第46話 変わりゆくもの
夏を控えたバルドーの里にて。
畑では帝国から来た若い農夫たちが、土まみれになって芋を掘り返していた。
「見てくださいよ、バルドーさん!」
抱えきれないほどの芋を胸に抱え、青年が満面の笑みを浮かべる。
「こんなに取れるなんて夢のようですよ!」
「はっ、そりゃお前らがよく働いたからだ」
「いやぁ、前の村じゃこんな収穫、一度もありませんでした」
最初に里へ来た頃は、風が吹けば飛びそうなほど痩せ細っていた青年だった。
日に焼けた頬には血色が戻り、冬の終わりには骨ばっていた身体にも、今では肉がついている。
「今年の冬は、腹いっぱい食えそうです」
青年は背負いかごに芋を落とす。
「それどころか売るほどあるんだぜ。お、噂をすれば、さっそく来たな」
そこに帝国の行商がやってきた。
「いやあ、バルドーさんの里は本当にいつも豊作ですなぁ。
今日も買い取らせてもらいますよ。ここの作物はあちこちの街でも評判が良くってね」
「おう、今日もよろしくな」
バルドーの気の良い返事に、行商も笑みを深くする。
「バルドーさん、でかい奴を仕留めましたよ!」
今度は山の方から声がかかった。荷車には大きな猪が載せられている。
「ははっ、今日はうまくいったなぁ! あんたも初めてにしちゃあ良い度胸だったぜ!」
元から居た南部の年配者と、北の寒村から来た若者が微笑み合う。
北の寒村から新しく来た住民たちもすっかり里に馴染んでいた。
道場からは子どもたちの笑い声が聞こえていた。
一時は門下生が抜けて静かになったものだが、今となっては帝国に制圧される前と同じくらいの賑やかさを取り戻していた。
「そういや、バルドーさん。手紙を預かってましたよ。また、リセアって子からです」
バルドーは帝国の商人に礼を言って、手紙に目を通す。
そこには他の門下生の今の様子や、帝国の近況、身の回りのことが様々書いてあった。
「帝国のお姫様を治しているって、いつのまにリセアはそんなことまで任されるようになったんだ?」
素っ頓狂な話に、思わずバルドーは声を漏らしてしまった。
「ははっ、さすがバルドーさんのお弟子だ! バルドーさんのとこは治癒術まで教えるのかい?」
「いやあ、俺は何も教えてねえよ。あいつは勝手にできるようになってたが、それにしてもそれほどの才だったのか……」
「へぇ?」
「俺ぁ武芸しか教えてねえ。それなのにリセアは治癒術だの薬草だの、自分から身につけてたんだ。誰に似たんだかな」
商人は笑った。
「天才ってやつでしょう」
「……そうかもな」
そう言って笑って、話を途切れさせた。
「おー、帝国のー。頼んでた釘は持ってきたかー」
今度は南部の行商がやって来た。いつの間にかバルドーの里は、帝国と南部の商人の交流地点にもなっていた。
バルドーの里は活気に満ちていた。
バルドーは帝国の冷血皇子に倒されたとき、この里は一巻の終わりかと覚悟もしていた。
しかし、帝国は略奪するでもなく、こき使うわけでもなく、むしろ帝国の民を養ってくれと里に預けてきた。
痩せ細った者たちを任された以上、バルドーは世話をせずにはいられない。しかし、ただ飯を食わせるわけにもいかない。あれこれと世話を焼いて一緒に働いているうちに、肉付きも良くなり里にも馴染んでしまった。今となっては、すっかり里の民の一員である。
どこの出身の者であろうと、バルドーは心から頼られたり慕われたりすれば、律儀に応じる。門下生たちが去ってしまった寂しさは、いつの間にかそんな忙しさに埋められていたのであった。
あとは帝国が他国にちょっかいを出すのをやめてくれれば、安心して暮らせそうなものなのだが。
今も帝国と南部は大きな争いの最中にあるという。この里では帝国の者も南部の者も肩を並べ、同じ猪鍋を囲んで笑っているというのに。 戦など、まるで遠い世界の出来事のようだった。
