第34話 風を合わせる
アクレヴィア海都連盟での晩餐会の翌朝――。
ルーシェたちの宿泊する宿へ、豪華な馬車が乗り付けていた。
「お迎えに来ましたわ、南部の皆様!」
今日は風魔法師団の訓練場に赴く日。メリカが自ら案内を買って出ていた。
「よろしくお願いします、メリカ」
気心の知れた案内役の出迎えに、ルーシェの頬も緩む。
「南部の軍師として私も同行させていただきます。ご案内、感謝いたします」
訓練場にはユキウスも同行する。ルーシェの風魔法の戦術的価値を鑑みて、その目で次なる可能性を見定めたいと考えてのことである。
なお、ディオゼは別途の打ち合わせがあるため、この場は欠席である。
風魔法師団の訓練場は港の一角にあった。
いくつかの巨大な柱に種々の船の帆が貼られている。訓練場と言われなければ、船の整備場にも見える外観であった。
「我々の風魔法は航海のために発達したものです。
風の動きを調整し、帆が受け止める推進力を最適なものにすることを主な目的としています」
優美な魔法士のローブに身を包んだ壮年の師団長が案内する。
師団長が団員に合図をすると、数名が杖を帆に向けてかざす。
すると周囲の風が帆に向かって流れ、大きくはためかせた。
次に師団長が別の合図をすれば、帆の揺れ動きは一転して止まり、凪いだ状態に変化した。
さながら音楽団の指揮をしているような様相であった。
「なるほど……。同じ風魔法でも全く違うものなんですね……」
「やはり南部と我々の魔法は違うのですね。では、今度はルーシェ殿の魔法をお見せください」
師団長がルーシェに促すと、ためらいがちに言いづらそうに申し出る。
「そのぅ、私がやると、帆を壊したり吹き飛ばしてしまわないか心配なのですが……」
師団長はルーシェの言わんとするところを察し、数名の団員と打ち合わせる。
「大丈夫です。我らの師団が調整しますので、思い切り魔法を解き放ってみてください」
師団長は落ち着いた様子で、ルーシェに本気での魔法の行使を求めた。
ルーシェもまた覚悟を決めて、目の前に杖を構える。
「いきます」
その宣言と同時に、団員たちもまた翠風を待ち受けて身構えた。
ルーシェは自身に風を練り上げるように集め、――そして、帆に向けて解き放った。
すさまじい突風が巻き起こり、帆を吹き飛ばしそうな勢いが向かっていく。
帆は一瞬激しくはためいたが、すぐさま風は逸らされた。
団員たちが数人がかりでルーシェの魔法の風を調整したのだ。
突風は遥か空へと向かい、大きな音とともに遠ざかって行った。
「これは……さすがですな……」
師団長を含めて、アクレヴィアの師団員は考え込み、場は静まり返っていた。
「確かにこれを見せられたら、敵は恐れて、味方は沸き立つわね……」
メリカもまた思案顔となっていた。
「さきほどの魔法、ルーシェ殿は連続で何度くらい使えますか?」と師団長が問うた。
「大風で一帯に影響を及ぼすとなれば、三回くらいです。
力を込めるほど、そう何度も放てるものではありません」
「戦場ではどのように用いたのですか?」
「一斉射撃を押しとどめたり、砂塵を起こして騎馬突撃を妨害しました。
他にも兵の進軍の勢いを弱めたり、木くずとかを飛ばして攻撃もできると思います」
師団長は腕組みをして考察する。
「なるほど。これが実戦に用いるための魔法というわけですか。
我々とはもはや目指すものが違っています。
ルーシェ殿の風魔法はさながら無から有を生み出すようなもの。
魔力の消費は大きいものの、その瞬間の風の勢いは目を見張るものがあります。
対して、我々の風魔法はあるがままの風を少しでも役に立つように導くもの。
数時間にわたる航行の中で、微力ではあっても持続的に効果を発揮するものです。
まるで性質が違うとなると、そのままルーシェ殿の風魔法を援護するのは難しいですな」
「つまり、ルーシェは短い距離を一気に走るようなもので、うちの魔法師団は長い距離をずっと走るようなものですわね。
同じ走ることでも、身体の使い方がまるで違うようなものかしらね」
メリカはその違いを日常生活に落とし込んで理解したようだ。
ユキウスが難しい顔で話を切り出す。
「南部の一番の課題は、回数の制限です。
このとおりルーシェ様一人に依存するとなると、戦術として用いられる機会は非常に限られます。
先の戦いでは帝国が風魔法について初めて直面したこともあり、いずれも効果的に働きました。
しかし、帝国も何らかの対策をしてくるでしょうし、毎度うまく決まることも減るでしょう。
となると、数が打てるようにならなければ、今後の運用が厳しくなることは自明の理です」
メリカは渋面の師団長とユキウスを見比べながら提案する。
「でも、さっきルーシェの風を師団がうまく逸らしていましたよね。
やり方を変えて、ルーシェの魔法を受け止めて後押しすることもできるのでしょう?
そうすればルーシェが少ない魔力消費で何度も行使することが可能ではなくって?」
師団長はメリカの提案に頷く。
「相当の訓練を積めば、できないわけではないでしょう。
ただし、ルーシェ殿自身の出力の調整も必要となります。
長期間のたゆまぬ訓練を経てようやく形になるような難事でしょうが……」
「なら決まりですわ。団員から数名を南部へ早期に派遣しましょう。
そして長期の合同訓練を経て、風魔法の共同運用を実現させましょう。
実戦の地に近い南部での演習も必要ですし、これしかありませんわ」
「承知しました、メリカ様。早速、派遣する者を選定しましょう」
師団長とメリカがやり取りをし、話がまとまっていく。
メリカが得意げにルーシェへと向き直った。
「というわけで、ルーシェ。
私が団員を連れて、南部に行きますわ。
長いお付き合いをよろしくお願いいたします」
急に進む話に、ルーシェは困惑を隠しきれない。
「メリカが来るのは嬉しいですけど、話の流れが見えないのですが……」
「あらまぁ。でも、私はきっと必要になりますわ。いいえ、必要だと父と議員を説得してみせましょう。
だって、団員だけでは、南部での待遇の保証や戦術の話し合いで交渉の折り合いは難しいでしょう?
そんなときに親善大使としての私がいれば、仲立ちとの役割が果たせますわ」
ユキウスが一歩出て頷く。
「メリカ様が来ていただけるのであれば大変心強いです。
メリカ様がいらっしゃれば、書簡を往復せずとも外交上の交渉と判断が円滑にできます。
さらにメリカ様は観察眼にも優れるようですね。きっと有益な提案もしてくださることでしょう。
それに――」
ユキウスは優し気な目つきで、ルーシェに語りかけた。
「ルーシェ様とメリカ様は良き友になったようですね。
翠風の名を負わせてしまった力不足の軍師として、ルーシェ様の支えとなる人が傍にいてくれることは、とても有り難く存じます」
「ユキウスおじさま……、ありがとうございます」
ユキウスの気遣いは、ルーシェにとって思いがけない温かなものだった。
風魔法師団の派遣も含めて、南部とアクレヴィアとの通商の条件の交渉もまとまっていった。
南部は穀物や家畜と引き換えに、アクレヴィアの塩や鉄材を得ることとなる。
帝国と比較して一段劣りがちな武具の供給の目途も立ったと言える。
正式な取り決めは後日改めて文書にまとめることとなったが、大筋の合意はその場で固まった。
南部の翠風は、ひとりで吹かせる風ではなくなった。
受け止め、導き、背を押す者たちとともに、さらに大いなる風へと広がりを見せるのだった。




