第36話 王道を阻む風
南部軍は東の平野に布陣して、帝国軍を待ち受けていた。
前回の会戦と程近い場所である。
しかし、晩秋であった前回と打って変わり、今は夏めいて平原は青々としている。
照りつける太陽は立っているだけでも若干の汗をもたらす。長期戦となると体力を奪うだろう。
そして、一新されつつある南部軍の装備。ルーシェの傍を固める魔法師団。
ユキウスにとって見たことのある戦場のはずだが、まったく違うようにも映っていた。
「今回は南部が待ち受けざるを得ませんね。
それ自体が帝国の想定通りの筋書きのはずです。
帝国の思い描く通りに戦局が進めば、南部が不利となります。
なんとか想定外を引き起こしたいところですが……」
帝国の強みは秩序だった軍略にある。
まとまりのある帝国軍が十全に機能すれば、所領の混在する南部軍では突き崩すのが困難となる。
南部軍にとって、帝国の行軍の足並みをいかに乱すかが戦局の鍵となってくる。
「その役を担うのがキーグたちの一派だが、どれだけ成功してるか……。
お、キーグが戻ってきたな」
ユキウスとディオゼが見渡す物見櫓から、キーグの馬が見えた。
揃ってキーグの元へ向かったが、キーグは浮かない表情をしている。
「仕掛けがことごとく潰されてやがる。こりゃあ帝国の暗部が相当動いてやがるな」
ユキウスは眉根を潜め、静かにキーグに問い質す。
「残る仕掛けは?」
「偽の補給襲撃、西の丘の狼煙、あとは捕虜移送の噂も先回りされた。
報告がまだなのは林道の一団だが、となると時間の問題だろう。
冷血皇子を引っ張り出すわけにはいかなさそうだなぁ」
キーグは頭を掻いて、顔をしかめさせる。
「そうですか……。やむを得ません。
帝国軍が万全と想定して応戦するしかないでしょう」
ディオゼもまた思案顔で布陣を見渡す。
「兵たちは華やかな翠風の一団を見て沸き立っているがな。
最初から厳しい展開になりそうだな」
ユキウスも同感であった。当初の懸念通り、帝国の用意周到ぶりと意気込みが伝わってくる。
出し惜しみしていては、反撃の機会さえ失われかねない。
となると、最初から勿体ぶってなどいられない。
そのために風魔法の継戦能力を強化したのだから、手札を切るより他にあるまい。
「私はルーシェ様の元に付きます。最初から翠風を用いていきます。
その勢いに乗じて、諸侯の隊を押し出してください」
ディオゼとキーグも頷き合い、持ち場へと散ることとなった。
南部軍を指揮する者たちの緊張感は、開戦前から相当に高まっていた。
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「キーグの手の者のやり口は、前回で承知済みのこと。
種が割れてしまえば、我ら暗部には虚仮威しに過ぎませぬ。
既に仕掛けは看破済みじゃ。殿下は正面から王道を往けばよろしゅうて」
ところどころに罰印の描かれた地図を、ヴァスケルのしわがれた指がなぞる。
今回はバルドーの里のような背後の懸念もない。
帝国の暗部は遺憾なく蠢動し、南方の小細工をことごとく白日の下にさらしていたのだった。
「上出来だ。予定通り行軍を進めよ」
フェルクは今戦の配置を思い描く。
槍隊は広く布陣し、面の圧をかける。
その左右の後ろから弓兵を付かせ、高台をまずは制覇させる。
早めに崩せたのなら、騎兵で仕掛けるのも想定できる。
今回はフェルク、ダグラスに加え、カインゼも騎馬隊の運用に関わる。
状況に応じた柔軟な指揮で、十分に南方軍に食い込めるはずだ。
騎馬隊として目新しい点と言えば、グレンが連絡員として騎馬隊付きとなっていることである。
もちろん日頃の練習の成果として騎乗した上での従軍である。
武器は護身用のものだけに留めているが、バルドーの里の元門下生としては破格の抜擢だ。
