第49話 同じ未来へ
帝城のとある小会議室は、アルヴィの計らいによりこじんまりとした会食場へと整えられていた。
「というわけで、久々に晩餐を共にしながら語らおう」
アルヴィの段取りに、リュセトはニコニコと応じる。
「お招きにあずかり光栄だよ、兄上。今日は目一杯語らおうじゃないか」
フェルクはいつも通りの静けさ、いや自分の案件が話し合われると悟り、固めの調子である。
「よろしく頼む」
そして、アルヴィの合図に応じて、料理が配膳されていった。
「これは……」とフェルクは思わず声を上げた。
南瓜のスープ、茄子を添えられた丸鶏のロースト、ふかふかに焼き上げられた白いパン、盛り合わせられた色鮮やかな果実……。
並べられた料理を見て、食に詳しくないフェルクも悟った。
「おや、南部料理だね。よくぞここまで揃えたものだ」
リュセトも察した通り、どれも温暖な地方でよく栽培される瑞々しい野菜や果物を使った料理である。
「うん。これから対話する相手だ。その食文化に触れるのも一興だろう」
かくして兄弟水入らずの三皇子の会食が始まった。
戦場帰りのフェルクにとっては、久々の柔らかい食事だと思った。
元々、帝国自体が冷涼な土地であるため、日持ちする食材を主として用いる。
まして戦場では保存食に頼るため、具材は固いものに偏りがちだ。
反面、南部料理は収穫物の素材をそのまま生かした料理が多い。
日頃は食にこだわらないフェルクだからこそ、その差異はより大きく感じられた。
「リューは南部料理は好きかな?」
「私は外交の仕事柄、相手に合わせて何でも美味しく食べる必要があるからね。
それでも今日の料理はお世辞抜きに美味しいとも。
いや、お世辞抜きと言ってしまうこと自体がお世辞になっちゃうね。いやあ、猫を被るのに慣れると、素直にしゃべること自体が難しいなぁ。
フェルクは美味しいかい?」
「……柔らかくて旨い」
「フェルは涼しい顔してたくさん食べるから気持ち良いよね」
兄二人は、黙々と食べるフェルクを微笑ましく見ている。
リュセトは肉料理を咀嚼しながら、しみじみとつぶやく。
「それにしても南部料理も随分と普及したね。美味しい料理を出す店も、南部の調理手法を取り入れる料理人も増えてきた。料理については南部って口に出しても、嫌な顔をされないものね」
「帝国は元より南方から仕入れている食糧が多いからね」
「 不思議なものだよね。国同士は剣を向け合っても、市場じゃ普通に南方の果物が売られている。 南方だって帝国の鉄材がないと生活が成りゆかない。お互いにないものねだりをするから、ときおり熱を帯びて争いになる。私たちの歴史はその繰り返しの先にあるんだろうね……」
リュセトとアルヴィの語らいは、次第に政の色を帯びていった。
「俺は今、争いを止めようとしている。しかし、ほとぼりが冷めれば、また衝突を繰り返すのか」
リュセトは首を傾げつつ答える。
「私たちに未来のことは分からないさ。でも、個人的というか外交的にはしばらくの間、争いは勘弁してほしいところだね。兄上もそうだろう?」
「僕もそうだ。内政としては、戦争による食糧の消費も、兵士動員による働き手の減少も手厳しい」
「だから、私たちの帝国は度重なった戦争で今は消耗した状態なんだよ。帝国が弱ったところで勢力をかすめ取りたい国は南方以外にもある。これ以上弱って第三国に漁夫の利を献上してしまうのは最も避けたいところだね」
フェルクは兄二人に目配せをしながら総括した。
「つまり、俺たち三人の意見は講和で一致している。それで良いか」
リュセトもアルヴィも頷き返した。
「だから、僕たちの意見は一致で良い。問題は講和を受け入れ難い人もいるということだ」
