第55話 グレンとリセア
治癒院の院長を訪ねると、件の人物は診察中とのことであった。
フェルクが「では、終わるまで待とう」と辞すると、院長は緩く首を振った。
「いえ、患者もあなた方の顔馴染みです。
このまま訪ねた方が良いでしょう。どうぞ奥へ」
一行は院長に招かれ、誰だろうかと首を傾げながら、診察室へと進むこととなった。
フェルクが部屋をノックすると、「はいー」と快活な少年の声が中から返ってきた。
その声には覚えがある。元門下生の一人でもあるグレンではないか。
開けられた部屋に顔を覗かせれば、奥の光景でさらに驚かされる。
診察を受けているのは、柔和で屈強な大男、ダグラスであった。
その対面でリセアはダグラスに魔法の光をかざし、体内の様子を診ているようであった。
グレンは急な来訪に戸惑いつつも、廊下に一行を引き返させた。
「で、殿下!? こんな大勢で、こんなところにどんな用事で!?」
不意の遭遇に動転しつつも、さりげなく廊下に退避させるグレンの機転はさすがである。
フェルクはグレンにかくかくしかじかを説明した。
なんでもグレンはダグラスの通院に付き添いで来たところらしい。
治癒院にはあらかじめ話を通していたし、恐らくリセアにも話は伝わっていると思うのだが、グレンには何も伝わっていない。
それでこんなところに出くわすのだから、やはりグレンのお騒がせ体質は健在といったところだろう。
フェルクはセラファスたちにグレンも元門下生の一人であると紹介した。
すると、セラファスの眼光が鋭くなった。
「それは興味深いですな。ぜひとも話を聞かせてください」
……確かに今回の訪問先は、職場の協力も必要なために帝都が選定したものである。
恣意的に好意的な門下生のみを選出したと懸念されても、いた仕方ないところだろう。
そこに何の用意もないグレンが偶然にも舞い込んできたのだ。
セラファスとしては、仕込みの可能性の低い、格好の聴き取り相手として映ることだろう。
「えっと、でも俺よりもリセアの話を聞きに来たんですよね。それならそろそろ終わると思います。
終わってから、まとめて一緒に話した方が良いと思うので、ちょっと覗いてきますね」
そう言って、再びグレンは診察室へと引っ込んでいった。
そして、すぐにグレンが顔を出した。ちょうど診察も一段落したところだったらしい。
入室すると、今度は驚いたダグラスを目の当たりにすることとなった。
「で、殿下!? あ、ああ、裁定のための視察でしたか。いやはや奇遇ですね……」
ダグラスは、グレンと似たような反応をして一行を迎えるのであった。
フェルクが「怪我の具合はどうだ?」と声をかけた。
「はい。お陰様で順調な経過です。まもなく軽い運動もできるようになるだろうとの見立てでした」
奥でリセアも「治りが早いことです」と頷いている。
「それは良かった。して、なぜグレンがこんなところまで付き添いに来ている?」
「ああ、実は最近、グレンに私の仕事を手伝ってもらったり、身の回りの世話をしてもらってるんですよ。
元々あちこちの手が足りない軍の部署を手伝ってもらっていたから、いろんなことを覚えていますし、かなり気が利くんです」
セラファスが「ふむ……」と話に割って入った。
「ダグラス殿はフェルク殿の副将でしたな。見たところ、随分グレン殿を信頼しているようですな。
会って一年足らずの少年に、どうしてそこまで入れ込むのでしょうな」
ダグラスは「ああ、それはですね……」と、グレンに命を救われた話を説明した。
さすがのセラファスも「それはなんと……」と驚いている様であった。
それでもセラファスは平静を取り戻し、グレンに向き直って問いかけた。
「グレン殿、ダグラス殿に見込まれているようですが、これからどのように暮らしたいと考えていますか?」
グレンは少し考えたが、すぐに顔を上げた。
「このままダグラスさんのお手伝いをしながら、軍に入れればと思っています。
里では修行ばかりしてたんですが、ここに来て、自分にはいろんなことができるって分かりました。
それに自分は誰かの役に立てるって、自信を持つこともできたんです。
最初、里から帝都に来て、軍の雑務をしていた頃はあまり良い気はしませんでした。
