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第3話 失わないために

 イヴェリの部屋を出ると、そこには凛とした女官が待ち構えていた。

 

 その名は、レノリタ。


 元々はイヴェリの身の回りの世話をする侍女だった。

 しかし、「頭の回転が早い」、「ここにいるだけでは勿体ない」とイヴェリその人に推挙され、すぐさま文官として頭角を現した。

 今となっては、フェルクの軍の兵站の責任者として職務を果たしている。

 兵站のトップとはつまり、食糧、武具、人員、物流――軍を維持するために必要な全てを把握し、管理する統括官だ。

 フェルクにとって、武の要がダグラスならば、文の要がレノリタなのである。


 そのレノリタは眼鏡を光らせ、自分の顔色を念入りに観察している。

 間近で見れば端正な顔立ちをしているのだが、レノリタは仕事が恋人を地で行くような女傑である。

 折り目正しく着込んだ執務服と相まって、些細なほころびも見逃さない圧を感じる。


「何だ」


 不躾ぶしつけな視線に対して、思わずぶっきらぼうに非難する。

 しかし、レノリタは誰もがおののくであろうフェルクの不機嫌な声を一切気にすることなく、落ち着いた調子のままである。


「――私は仕事中毒とよく呆れられますが、唯一の趣味があります」


 レノリタは背筋をただし、唐突に謎の解説を始めた。


「何が言いたい」


「趣味とは、イヴェリ様の部屋を出た直後のフェルク様の顔色を観察することです」


「悪趣味だ」


「これが実に観察し甲斐があるのです。

 普段は岩のような鉄面皮ですが、この瞬間だけは唯一表情が動きますので。

 しかし、それであっても微細に過ぎる変化。

 日頃、収穫量の些細な変化から凶作の予兆を読み取っている私であっても、正確に見抜くことは困難です。

 ですが、容易に読み解けないからこそ、挑み甲斐があるのも一興――」


「……………」


 冗長な語り口に自分の中のフェルクの苛立ちが殺気に発展しつつある。

 レノリタもそれに気づいたのか、言葉を区切り、本題を切り出す。


「しかし、今のフェルク様の顔色を読み取るのは簡単です。

 まるでイヴェリ様に何かがあったかのように悲嘆の相が出ています。

 でも、おかしいですね。イヴェリ様の今日の体調はよろしかったはずです。

 フェルク様、イヴェリ様に対して何かご心配事でもあったのでしょうか――」


「―――――ッ」


 その鋭さに息を呑む。

 レノリタの推測は的確だ。

 日頃のフェルクであれば、戦時前にいつもの挨拶をかわしただけのこと。

 そのあとの表情は、少し機嫌が良いのかも、くらいの微細な変化に留まるだろう。


 しかし、今の自分の表情はどうだろうか。

 自身と愛しき人の、2人分の生きる望みの模索を一手に引き受けたばかりだ。

 あまりに重い使命に気が塞ぐのは自明のことだった。


 ――だが、これは良い機会なのではないか。

 レノリタは自分のことを気遣っているのだ。

 心配されたから相談をする。当たり前の流れだ。

 イヴェリ相手にはそれができなかったが、それは病身の想い人に心労をかけられないためである。

 しかし、この図々しい側近に対して遠慮をする必要もあるまい。

 