アルヴィが身を乗り出して、問いを投げかけた。
「例えばフェル、もしも君の側近が戦争で命を落としていたなら、それでも講和をまっすぐに望めるかい?」
フェルクの脳裏にダグラスのことが思い浮かんだ。幸い一命は取り留めたものの、もしも失っていたとすれば――。
背筋に冷たいものが走る感じがあった。その例えだけで、フェルクには講和の難しさが感じ取れた気がした。
「確かに、葛藤はしただろうな……」とフェルクは声の調子を落とした。
アルヴィは優しい調子で語りかける。
「そういうことなんだ。特に父上の若かりし頃も南方と大きな争いが続いたらしい。思うところはきっとある」
リュセトが身を乗り出す。
「そして、きっと父上は私たちに問いかけるだろうね。『《《今》》、講和するのは良いだろう。そして力を蓄えて機が熟せば、また攻め入るのだな?』とね。
フェルク、講和にも種類があるんだよ。シンプルに言えば、何年間の不戦を結ぶかによって、その趣きはまったく異なることになる。
例えば五年なら、再び争うまでの雌伏のときという意味合いが見え隠れするね。
仮に十年ならば、冷静にお互いの関係を見つめ合う理性が強くなる。
さらに二十年なら、お互いに強く平和を望まないと簡単に維持できるものではない。
そしてそれ以上は……、僕らの世代より先の話になってしまう。現実的な話ではなくなっちゃうね」
後に攻めるために一時の講和を結ぶ。そのような戦略も確かにあるのだろう。
現に帝国と南方の歴史は、加熱と冷却の繰り返しだ。
長い時代を見てきた父であればこそ、当然にそのような見方をするだろう。
その上でどれだけの不戦を望むか。そのこともあらかじめ見据えておくべきだろう。
「二十年だ」
二人の兄は目を見開き、フェルクを見つめ直した。
少しの間の沈黙が漂い、アルヴィが静かにフェルクに問いかけた。
「大きく出たね、フェル。君は何を見て、それを望んだんだい?」
フェルクは思いを巡らせた。イヴェリ、グレン、リセア、バルドー、ロウガ、そして……。
「南部にはルーシェという少女がいる。今は『翠風のルーシェ』と呼んだ方が分かるか。
つい一年前までは争いとは無縁だったのに、今や旗頭として南部の中心となった少女だ。
俺ならば、幼い頃から帝国のために戦う覚悟はできていた。
しかし、戦いを望まない者が戦場に巻き込まれるのはいけない。
争いにより運命を変えられることは悲劇だ。その連鎖を終わらせたい。
争いをしばらく止めるだけではない。俺は終わらせたいのだ」
アルヴィは言葉を噛み締めるように目を細め、息を吐いた。
「そうか。フェルはそこまで強く望んでいるんだね。
もう軍人としてではなく、一人の人間として、君は答えを見つけたんだ。
僕は君の選択を、兄として誇りに思うよ」
リュセトは困ったように笑った。
「参ったね。フェルクが私よりも清々しい綺麗事を言うなんて。
でもね、私が言うのと違って、君の言葉は重い。
それだけ多くのものを見てきたんだね……」
「だけどね、フェルク……」と、リュセトは表情を引き締めた。
「絵空事だけじゃあ、父上は納得しない。
父は皇帝として、国の在り方を見る。
その決断が帝国に何をもたらすかを見るんだ。
だから私たちは理と同時に、利を説かなければいけないね」
アルヴィはリュセトの肩に手を置いてささやいた。
「弟がここまで心意気を見せたんだ。
あとは僕たち兄二人が道を作ろう。
そうと決まれば、作戦会議だ。
親父攻略作戦のために、僕たちも言葉を尽くそう」
三皇子の意志は一つとなった。
肩を並べて語り合う三人は昔の頃のように夢を語りながら、そして身に着けてきた知恵も重ね合う。
――あとは、この思いを皇帝へと思い切り投げかけるのみである。




