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第52話 寒村

 一行が訪れたのは、山間やまあいの集落だった。

 その村は帝都から北へ半日ほど馬を走らせた先にあった。

 足を踏み入れても、人はまばらで静かなものだった。鳥と虫の声、風の音がよく聞こえる。


「静かな村ですな」とセラファスが口にした。


「えぇ、随分と人が減ってしまいましたから」とアルヴィは寂しげに息を吐いた。


 一人の老爺ろうやが巡礼の一行を見ていた。彼は黙って鍬を地面に突き立て、村の奥へと引っ込んでいった。

 そして、さらに年老いた老爺を連れて姿を現した。


「儂が村長です。よくぞお越しくださいました」


 腰の曲がった老爺が、深々と頭を下げた。

 セラファスが礼を返した。


「本日は村の暮らしぶりを見させてください」


「ええ、どうぞ。何もない村ですが、お気の行くままご覧くだされ」


 一行は村の中へと立ち入った。集落を見渡しながら、ゆっくりと奥に進んでいく。

 昼間の集落であったが、子どもが見当たらなかった。若い男もいない。

 ぽつぽつと見かけるのは、老人と、くたびれた女くらいであった。


「どうしてこの村を見せようと思ったのかを聞かせてください」とセラファスがアルヴィに尋ねた。


「昨年から今年にかけて、一番人がいなくなった村だからです」


「どうして減ったのですか」


「多くの若者が戦争に行き、残った者も違う村に移住したのです」


 フェルクは物寂しさに吐息を漏らした。ヴァスケルは表情を変えずにじっと見ている。

 ディオゼとユキウスは沈んだ面持ちで、無言で周囲を見回していた。


 やがてセラファスは、農作業の手を止めてこちらを見つめる一人の老爺に声をかけた。


「こんにちは、話を聞かせてもらえませんか」


「ああ」と老爺は短く答えた。


「この村には昔から住んでいるのですか」


「生まれた時からだ」


「奥さんやお子さんはいますか」


「いた」と老爺は過去形で言い、目線を僅かに落とした。


 セラファスは声の調子を落として、ゆっくりと問いかけた。


「お子さんはどちらに」


 老爺はため息をつき、遠い目で語りだした。


「子は二人いた。上の子は戦争に行って、帰らなくなった。

 下の子は嫁と子を連れて、南の里に出ていった。

 この間の冬の終わりに、南へ行けば飯が食えるって話があったろう。

 食っていくために、そっちに行ったさ」


「あなたは一緒に行かなかったのですか」


 老爺は無言となり、家屋の脇の石を積んだ墓を見やった。


「儂には婆さんの墓の世話がある。ここからは動かんさ」


 セラファスはじっと小さな墓を見つめた。


「……そうでしたか。下の子が村を出ると聞いて、どう思いましたか」


「良い考えだと思ったさ。この村は静かになりすぎた。

 腹いっぱい食って騒げるなら、そっちに行った方が良い。

 儂は新しい里に移るには、年を取り過ぎた」


 ディオゼが前に出て、ぽつりと問いかけた。


「あんたは、帝国、いや国をどう思っている」


 老爺はディオゼと、一行をちらと見回してから答えた。


「儂が国をどうこう言ってどうするさ。

 お国に怒ったところで、上の子は戻ってこんよ。

 怒るのに気力を使うより、邪魔な草を抜いた方が良い。

 たまに南の野菜や種を配るんだから、お上もそれなりに考えとるんじゃろ」


 セラファスが「お話、ありがとうございました」と礼を言い、爺さんは家屋へと引っ込んでいった。


 人気がなくなってから、ディオゼはアルヴィに小声で話しかけた。


「アルヴィって言ったか。お前はここを見せて、帝国には飢えた村があるから、温かい南部を攻めるのも止む無しって言いたいのか」


 小声だったが、怒りが含まれていた。

 アルヴィは伏し目がちに答えた。


