第54話 元門下生
査察の一行は帝都を訪れていた。
バルドーの里から移送された元門下生たちの処遇を見ることが、今回の目的である。
案内役はフェルクであった。
「部下のダグラスが主導で元門下生に仕事を割り振ったが、今は療養中だ。
代わりに俺が案内する。作業、動物の世話、接客などの一通りの適性を試し、適所に振った。
最初は軍回りの雑務をさせていたが、次第に市井で暮らさせるようにした。
今となっては、各々の職場に随分と馴染んでいると聞いている」
ディオゼが不服そうな顔で発言する。
「丁重に仕事を斡旋したのは結構なことだが、そもそも馴染んでいた里と師のバルドーから引き離して門下生を移送する必要があったのか?」
「まずは国境付近でバルドーが徒党を組んでいるのを妨げる必要があった。引き離したのはそのためだ」
「実際はバルドーが訓練を付けていただけで、反帝国の意志はないって分かったんだろう。それなら離さなくとも――」
フェルクは憮然と言い返した。
「例えば俺が退役して国境付近で同じように武芸者を集めたとしたら、南部は安心していられるか」
ディオゼはあからさまに嫌そうな顔をした。それが答えであった。
険悪な雰囲気のところに、セラファスが割って入った。
「いずれバルドーの里も見ますので、そのときに詳しい話を聞きましょう。
今は元門下生たちの現在の暮らしぶりを見させてください」
査察団が最初に向かったのは、帝都郊外の厩舎であった。
厩舎は朝の世話が一段落したところのようだった。日焼けした大男である主に声をかけ、バルドーの里から来た元門下生の少年を呼んでもらった。
「ここの仕事には慣れましたか?」とセラファスが尋ねた。
「はい。馬の世話が上手だと言われて厩舎に来たんですけど、自分でもうまくやれていると思います」
横合いから、大男が野太い声で補足する。
「こいつは筋がいいんだ。馬も不思議と嫌がらねえ。動物との距離の取り方を肌で分かってるんだろうな」
ユキウスが控えめな調子で語りかけた。
「里に戻りたいと思うことはありますか?」
少年は目を伏せながら答えた。
「戻れるなら戻りたいです。友達と一緒に訓練したり、狩りをするのが楽しかった。でも、もうみんな離れ離れだし、元には戻れませんよ。それに……」
少年は馬たちに優し気に目をやりながら続けた。
「俺もこいつらと離れるのは寂しいです」
次に向かったのは、城下の目抜き通りに面したパン屋だった。
店には昼前の客が何人かいて、焼きたての香りが漂っていた。初老の女性店主は一行を笑顔で迎えた。店内は狭いので、裏の勝手口にて話をうかがうこととなった。
小柄な若い女性が店の奥から顔を出した。手に小麦粉の白い跡がついている。
まずはセラファスが問いかけた。
「元からパン作りの経験はあったのですか?」
「里にも共同の窯があったので、自分たちで食べる分を焼いていました。それが楽しみだったので、帝都でもやってみたいと思ったんです」
ディオゼが何気なく話を振った。
「南部と帝都だと粉も違って、慣れるまで苦労したんじゃないか?」
「はい、最初のうちは失敗もしました。自分たちで食べるものと、お客さんに出すものだと気を遣う部分も増えますし。でも、今は大体分かってきました」
ルーシェも興味深そうに話に加わる。
「お店屋さんだと、接客やお金の計算もありますよね。大変じゃないですか?」
「覚えるのはちょっと苦労しましたけど、お客さんも皆親切ですし、お話するのも楽しいですよ」
店主が笑いながら付け加える。
「私が接客すると不満そうなお客さんもいるくらい、この子は人気があるんだよ。今じゃあ大事な看板娘の一人だね」
最後にフェルクが問いかけた。
「この仕事を続けたいか」
「はい、ぜひ。お客さんに喜んでもらえるのも、新しいパンを作るのもとても楽しいです。このお店に来て良かったって思っています」
心からそう思っているような、屈託のない笑顔だった。照れ笑いを浮かべる店主の、見守るような表情が印象的だった。
最後に訪れたのは、城外の農園であった。
一行を見て、青年と老爺が駆け寄って来た。
セラファスが広い畑を見渡しながら尋ねた。
「農作業は大変ではありませんか?」
良い体格の青年が快活に答える。
「そりゃあ体を動かすし疲れますけど、いろいろ任せてもらえるんで、やり甲斐がありますよ」
老爺が頼もしそうに青年を見上げながら付け加える。
「ちょうど南部の野菜を植えようかと考えていた時に、こいつを紹介してもらったから助かっておるよ」
ヴァスケルは少し驚いたようで、ぽつりと問いかけた。
「南部の野菜が帝都で育つのか?」
青年は自慢げに答えた。
「ええ、工夫は必要ですけど、育ちますよ。まぁ里でいろいろ育てていた経験があったから、何とか漕ぎ付けた感じですね」
老爺が青年の腰をポンと叩いた。
「こいつは農家に必要なことが分かっている。体格も良い。お上がどう考えてるかは分からんが、こいつを今更里に帰せって言われても困っちまうなぁ」
青年は照れたように頭を搔くのだった。
「この通りなんでね。最初のうちは渋々の感じもあったけど、俺が植えた作物の収穫を見届けるまでは離れたくないなぁ。いや、どんどん植えているから、もう離れられなくなっちまってるか」
そう言って、青年と老爺は肩を組んで笑い合った。まだ一年足らずの付き合いとは思えないほどの距離の近さであった。
一行は城下の広場に戻った。
セラファスがゆっくりと口を開いた。
「適性に応じて仕事を割り振られたこともあり、嫌々従事しているというわけではなさそうでした。雇用主からも好意的に受け止められているようですね」
ディオゼは納得がいかないような顔をしている。
「帝国がそうなるように仕向けたんだろうが。南部の民をまんまと取り込みやがって……」
ディオゼは不満そうな言いぶりだったが、心の底から怒っているわけでもなさそうだ。役割上、敢えてそういう立場を表明しているようにも見えた。
セラファスは宥める様に語り掛ける。
「そうですね。政策的な配慮が功を奏した結果とも言えます。しかし、半年以上が過ぎて、既にそれぞれの職場が元門下生を頼りとしています。そして、本人もそのことを良く思っているようです」
ユキウスはセラファスに確認するように声をかけた。
「一概に里に帰すにしても、このまま働かせるにしても、納得のいかない者は出るでしょうね。セラファス殿はどのように考えますか?」
セラファスは一拍を置いて口を開いた。
「まだここで処置を決めることはしません。ですが、元門下生の今後の身の振り方については、熟慮した上で明文化するのが良いでしょう」
フェルクはダグラスら部下の報告で、元門下生らがそれぞれの職場にうまく馴染んでいるというのは報告として聞いていた。しかし、実際に目の当たりにしたのは初めてであった。
思っていた以上に、元門下生らは市井の者たちの中に溶け込んでいた。
確かにリュセトが以前に指摘していたとおりに、帝国と南部という国の対立関係は特殊な部分がある。国の上層同士は敵対心を抱いているが、流通などを始めとした庶民感情に険悪なものはないのだ。
今回の査察の結果も、その証左と言える。店主たちは南部から来た者という色眼鏡を通じてではなく、目の前にいる個々人をそのまま見ている。
しかし、一行が驚くにはまだ早いとも言える。
元門下生の中には、とりわけ数奇な道のりを辿っている者がいる。
その巡り合わせこそ、バルドーの里と帝国を結ぶ奇縁の象徴と言えるだろう。
いよいよ一行は、夕刻の治癒院へと歩みを進めるのだった。




