第2話 探し物がもうひとつ
フェルクは作中屈指の人気キャラクターである。
圧倒的な強さを誇り、容姿に優れ、出番も多いのだから、悪役であっても人気が出るのは頷ける。
そのため、プレイヤー間では下世話な詮索もよく話題に挙がった。
『フェルクに恋人はいないのか?』 『フェルクに浮いた話はないのか?』
作中では、その問いかけに明確な答えは示されない。
正解を知るであろう当作のシナリオライターも結論を濁すことに終始していた。
だが、ゲームを隅々まで追うと、いくつかの断片が発見できる。
フェルクを倒した際に、『フェルクのメダリオン』というアイテムが入手できる。
このアイテムは装飾品であるが、装備してもステータスなどに変化が生じない。
そもそもラスボスを倒した後に新しいアイテムを入手しても使い道がない。
しかし、このアイテムに『使う』コマンドを実行すると画面が暗転する。
そして、メダリオンが画面の中心に現れ、蓋が外される。
その中には綺麗で儚げな女性の肖像画が納められている。
この女性が誰なのかは、ゲーム中のどこでも明かされない。
また、フェルクのステータス画面を戦闘中に確認すると、『戦鬼』というスキルを確認できる。
これはラスボス専用のスキルで、力・回避率・反撃率に大幅な上昇補正を加える。
しかし、ゲームの後半になると、このスキルが『孤高の戦鬼』というものに変化する。
元々の効果に状態異常無効まで追加され、手が付けられないほど凶悪化してしまう。
加えて、偶然なのか必然なのか、この変化の後にフェルクの口数がさらに少なくなるのだ。
このような推測の糸口から、とある噂がまことしやかにささやかれていた。
――フェルクは戦争の渦中に恋人を亡くしたのではないかと。
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自室を出ると、足取りは自然と、ある部屋へ向かっていた。
これはフェルクのルーティン、戦の前の決まった習慣なのだろうか。
体に染みついているように、ドアの前に立ち、ノックをしてしまった。
――部屋の中から、鈴の音が返ってくる。
この部屋の主は病に伏せっており、大きな声を出すことさえ体に障ることがある。
そのためフェルクが提案し、入って良いときは鈴を鳴らすように合図を決めたのだった。
無言でドアを開け、入室する(「失礼します」と言おうとしたが、声にならなかった)。
ベッドから体を起こして、とびきり綺麗で儚げな女性がこちらを見つめていた。
「フェルク……!」
静かにささやいたその声は、しかし確かに弾んだ調子を含んでいた。
「イヴェリ……」
自然と名前を呼び返した。
フェルクの内心というものは、普段は凍り付いた洞窟のように静かなものだ。
しかし、穏やかに小波が生じたくらいの変化が、奥底から感じられた。
イヴェリの容姿には見覚えがあった。
透き通るように流麗な金髪、吸い込まれるように澄んだ蒼の瞳、白磁のような肌。
まさしく『フェルクのメダリオン』の中の肖像画そのもの。
――いや、肖像画は本人と似せて書くはずものだが、得てして美化されがちなものだ。
しかし、目の前の女性はまったく遜色ない。むしろ肖像画の表現が追い付いていないと感じるほど美しい。
いつものようにベッドに歩み寄り、傍の椅子に腰を掛けて、目線を合わせた。
「少しはいいのか」
「はい。今日はいつもより調子が良いのです。フェルクも来てくれましたし、今日は良い日ですね」
「そうか……」
一言も二言も足りないフェルクの言い回し。
しかし、その意図を正確に汲んで、イヴェリは明るい調子で返してくる。
心が通じ合った仲なんだろうな。フェルクにも理解者はいたのだ。
「また、戦ですか」
なんで分かるのだろう。
「だって、フェルクが来るのは、戦の前か、戦の後のどちらかですもの。
この部屋にいても、城内が騒がしいことは分かります」
問いかけを口にしていないのに、イヴェリは答えを先取りした。
本当にイヴェリはフェルクのことをよく分かっているようだ。
「足が遠くて悪かったな」
「良いのです。だって、こうして忘れずに会いに来てくれるのですから」
甘酸っぱくて、もどかしい言葉のラリーがゆっくりと交わされる。
ちなみに、さっきから自分はずっと元のフェルクの心の行くままに言動を任せている。
こんな綺麗な人の前で、どんな顔すればいいのか分からないもの。
というか、なんだこいつ。リアルが充実してるじゃん。
孤独なラスボスだと同情したのに、可愛い恋人がいるじゃないか。
