第43話 陽光に臨む
フェルクは近衛とカインゼたちを伴って帝都に戻った。
旅装を解き、一番に面会を求めたのは、兄、第二皇子リュセトだった。
外交部門の執務室兼応接室にて、書類に埋もれつつ、こちらを視認して投げ掛けられた第一声がこれであった。
「おや、また仕事が増えそうな予感がするね」
実際にその通りなのだろう。返す言葉もない。
「……そうか、勝ちきれなかったんだね。
それで聖都が仲裁する話になりそうで、相談のためにまずは私の元に来たんだね」
兄上に会戦と休戦の顛末を伝え、その考えを伺うこととした。
「うーん、聖都の仲裁か。良いとも悪いとも言えないね。私にもどう転ぶのか予測がつかない」
「兄上にも分からないのか」
「そうだよ。そもそも私は帝都の利益になるように動いているんだ。中立の立場が分からない。
そりゃあ相手の考えを推し量ろうとはするけど、結局は帝国のために事を運ぶだけなんだ。
天秤で罪の重さを測るような芸当はできっこないのさ」
お手上げの仕草を取りながら、兄上は解説を続ける。
「まぁ勝負自体は君の言う通り互角なんだろう。だから、勝ち負けを定めるのは戦果じゃない。
どちらの言い分に理があると聖都が判断するか、という話になる」
話は武勇とは無縁の領域へと進んでいく。
「そこで一番の争点になるのは、この戦いの出発点。バルドーの里の扱いさ。
帝国は南方、いや敢えて南部と呼ぼうか、の挑発的な拠点構築を不服として侵攻した。
対して、南部は里への侵攻は不当であるとして打って出た。
果たしてこのとき、どちらの主張に正当性があると言えるのか――」
兄上はフェルクに目線を投げかけ、演技がかった調子で首を振った。
「私としては、どちらの側に立っても理屈付けはできるね。
帝国としては挑発するような拠点を国境に築いた南部に責任があると言える。
南部としては自国民を捕縛するのはいかなる場合でも許さないと言える。
つまり、主張は平行線だと思うんだ。
おまけに帝国は捕縛した元門下生たちを人道的に扱っていると来ている。
これじゃあ、お互いに目に見える非がない。これをどう裁定するかなんて読めたもんじゃないさ」
聖都が絡むとなると、話は思った以上にややこしいようだ。
「ならば、皇帝や皇太子殿下に聖都の介入の是非をどう説明すれば良いか」
リュセトは頬に手の平を添え、考えたような素振りを見せる。
「でも、戦闘は続けられないのだろう? 君が言うに、兵の三割が損耗したという。
さらに決定的な戦力差が無いと来た。争いを続けるのは不毛だろうね。
だったら聖都に仲裁してもらうのは確かに早道だよ。
帝都は正しい。戦の続行は不可能だ。講和は必要だ。主張はこれだけでいい」
「勝算の不確かな仲裁に賭けるのか、と問い詰められまいか」
「それでも争い続けるよりは良いと説くしかないんじゃないかな。
もう一度争うにしたって、どうしても準備のための時間は必要となる。
時間を稼ぐためには、多少不利になっても止むを得ないと説くしかないさ」
「そうか……」
「それにだね。聖都の仲裁は、片方の要請だけでも開始することがあるんだ。
特に今回のように他国を巻き込んだ争いに拡大していれば猶更だね。
その場合、要請しなかった側が後ろめたいところがあるのかと不利になる。
南部はきっと仲裁を要請するだろうし、帝国からも要請した方が良いだろうね」
「聖都の仲裁は避けられないか」
「そうだね。帝国が望もうが望むまいが、きっと避けられない。
私もそう思って準備を進めるよ。元門下生の証言も集めておこう。
こうなれば落ち着いて構えるしかない。これはそういう通過儀礼のようなものさ」
利発な兄上の推察を以ってしても予測のできない聖都の仲裁。
武で決まらなかった話を持ち込むのは気が進まない。
だが、決められなかった以上は向き合うしかない。
フェルクは重い息を吐かざるを得なかった。
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同じころ、リセアはイヴェリの居室を訪ねていた。
フェルクにより、イヴェリに治癒術を折に触れて施すように頼まれたリセア。
その関係は一冬を通じても続いており、そして――。
一歩、そしてまたゆっくりと次の一歩を。
リセアに肩を借りて支えられ、イヴェリが居室の中で歩みを進めていた。
ずっと寝たきりだったイヴェリ。数歩進むだけでも全身に汗がにじむ。
それでも歩けるのと歩けないのとでは全く違う。
イヴェリは久方ぶりの歩みに苦心しつつも、その瞳には活力が宿っていた。
フェルクの予想に反して、リセアの治癒術は一冬で格段に上達していた。
これまでバルドーの里に居た頃は、さほど使わなかった治癒術。
それが治癒院に来てからは魔力を余すことなく用いるようになった。
そして、各地から帝都に集まった治癒術の先達からも様々な術式を学び――。
結果として、リセアの秘められた才は十分な開花に至っていたのだった。
「今日はここまでにしましょう、昨日よりも伸びましたね」
「はい……。まだ廊下までは厳しそうですね」
「それももう少しだと思います。このまま頑張りましょう」
イヴェリはベッドに腰を降ろして、荒くなった息を整えた。
「それにしても、リセアちゃんはすごいですね。
今まで様々な方が私を診てくれたのに、回復の兆しはありませんでした。
それがここまで良くなるだなんて……。リセアちゃんには特別な才能があるのですね」
リセアは小首を傾げて、少し不思議そうな表情をする。
「うーん、でも、私にもどうして上達しているのか、実はよく分かっていないんですよね。
ただの里育ちの田舎娘のはずだったのに、気づけば周りからも感心されてて……。
何にしても、イヴェリさんが元気になってくれて良かったです」
リセアはイヴェリとともに微笑み合った。
そして、イヴェリは部屋の外に向かう扉を見やる。
「……フェルク、来ませんね。
歩けるようになった姿を見せたかったのですが……」
侍女たちの噂話は早い。フェルクが会戦から戻ったことは、イヴェリの既に知るところだ。
イヴェリが歩けるようになったのは、つい数日前のこと、つまり会戦の真っ最中のことだ。
フェルクはまだ知らない。だからこそ、誰よりもイヴェリの回復を願っているその人に見せてあげたかった。
「皇子様、お忙しいのでしょうね」
「ええ、今回の会戦は激しいものだったと聞いています。
きっと各方面の調整で忙殺されているんです。
わがままは言いませんわ」
イヴェリは窓に目をやり、ぽつりと呟いた。
「いつか戦が落ち着いたなら、青空の下で一緒に歩ければいいのに」
もう夏が近い。葉の緑は生気に満ちている。
戦によりすれ違う二人。しかし、取り巻くものは静かに、だが確実に変化を見せ始めていた。




