。

 だから、俺は帝国のことが信じられると思った。

 ダグラスさんとフェルク殿下が力を尽くしている国なのだから、これからもきっと良くなっていく。

 俺も精一杯力添えをして、誰かを守れるようになりたいと思う。


 心地良い疲労感に包まれながら、グレンは満足そうに眠気に身を委ねるのだった。

 秋めいてきた里。鳥と虫の賑やかな声、涼しくなった風が、今はたまらなく心地良い――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