「イヴェ――」


 そう切り出そうとして、思い直した。

 レノリタにイヴェリの助かる方法を相談しても仕方がない。

 レノリタはイヴェリに強い恩義を抱いている。

 イヴェリが助かる方法を知っているのなら、すぐさま提案するだろう。

 ここで相談するべきことは、もう一つの心配事だ。


「フェルク様?」


 急に言葉を止めた自分を不思議に思い、レノリタは首をかしげている。


「イヴェリの身体がな」


 軽く息を吐いて続ける。


「……戦を長引かせたくない」


「そうですか……」


 咄嗟に切り返して、戦の話題へと転換した。レノリタはまだ不審そうに顔色を伺っているが――。


「まぁ戦続きのフェルク様に気を揉むのは心労にもなりますね。そういうことにしておきましょう」


 これ以上詮索しても、本心は打ち明けられないだろうと諦めたようだ。


「戦の話であれば、ここでする話ではありませんね。ここから近いのは――」


 そうして、最寄りの作戦会議室に場所を移すこととなった。


「さて、直近の軍事行動と言えば、バルドーの里の襲撃ですね。

 ここに改善の余地がないかと模索したい。そういうことですかね?」


 ずばり核心を突いてくる。さすが帝国軍で最も頭の切れる文官である。

 思わず拍手を送りそうになったが、フェルク・バディは腕を組み静かに頷くに留めるのだった。

 

 レノリタは少し思案しながら、襲撃戦に考えを巡らす。


「不穏分子の排除による治安維持。念願の穀倉地帯の確保。

 どちらも帝国の安寧に貢献します。何かご懸念でも?」


 確かに現時点で作戦に問題はない。むしろ堅実な一手だ。

 だが、原作ではこれが破滅の始まりとなった。なぜそうなったか。

 具体的に言えば、原作主人公とヒロインのグレンとリセアが逃げ延びたからである。

 しかし、そんな未来など知る由もない。自分以外は原作ゲームを知らないのだ。

 元々皆殺しにする計画だった。そこに漏れや誤算があったから、致命的なひび割れが生じた。

 しかし、その穴を塞ぐ方法は、レノリタに相談するべきものではない。

 包囲網をより強固にする対策は、兵力運用の分野だ。武官のダグラスと詰めるべき課題だ。

 だが、ここに文官の視点を借りたなら、また違う発想があるのかもしれない。


「仮に作戦を調整するとすれば、お前なら何を変える?」


「この作戦で私が変更したいところですか……。そうですね……」


 レノリタは地図を指でなぞり、耕作地に次々と『まる』を描いている。


「理想を言えば、もっと収穫量に配慮してほしい、ですかね」


「配慮、というと……?」


「焼くのも殺すのも勿体ない、という話です」


 ……まぁ文官はそう感じるのか。


「作戦上、対象を炙り出すには火を放つのが効率的なのでしょう。

 しかし、それでは作物にも被害が出ますし、豊かに実るまで年月を要することになります。

 それにせっかく若い労働力が豊富なのですから、引き続き農耕に励んでほしいですね。

 いっそ土地も労働力もそのままで、年貢だけ帝国に納めてもらうのが理想的なのですが、何とかなりませんかね?」


 つまり、争わずに帝国の支配下におけるなら、それが最善ということだ。

 まぁ叶うならそうするに越したことはない。


「大人しく言うことを聞く連中ではない」


「まぁそうですよね。だから血を流す必要があるのですし。

 何とか住民を従わせる方法はないものですかね」


 従わせる……か。そうできるのなら、確かに事態は収拾するのだろうが――。


 ――いや、そうか。殺さずに支配すれば、原作を改変できるのではないか。

 原作では殺そうとしたから、グレンの悪運の強さ(主人公補正)が働き、生存へと繋がってしまった。

 だったら、殺そうとしなければいい。

 殺さずに帝国に従わせたのなら、『ノルスヴェイン・サーガ』は始まらないのではないか。

 この地ノルスヴェインを舞台に、フェルクを打倒する物語を展開する要因が失われるはずだ。

 グレンたちを帝国に従属させる、支配下に置くか。そのための方法となると……。


「発想は悪くない。考えてみよう」


「おや、お役に立てたようで何よりです」


 そうしてレノリタとの対話を切り上げることとした。

 今回は良い成果を得られた。


 レノリタは方向性を示してくれた。

 だが、そのための手段は持ち合わせていない。

 ならば、その手練手管てれんてくだを知るであろう者を訪ねるとするか。

 ――非常に気が進まない相手ではあるのだが、この際仕方があるまい……。

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