バルドーは誰彼ともなく親し気に話しかけられながら、いつまでも里の賑わいが続けばいいと、ただそれだけを願っているのだった――。
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戦場だった平原において、既に置き去りの人も馬も見当たらなかった。
十日ほど前にここで何が起きたかを知らなければ、誰も戦争から間もないとは思わないだろう。
周囲では拠点の撤収が始まっている。兵の数もすっかり減って、残った者たちは土を均し、資材を運んだりをしている。
唯一、重傷者を処置するための巨大な天幕だけが取り残されていたが、最後の拠点も間もなく役目を終えようとしていた。その中の既にまばらとなった寝台において、ダグラスは未だに安静を命じられていた。
「ダグラスさん、加減は良くなりましたか?」
グレンがダグラスを見舞っていた。
「ええ、お陰様で。いやあ、本当に殿下とグレンのお陰で生きているわけですから、頭が下がる思いですね。この通り私は健在ですよ。まだ安静にとは言われていますけど、明日の全軍撤収の際にやっと動けるようになるそうです。まぁ帰りはグスタフ殿やレノリタと一緒にずっと馬車に揺られることになりますけどね」
包帯に覆われた上半身を晒しながら、ダグラスは寝台の上で体を起こして、快活にグレンを迎えた。
無事に治りそうでとても嬉しいとグレンは思う。託された命を繋げて、本当に良かった。
「大丈夫そうで、俺も嬉しいです。俺たちも明日ここを引き払ったら歩いて帰ります。やっと帝都に帰れますね」
話しながら、グレンは不思議な気持ちを覚えた。いつの間にか帝都を帰る場所と呼んでいることに気づいたのだ。
「帰れるのは良いですが、また殿下に合わせる顔がないなぁ。前回も今回も、私の騎馬突撃は失敗続きなものですから。早く訓練に打ち込みたいところですが、まだそれも叶いません。体が鈍って仕方がないですよ」
「健康が第一ですよ、ダグラスさん。治ったらまた騎馬とか剣の訓練をしてください!」
「ええ、もちろんです。それにしても――」
ダグラスはグレンの顔と体をしげしげと見ながら、話を切り出す。
「グレン、一つ、考えてもらいたいことがあります。正式に兵になる気はありませんか?」
「俺が、ですか?」
「ええ。今回の救護の任、私のような大男を無事に運び届けるなんて、なかなかできることではありません。グレンを見習い兵のままにしておくことは惜しい。さすがに出身国との戦に参加させるわけにはいきませんけど、正式に兵としての訓練を積むべきです」
「俺が……、兵に……」
「まぁ今すぐに決めろという話ではありません。講和もどう転ぶか分かりませんしね。でも、望むなら私から推薦しますよ。グレンにはそれだけの才と実力があります。胸に留めておいてくださいね」
「はい、勿体ない話、ありがとうございます。
では、ダグラスさんも道中お気をつけて」
微笑むダグラスに見送られながら、グレンは天幕を後にした。
いつのまに日は暮れて、人も物もまばらとなった平原に長い影が伸びていた。
もうじき戦場の後始末も終わろうとしていた。
グレンもまた、己の去就を見定める時期が来ていた。 噂では帝国と南部が講和に向けて話し合うという。そのときに俺たち元門下生たちはどうなるのだろう。望むならこのまま帝国に居ることもできるのだろうか、それとも元の南部に戻れと言われるのだろうか。
夕暮れの空は赤から群青へと色を変えていく。自分の行く先もまた、変わりゆく空のように見当がつかない。
それでもグレンの心境は悪いものではなかった。ダグラスの笑顔を守れたことが嬉しかった。
太陽が浮かんでは沈むように、自分の身の置き所もうまく決まるだろう。根拠はなくとも、そんな風に思えたのだった。