「その意図がないと言えば噓になります。これまでの歴史でも何度も、農地の確保を目指して南へ攻め入ったことはありました。

 ですが、だからといって争いを引き起こすことが許されるわけではありません」


 アルヴィは申し訳なさそうな声音をはらみつつも、毅然とした調子で言葉を続けた。


「争わずとも貧しい村を富ませるように、武器でなく知恵を持ち寄りたいものですね」


 ユキウスがディオゼの肩に手をやりながら声を発した。


「その通りですね。民が飢えることほど、己の無力を痛感することはありませんよ」


 セラファスはその様子を眺めながら、「先に進みましょう」と奥へと歩んでいく。


 そして、村の中央と見られる、井戸とかまどを備えた共同の煮炊きの広場に行き当たった。

 ちょうど昼どきである。老婆たちが世間話を交わしながら、鍋をこしらえているようだった。

 とある老婆が「おや、お客さんかえ?」と声をあげ、人の良さそうな笑みを浮かべた。


「ちょうど出来上がる頃だよ、一杯食べるかい」


 老婆は年頃の近いヴァスケルに向かって声をかけた。

 ヴァスケルは一瞬黙ったが、ゆるく笑みを浮かべて答えた。


「せっかくのお誘いじゃが、またの機会に預かろう」と軽く礼をし、そそくさと歩き出すのだった。

 フェルクは目を見開いていた。あんな風に優しく声をかけるヴァスケルを初めて見たからだ。


 それからは別の道を選んで、村の入口へと引き返していった。

 あちこちが寂れている。折れた水車に苔が生えている。誰も住まなくなったあばら家が散見される。

 穴が開いたままの橋を迂回して進む。珍しく若い男を見かけたと思ったら、足を引き摺っていた。


 フェルクは、アルヴィやレノリタから帝国にも寒村があることは聞いていた。

 しかし、実際に訪れるのは初めてだった。

 想像していた以上に寂しげな場所だと思った。ただただ静かで、何もかもが足りていない。

 それでも人が生きている。曲がった腰に力を入れ、固い土を耕していた。

 夏草に覆われながらも、自分たちの暮らす場所を刈り取って拓き、日々を営んでいた。


 ヴァスケルは物静かだった。考えを伺いたいが、どう声をかけるかが思い浮かばない。

 しかし日頃の爛々とした目付きは、すっかりと鳴りを潜めていた。

 まるでこの村の老人の一人のように静かな光を湛えていた。

 初めてヴァスケルに、年相応のはかなさを感じたような気がした。


 村の去り際に、セラファスは呟いた。


「この村は、私に二つのことを教えてくれました。

 なぜ帝国が南部に攻め入ったのか。

 そして、争いが人々の暮らしにもたらしたわびしさを」


 誰も何も答えない。すっかりこの村の寂しさに息が詰まってしまったようだ。

 ただただ鳥と虫の声、風の音がよく聞こえる。


「アルヴィ殿下」と、ヴァスケルがぽつりと問いかけた。


「争いがなくなれば、このような村が豊かになるとお考えかな」


「はい。若い命が失われなくなり、南からの食糧の仕入れが安定すれば、もっと賑やかになるでしょう」


「痩せた土地じゃ。耕しても物寂しい実りしか得られん。

 南に土地を求めた方が、国が富むとは思わんかね」


 ヴァスケルは皮肉気に問うた。

 ディオゼが顔をしかめて、その問答を見守っている。

 アルヴィは気圧されることもなく、すらすらと答えた。


「若い命と引き換えに、いっときの土地を得る。

 そして南部の戦士が立ち上がり、必死で土地を取り返す。

 結果として、帝国も南部も若い命を散らすだけとなってしまう。

 その歴史を繰り返すよりは、共に耕す道を模索したいのです」


 ヴァスケルは軽く息を吐いた。


「そうなると良いですな」と、ヴァスケルは平坦に告げた。


 始まったばかりの査察。

 フェルクは入り口で待っていた馬を撫でながら、息苦しさを紛らわせるのだった。

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