え、内心曰く、恋人じゃない? 婚約者だって? 余計に充実しているじゃないか。
リア充は原作主人公に焼かれて死んでしまえ。
あ、それじゃあダメだ。自分が死んでしまう。やっぱり生き延びろ。
「また戦が始まって、フェルクは遠くに行くのですね……」
沈んだ面持ちで、イヴェリは胸のメダリオンを祈るように抱いた。
揃いのメダリオン。あの中には、――フェルクの肖像画が納められている。
会えない時間の多い二人は、こうして互いの無事を願っているのだ。
「必ず帰ってくる」
「ええ、フェルクは強い。侍従たちもいつも賞賛しています。
疾すぎて切っ先が見えない、負ける姿が想像できないと。
でも、絶対に約束された勝利などないのです。
一瞬の判断が生死を分かつこともある。
だから、あのとき祈っておけばよかったと後悔しないように、できる限り祈るのです。
私にはフェルクの無事を祈ることしかできないのですから」
「イヴェリがいれば十分だ」
心の奥底が、確かに揺れ動いた。
「イヴェリがいれば俺は独りじゃない」
何の臆面もなく、この男はそう思っている。
それだけの信頼と想いを、イヴェリに寄せている。
イヴェリは柔らかく目を伏せ、「はい」とフェルクの言葉を噛み締める。
「私もあなたがいるから、明日を望む気持ちになるのです」
そして見つめ合い、二人は静かに口づけを交わした。
二人には温かな繋がりがある。
――だからこそ、イヴェリを失えば、『孤高の戦鬼』になってしまう。
点と点が、線として綺麗に繋がった。
フェルクの生きる望みはイヴェリなのだ。
イヴェリがいるから、戦場で鬼と化しても人間に戻れる。
状況のために冷酷に徹したとしても、その芯は凍てつかない。
しかし、それが喪われたのならば――。
イヴェリも生き延びなければ、フェルクの本当の望みは果たされない。
しかし、フェルクは既に手を尽くしているはずなのだ。
フェルクは帝国の最上位の権力者の一角だ。
国中の名医と治癒術師を呼び寄せることだって不可能ではない。
助ける手段があるなら、とうに実行しているはず。
それでも救えなかったから、イヴェリの命運が尽き、フェルクの生は凍てついたのだ。
頭を抱えたくなってきた。
自分が生き延びるための望みを模索していたというのに、課題が追加されてしまった。
イヴェリが生き延びる望みもまた、自分は見出さなければならないのだ。
でなければフェルクの心が壊れて、自暴自棄でバッドエンドだ。
――まさかフェルクの内心は、この課題を自分に突きつけようとしていたのか。
足早にこの部屋に向かわせたのも、未来の可能性を知る自分に一刻も早く尋ねたかったからか。
イヴェリを助けるにはどうすればいい。さあ教えろ。お前は未来の可能性を知っているのだろう。
持てる知恵を総動員して答えてみろ。一心同体の俺の頼みだ。聞き入れぬわけにもいくまい。
何ということだ。やっぱり課題が山積みじゃないか。
原作はフェルクが強すぎて、フェルクの存在自体がハードモードと揶揄されていた。
しかし、フェルクの人生そのものがハードモードじゃないか。
フェルクは国も婚約者も悲運も全て背負っている。何もかもが重い。
最強最悪のラスボスだって破滅の運命には勝てなかった。
それを原作知識《プレイヤーの浅知恵》でどうにかしろというのか。
まさしく無理ゲーである。
「フェルク、どうしました?
顔色が優れないようですが――」
黙り込んでいる自分の顔をイヴェリが覗き込む。
その瞳に吸い込まれそうになる。
抱きこんで嗚咽しながら、どうすればよいのかと嘆きを共有したくなる。
だが、そんな弱音をフェルクは吐かない。
ここで甘えられないから、フェルクは孤高の果てに追い込まれるのだ。
ついさっきもダグラスに同じように心配された。
案外フェルクは理解者に恵まれているのかもしれない。
問題はフェルクの甘えるのスキルレベルがマイナスに振り切れている点にあるのか。
とはいえ、イヴェリに相談することもできない。
ここに居ても感情が負のスパイラルに陥るだけだ。
「問題ない。書類仕事に根を詰めすぎただけだ」
「本当にそうですか?
無理をしてはいけませんよ。フェルクの代わりは誰にも勤まらないのですから」
「善処する」
そう言って、席を立つこととした。
「またすぐに顔を出す」
背中越しにつぶやく。
「はい。必ずですよ。行ってらっしゃい」
「行ってくる」
答えの出ないまま、愛すべき者の元を去るしかなかった。
さて、今度こそ悩みを減らさないと、何の成果もなく昼を迎えることになってしまう。
重荷を検分するには、何からどう始めれば良いのだろうか。