今回は当然、相手が砂塵を巻き起こしてくることが想定される。
何度もそれを想定した厳しい訓練をこなしてきた。
最も過酷な最前線となることは間違いないため、怪我人が出た時の応急処置や、救援を呼ぶための連絡員は確かに必要なところである。また、視界の混乱も予測されるため、旗振りや号令の補助などを命じることもあるだろう。
グレンは訓練を通じて、いつの間にかダグラスやカインゼとも随分と馴染んでいる。元よりの人たらしの才あってのことなのか。
原作主人公の出世は自分にとっては複雑な気分になるものであるが、さほど不自然な栄達ということでもない。才能を買われてのことである。与えられた働きをこなしてくれれば良いと思うだけだ。
「殿下、後ろの守りはお任せください。
南方の者どもを思う存分に突き崩して下さいませ」
グスタフには後方の砦と収容陣地を預からせる。
攻撃的な布陣であるが、後方の守りもこれで問題はない。
――まもなく最前列は敵の弓の射程範囲へと入る。
2度目の会戦。我ら帝国が制する――。
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「弓兵、打てい!!」
南部の銅鑼が鳴り響き、帝国兵に向けて弓の初撃の洗礼が放たれる。
――しかし、これは帝国にとっても織り込み済みのこと。
すかさずに帝国の槍兵の前に盾兵が駆けつけ、弓への備えを展開する。
「さらに翠風を!!」
そこでユキウスがさらに命じ、南部の勢いを押し出す大いなる追い風が《《創られる》》。
弓の飛距離が後押しされ、帝国に幾分の被害が与えられる。
だが、その混乱もそれほどは広がらなかった。
追加の盾兵が前に出され、帝国は堅守の態勢を取る。
「帝国の反応が良いですね。初手の翠風の効果は牽制止まりですか――」
矢勢が収まると、帝国の進軍は本格化する。
今度は帝国の弓兵が構え始め――。
「もう一度、風を! 今度は帝国の矢を落とします」
すかさず二度目の翠風。帝国の矢を打ち払う――はずだった。
「矢の音が鈍い、これは――」
前回の会戦と比べて、落とされた矢は半分ほどに留まった。
南部の最前線に一定の被害が生じる。
「矢に重みですか。単純ながら有効な風への対策ですね……」
ユキウスは帝国が何らかの対策をしてくるとは予測していた。これは奇策ではない。だからこそ、かえって厄介だった。
重い矢。誰もが思いつく対策ではある。しかし、その手間は尋常なものでなく、持ち運びにも難が生じる。
しかし、帝国はそれをやってのけるだけの国力と統制力を持っている。
まさしく物量の成せる暴力。南部を真正面からねじ伏せるための王道とも言える対策である。
「俺らには翠風が付いている! 怯むな! かかれーー!!」
しかし、前線の兵の士気は開戦早々の翠風で高まっている。
矢が重いからと言って、その効果を感じるのは軍師として俯瞰しているからのこと。
最前線にいる者が感じ取れるのは、隣の兵の声と目の前に迫る矢と敵兵である。故に南部の士気に与える影響は限られている。
むしろ、最初から翠風が繰り出されるという頼もしさと全能感こそが兵士たちを後押ししているのだ。
激しくぶつかり合う前線と前線。
ルーシェたちの魔法師団とともに、ユキウスは固唾を呑んで見守っている。
「あとは帝国がいつ騎馬を切ってくるか、というところですね。
そして帝国には高台を取らせないように予備の兵を回してください。
重い矢を用いるからには、そこを狙ってくるはずです――」
南部と帝国の二度目の衝突がまさに本格化し始めた。
帝国の用意周到が功を奏する中、南部は果敢に翠風を用いて食い下がって見せている。
互いに先の会戦の顛末を噛み締めたが故に、闘争はより一層の深化と激化を遂げているのだった――。




