第56話 バルドーの里
バルドーの里の賑わいは、遠目にも見て取れた。
畑に道に、あちこちに人が出歩き、談笑している。広場では市場が開かれているようで、人集りが出来ていた。
「賑やかな里ですね……」とルーシェが思ったままを口にした。
フェルクもまた、こんな光景に出くわすとは思っていなかった。
先の制圧時に訪れたときは当然ながら静まり返っていたし、小規模な集落と言えば最近に訪れた北の寒村が連想されたが、どちらともまるで違う。
これがバルドーの里本来の賑わいなのだろうか。いや、フェルクが制圧する前よりもさらに発展したのだろうか。
報告書において、寒村からの受け入れが進んで住民が増えているとの記述に目は通していた。しかし、実際に目の当たりにすると、想像以上の活気に困惑せざるを得なかった。
一行が里の入り口に馬を寄せると、畑を耕している若者二人がこちらを見ている。
「あー、お偉いさんが来るって言ってたっけなー」と、こちらを見ながら二人でささやき合う。
セラファスはすかさず「お話を伺わせてください」と話しかけた。
二人はにこやかに応じた。二人とも背丈は違うが、日焼けした程良い肉付きの若者だった。
「二人とも、以前から里で暮らしているのですかな?」
すると、背の高い男は頷き、背の低い男は首を振った。
「俺は北の村から、先の冬にこっちに来たばかりです」と快活に答えた。
「なんと……」とセラファスが素の表情で驚いていた。
どう見ても、二人は同郷の昔馴染みの距離感に見えたからだ。体つきからしても、北の寒村に居た痩せぎすの住民たちとは似ても似つかない。
「いやはや、北の出身には見えませんでしたな。元よりその体格でしたかな?」
背の高い男が「とんでもない!」と言いながら、もう一人の男の背中を叩いた。
「ここに来た頃はこんな風に叩いたら折れそうなくらい、ひょろっちい体格だったんだぜ!
それが見る見るうちに血色が良くなったってもんよ」
「ほほ、それは喜ばしいことですな。
それでは北からここに来て良かったと思ってますかな?」
背の低い男は「はい!」と即答であった。
「とにかく腹いっぱい食えるのが嬉しくて。あと若者が多いのもいいですね。
もっと早く来ていれば良かったと思うばかりですよ」
「そうですか。北から移住者が来ると聞いたときは、いかがでしたかな?」
背の高い男は質問の意図が掴めなかったようだった。
「ん? 門下生たちがいなくなっちまったからな。働き手が不足して困ってたから、どこから来るにしても、来れば来るほど歓迎だと思っていたぜ」
返答を受けたセラファスは、少し困ったような様子であった。
「そうですか。ありがとうございました」と告げて、他に当たることとしたようだった。
二人から離れた後に、ディオゼは誰ともなくつぶやいた。
「全員が揃って、あんな風に大らかなのか?」
ユキウスは「まだ二人に聞いただけですが……」と言いつつ、辺りを見回した。
ほかの農作業をする男たち、捕らえた鹿を荷車で運ぶ一団、家畜の世話をする親子……。
どこに目を遣っても、日焼けした健康的な住民がいるばかりだ。
寒村からの移住者も相当数いるはずだが、それらしき色白で細身の者が見当たらない。先の背の小さい男のように、体つきまで里に染まってしまっているのだろう。どう見ても、誰しもが陽気そうに見える。
かといって、立ち尽くしていても成果が得られない。
セラファスは川で洗濯しながら談笑している中年女性二人に話しかけた。
出身を聞けば再び、片方が帝国で、片方が南部と答えた。
南部の女性に「帝国のことをどう思いますかな」と問いかけた。
女は首を傾げながら答える。
「どうって? 北の寒い地方のことだろう?」
セラファスは微笑んだままだが、困っている様子が見て取れた。
「移住してきて、戻りたいと思うことはありますかな」
二人は揃って「いんや」と首を振った。
「子どもたちもたくさんいるしね。ここが一番だよ」
そう言って顎をしゃくって指し示した方には、バルドーの道場があった。
そちらからは子どもの笑い声が聞こえた。
道場に足を向けてみれば、そこはすっかり子どもの遊び場となっていた。
木剣で戦いごっこをしたり、あちこちを駆け回っている。
見守っている大男に話を聞いてみた。
「どの子が北から移住してきた子ですかな」
大男は「うーん」と後ろ頭をボリボリと搔いた。
「どうだったっけかな。あの背の高い子が新しく来た子だったかな。しかし、なんでそんなことを聞くんだい? みんな仲が良いんだから、どっちでも良いだろう」
どう質問しても、何かが嚙み合わない。前提の認識が食い違っている。もとより、ここの住民は帝国も南部もはっきりと区別していないのだ。だから、それぞれの考え方を尋ねようとしても食い違ってしまう。そもそも自分のことを、里の者としてしか思っていないのだ。
ヴァスケルは難しい顔をして、里の様子を眺めていた。
「いまや線引きができぬな……」
ユキウスも同じように考えを巡らせているようだった。
「誰も元の地に帰ろうとしないでしょうね」
フェルクも同感であった。
この里に帝国や南部のどちらかの物差しを当てはめても、もはや仕方がない。
今豊かに仲良く暮らせている。それだけで里の住民は満足しているようだった。
今更どちらかの国に所属をはっきりさせても、反発を受けるだけだろう。
彼らにとっては、どちらも同じ里の民でしかないのだから。
市場を覗いてみた。
帝国の商人と南部の商人が、隣り合って品物を広げている。集客はどちらも同じくらいだ。
「この里での商売はいかがですか?」とセラファスが尋ねた。
色白の帝国の商人がニッと笑って答えた。
「そりゃあ気持ちいいもんよ。帝国から持ってきたものもよく売れるし、里の旨い肉や野菜も、隣の奴から南部のものも仕入れられる。景気がいいってこったな」
南部の商人も似たことを話し、頷き合っていた。各地を旅して歩いている商人たちですら、この里に入れば親密な有り様であった。
「お、裁定の一行が来なすったか。うちの里はどうだい?」
大声がかけられたので振り返れば、そこに立っていたのは白髪の大男、バルドーであった。
一行の顔にそれぞれ目を通していき、興味深そうに眺めていた。
そして、フェルクに向けて、嫌そうな顔をしながら話しかけた。
「おい若造、やっとここまで立て直したんだ。また取り上げるとか言わねえよな?」
バルドーはしかめっ面だが、口調は軽い。挨拶代わりの嫌味なのだろう。
フェルクは軽く息を吐きながら答えた。
「俺はもう手出ししない。決めるのは、こっちの裁定官殿だ」
バルドーは、セラファスに向き直り、じっとその顔を見た。
「聖都の裁定官殿か。見ての通り、気のいい連中ばかりなんだ。
また引き離したりってのは勘弁願うぜ」
セラファスは微笑みを張り付けながら、バルドーにそのまま向き合っていた。
「私が裁定官のセラファスです。ぜひともバルドー殿の話をお聞かせください」
セラファスはバルドーの軽口に対して、肯定も否定もしなかった。
バルドーはフェルクにもセラファスにも軽口を受け流されて、少し不満そうな顔だった。
「立ち話もなんだ。道場で話すとしよう」
バルドーは道場へと大股で向かっていき、一行が続くこととなった。
そして、最後の聴き取りが始まることとなる。