でも、最近は誰かのために働いているって実感が湧いてきたんです。
だから、もっと誰かの役に立てるようになりたいって、今はそう思っているんです」
そう言い切るグレンの目に、迷いは見られなかった。
まさに自分が前世でゲーム越しに見ていた、主人公そのものの凛々しさだった。
セラファスはグレンの言葉に頷きながら語りかけた。
「そうですか。良い出会いをしたようですね」
その言葉は、元よりの聖職者に立ち戻って諭すような、優しさを帯びた声色であった。
「さて、リセア殿にもお伺いしましょう。
このまま帝都で治癒師を続けたいと考えていますか?」
セラファスは奥のリセアに向かって問いかけた。
リセアはアレイネのような治癒官の仕事着を折り目正しく纏っていた。
既にその姿は様になっており、受け答えも落ち着いた態度であった。
「はい。このまま、ここで治癒師を続けたいと思っています。
完治するまで絶対に診てあげたい患者さんもいますし。
ここで治癒術を学んで、たくさんの人を癒せるようになって良かったと思ってます」
そう言ってリセアが微笑んだ時、――セラファスの表情に緊張が走った。
すると突然に懐から針を出し、おもむろに自らの指を傷つけた。
玉のような血が浮かんだが、セラファスは顔付きを固定したままだった。
「リセア殿、お願いがあります。この傷を癒してみてくれますかな」
「は、はい……」
異様な雰囲気に吞まれながら、リセアは治癒の光でセラフィスの指先を包んだ。
セラファスはその様子を、注意深く見つめている様だった。
「お、終わりました」
リセアはさっとタオルで血をふき取った。
セラファスは指先をじっと見た後、リセアの瞳をまじまじと見つめた。
「バルドーの里にはいつからお住まいで?」
「物心付いたときからです。あたしは両親を知らずに育ちました」
「そうですか……。ちなみにこれは提案なのですが、聖都で治癒術をさらに磨く気はありませんか?」
「……いえ、今のところはありません。
いつか治癒術の上達に限界を感じたら、そのときに考えます」
「分かりました。ではこれにて、失礼するとしましょう」
廊下に出たところで、フェルクはセラファスに問いかけた。
「最後のは何だ? リセアに何か気付くところがあったのか?」
セラファスは立ち止まり、振り返らないまま答えた。
「……いえ、ただの気のせいでしょう。気まぐれに治癒の腕を確かめたくなっただけです。
私も治癒術を嗜んでいる身ですからな。ふと興味が湧いただけなのです」
「そうか……」
セラファスが話す気がなさそうだったので、自分はそれ以上訊くのをやめた。
自分はリセアの力の所以をゲームで知っているのだが、確かにここで語ることでもないのだろう。
リセアは今、イヴェリを癒してくれている。それだけで、かけがえのない存在なのだ。
その奇跡の術が聖都の血脈に由来するものであっても、今自分が感知するところではない。
後ろから拗ねたようなディオゼの声が聞こえた。
「にしても、惜しい人材ばかりだなぁ。
バルドーの門下生、南部にいてくれりゃあ、どれだけ助かったことか。
うーむ……」
ディオゼをそっとユキウスが諭す。
「我々が嘆いても仕方ありません。追って、裁定の沙汰を待つこととしましょう」
本来のゲームの筋書きであれば、南部の主力となるはずであったグレンとリセア。
自分がバルドーの里を焼き尽くしていたのなら、ディオゼはグレンの兄貴分となっていたはずなのだ。
あたかも今のダグラスとグレンのように。それが今では一言を交わす縁すら生じていない。
自分がそうなるように始まりを制圧したのだが、あれから数奇な運命を辿ったものだと思う。
しかし、グレンとリセアの本人たちにそんな運命の変遷など関係がない。
彼らは自分で感じて、自分の思うままに進んで、今の歩みに確信を持っている。
自分が強制したものではない。彼らが掴み取った、正しいと思う道なのだ。
「今日の査察はこれまでです。
明日はバルドーの里に向けて出発しましょう」
そして、次の巡礼の舞台は、この運命の始まりの場所、バルドーの里である。
思えば、あの里を巡って、この物語《異説》は始まったのだった。
あのときとは全く違った胸騒ぎを抱きながら、最後の巡礼前夜は暮れていくのだった。




